第194話 とにかくムカつく野郎

「おっと、天族には全く興味はないが君に殴られるのはあんまり気分がいいものではないからやめてくれると助かる」


 俺が怒りの感情を抱きながら拳を握った瞬間に、神は俺に向かって掌を向けながらこちらのことを制止してきたのでそれをガン無視して頬をぶん殴る。何処までも気に入らないので俺は神が何を言おうとも殴る手を止めるつもりなんてないし、そもそも制止されたぐらいで辞めるんだったらこんな所まで来たりはしない。まぁ……元々の想定では神と戦うことぐらいは考えていたんだが、どうやら神の方が俺と戦うつもりなんてないみたいだから、一方的に殴ることになっているが。

 俺が真顔で神を殴っている間も、ルシファーは怖い顔をして神を見つめていた。天族と人間に対するこの温度差は、何処から来ているのか考えているのだろうが……俺が思うに、こいつの頭にあるのは箱庭の世界がより面白くなるかどうかにしかないと思う。天族や魔族のような最初から完成されていて、行動理念が単純な生物はつまらない。逆にくだらない理由だけで世界を滅ぼしそうな存在を生み出したり、同種族で絶滅戦争になりえるようなことを簡単に始める人間は愚かで見ていて楽しい。こいつの頭には所詮その程度の考えしかないのだろう。なんとも悪趣味で傲慢な奴だと思うが、実際に箱庭を好き勝手にできるだけの力を持っているのだからそうなってしまうのだろう。


「ふぅ……気は済んだ……ようには見えないね?」

「お前が反省するまで殴り続けるのもありかもな」

「それは怖い。一生殴られ続けることになるな」


 反省することなんてないと……そう言っているのか?

 更に拳に力を込めてその頬をぶん殴る。これでこいつの頬を殴るのは何度目かよく覚えていないのだが、何度殴っても気持ちが収まりそうにない。この屑はここで殺しておかなければならないのではないかと少しずつ思い始めたところで、俺の肩に手を置いてやんわりとルシファーが制止してくれた。


「こいつを殺すのは私だ」

「はぁ……話を聞いていなかったのかな? 天族が私を殺すことほど馬鹿なことはないと教えてあげただろうに。そんなことも理解できないほどに君は頭が悪いのか、それとも私によって生み出されたという現実を受け入れることができないのか。全くこれだから天族たちは無駄な誇りを胸に生きているから困るな……そう言えば、アザゼルも君のように受け入れることができずに発狂していたよ」


 俺の行動を止めてくれたはずのルシファーは、アザゼルの名前を出して鼻で笑った神に向かって距離を詰めて胸倉を掴んだ。


「貴様っ!」

「全く……君にそんな仲間意識があるとは思っていなかったよルシファー。そもそも君は天族の中でも特別な力を持つように私が設計した天族なんだが、どうしてこうも凡庸な存在になってしまったのか」

「それはお前が凡庸だからじゃないか?」

「これは手厳しい。しかし、私が凡庸なのだとしたら天族と魔族はあまりにも下等すぎるな」


 好き勝手言いやがって。

 俺が再び顔面をぶん殴ってやろうかと思ったら、それよりも先にルシファーが拳を振り上げ……神の身体をすり抜けた。


「造物主に手を出すことなんてできる訳がないだろう。そこら辺も含めて私はしっかりと作ってある」

「じゃあ俺が殴ってやるよ」


 ルシファーの方に視線を向けて見下しながら吐き捨てた神の顔面を、俺が再びぶん殴る。今度はそれなりに力を込めたのでかなりの距離を吹き飛んでいったようにも見えたが、瞬きすると目の前に戻ってきている。普通の人間ならとっくに死ぬような力で殴っているんだけどな……どうも神って奴はよくわからない。そもそも最初に殴った時の感触が地味だったからどんどんと殴る度に威力を高めているんだが……どうにも殴っているような気がしない。


「ちなみに、君は殴っても大して効いていないからと遠慮なく威力を高めているけれど、ある一定以上の力になると私は簡単に死んでしまうからそのつもりで殴ってくれよ」

「わかった」


 言い方がムカついたのでもう一度同じぐらいの力で殴って吹き飛ばしたら、周囲に浮いていた光の球に当たってその球が弾け飛んだ。


「気を付けてくれよ。この光の球だってデリケートなんだから」

「……」


 こいつ、最初にワームホールと聞いて特になんの反応がなかったように、しっかりとこの世界の言語以外も知っているらしい。デリケートなんて言葉、少なくともこの世界で俺以外が使っているのを聞いたことがないからな。


「これは世界の過去と未来を映し出しているものだと言っただろう? これがこんな風に弾け飛ぶと……世界にぽっかりと穴が空いてしまう」


 そう言いながら、神はいつの間にか手に持っていた針のようなもので光の球を突き、破裂させる。


「嘘だろ」

「勿論、嘘だよ。これはあくまでも映し出しているだけであって、世界の記憶そのものではないからね」


 もう一発殴る。今度は鈍い音と共に幾つもの球に当たってパチパチと割っていく。もうここまでくると殴ることに抵抗感が無くなってくるのだが……全く効いていないのだからこちらの気も晴れないってもんだ。


「ルシファー……ルシファー?」

「あ、あぁ……なんだ?」


 どうしたんだ……ルシファーはあの程度のことで落ち込むような柔な神経していないと思っていたが、もしかして造物主には絶対に逆らうことができないと言われてそれなりに落ち込んでいるのか? 確かにショックだろうけど……神を目の前にして呆然とするなんてルシファーらしくないじゃないか。


「君は、異世界からやってきた存在だからなんの問題もないだろうが、この場所は本来ならば命が存在していい所じゃない。世界の法則から切り離された空間だ……だから、天族がこんな場所にいては簡単に死んでしまうのは当たり前じゃないか?」

「なに?」


 じゃあ、ルシファーはこのまま放置していた、死ぬのか?


「ルシファー、俺の中に戻れ! そうすればなんとか──」

「──いいや、それもできない。たとえ君の身体の中にいようとも、ルシファーという存在がこの空間に存在していることには違いがない。身体が構成されていようが、それが魂だけになろうが……こんな空間にいることができないんだよ」


 ふざけやがって。

 しかし、ルシファーがこの世界の存在としてこの空間に居続けることができないのならば、俺の目の前で何度も殴られているが全く効いていないこの男は……この世界の存在ではない?


「不思議に思うことはない。私は外から眺めているだけで、この世界に存在している訳ではないからね」


 なるほどね。納得はできたがムカついたので更に力を込めて殴り飛ばす。

 さっさとケリをつけないと、ルシファーが危ない。

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