第195話 神の力

「マジでケリつけようか」

「それは別にいいが……君は私を殺す気がないんだろう? だったら今からそのまま帰っても、何も変わらないのでは?」

「いいや、お前がこれ以上この世界に関わることを俺は許せない」


 これは俺のエゴでしかないが、単純にこいつがムカつくからこの世界から追い出したい。こいつがこの世界にいることで世界が安定しているなんてことがないということはわかった。なにせ、こいつは世界を眺めて遊んでいるだけだが、実際にはなんにもやっていないのだ。ただ虫かごの中にたまに余所から持ってきた虫を入れたりしているだけで、実際には餌すら与えていないのだから。


「世界に関わることを許せないと言われてもなぁ……私はそこまで干渉していないよ? 天族や魔族を生み出した時は確かに他の世界を参考に作ったものを送り込んで干渉したし、クラディウスを強力な存在に変えてみたり、世界に穴を空けてそこから魔獣を送り込んでちょっと楽しんだりはしていたけど、それぐらいだからねぇ」

「……けど、お前のことを嫌っている奴は多そうだぞ」

「へぇ? 私のことを正確に把握している存在なんてこの世界には何処にもいないだろう?」

「外にいる」


 今、はっきりと分かった。俺がこの世界に送り込まれてきた理由は……他の世界の神のような存在からの悪戯なんかではなく、こいつが気に入らないから滅茶苦茶にしてやろうという悪意だ。俺は余所の神の悪意によってこの世界に放り込まれ、その悪意に突き動かされるままにこいつの目の前まで来ている。

 俺の言葉からどういう意味か察したのか、神は大きなため息を吐いてからどこからともなく取り出した椅子に座り込んだ。


「余所の世界に干渉することは基本的にルール違反なんだがな」

「誰かがルールを考えたのか?」

「いいや? ルール違反とは言ったが、どちらかと言ったらマナー違反かな」


 つまり、基本的には他世界に干渉しないようにしようってのが神々の基本方針だと。


「最初にマナー違反をしたのはお前だろう」

「……あぁ! 人間を余所の世界から盗んできたことかい? あれは気が付かれないようにやっていたはずなんだけどな……それに、盗んできた世界の神は悪意だけで人間たちに苦難ばかり与えていたんだよ? それに比べたら私はものすごく優しいだろう?」


 はー……クソばっかりじゃねぇか。世界の神ってのは倫理観を消し飛ばした果てになることができる超常存在とかそんなもんなのか? 少なくとも俺が元々いた地球の神様はこんな明らかな干渉なんてしていなかったんだが……どうしてこいつらはこうも愉悦目的だけに生命を踏みにじることができるのか……いや、そもそも生命を踏みにじるなんて感覚がないのだろうな。

 そこら辺のことは今はどうだっていいか。今はとにかくこいつをこの世界の外側から追い出して世界に二度と関われないようにすることだ。クラディウスみたいなのは何体も作られてしまっては敵わない……こいつはここで追い出さないと駄目だ。


「そこで私を殺して自分が世界を代わりに管理するとか思わないのが不思議な所だな……そちらの方が早いだろうし、既に人間は辞めているのだからそういう選択をするのもいいんじゃないか?」

「悪いが俺は正義の味方じゃない。自己犠牲なんて御免だな」


 ベラベラと喋りかけてきてウザイのでそれなりの力で殴り飛ばしてから正典ティマイオスの出力を上げて世界と少しずつ繋がっていく。頭に入ってくる情報量は人間の脳で処理しきれるものではないのか、物凄く頭が痛いしなんとなく視界がかすんできたのだが……それでも世界と繋がることをやめない。


「何をする気なのか聞いても?」

「なんとかして、お前を追い出す方法を考えている」

「追い出す……私を外に放り出したところで、私は自分の意志でここに戻ってくるぞ? それでは意味がないだろうし、何のために君はそこまで自分の身を傷つけて世界を守ろうとする? さっき、君は自分が正義の味方ではないから自己犠牲は御免だと言ったが、君がやろうとしているそれは自己犠牲以外のなんでもないだろう? どうしてさっきの言葉と矛盾するようなことをしている……理解できないな」

「理解できないならそれがお前の限界だ。人間の心はそんな簡単なもんじゃないのさ」


 俺は正義のヒーローなんかじゃないし、世界の運命と自分の命だったらちょっと迷ってから自分の命を優先するぐらいの倫理観をしている。簡単に言うと力を持っただけの一般人みたいな感性をしているんだよ。でも……それでも、自分が生きてきた世界を守れて、友達も守れて、自分のことを好きだと言ってくれた人を守れるのならば、自分の命とまではいかなくても……腕の1本ぐらいは犠牲にしてもいいのかなと思ってしまう。そんな一般的な感性だ。


「テオドール……神の力を、取り込め」

「なに?」


 いきなり立ち上がったルシファーが、うわ言の様に何かを呟いている。


「神の力を取り込むことで、お前のグリモアは世界を裂くことができるようになる。世界を裂くことができれば……そこから神を追い出すことができるはずだ」

「できない。そんな力は存在しない」

「お前にはできない、テオドールにはできる。なにせ……お前の世界には何度も世界を裂いて異世界の存在がやってきているのだから」


 神の力を取り込めなんて言われても……そもそもどうやって神の力なんて取り込むことができるんだよ。そもそもその方法がないとそんなこと……いや、神なら目の前にいるじゃないか。


「私の力を奪う気か? 確かに君ならもしかしたらできるかもしれない……しかし、そんなことをすれば本当に人間ではなくなるぞ? ただでさえ、君はその正典を使うたびに人間ではなくなっているのに、そんなことをすればもう二度と……君はテオドール・アンセムという人間ではいられなくなる」

「名前は、記号か?」

「なに?」


 違う……テオドール・アンセムは俺の名前ではあるが、俺の存在を決定づけるものではない。俺のことをテオドール・アンセムと認識して、テオドール・アンセムと呼ぶ者がいるから俺は人間でいられる。


「魂の位階とか、肉体が人間を超越するとか関係ない。俺は……テオドール・アンセムだから俺なんだ」


 人間でなくなることに、今更恐怖などない。

 神に向かって手を伸ばすと、水が高い所から流れ落ちていくように……自然と神の力が俺の方に流れてくる。


「……存在が強い方へと力が流れていく。世界の道理ではあるが、まさか私がその当事者になるとは思っていなかった」

「これでお前はこの世界にいられない」

「そうだな。それどころか、存在していることすらできないかもしれない……結果的にとは言え、君は神を殺すことになる」


 そうだなぁ……最初は殺す気なんてなかったけど、殺すことで全てが上手くいくならそれでいい。


「俺が神になってやるよ……なりたくないけどな」

「ふぅん……まぁ、精々頑張ってみるといい。私の運営が気に入らなかった君がどんな運営をするのか、実に楽しみだ」


 消えたら見えないだろ。

 粒子のように消えていった神の残した言葉に、俺は心の中でツッコんでしまった。

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