第64話

 私はウフフと笑う。

 普段の自分じゃない、魂がどっかに飛んでっちゃってる状態で、その状態から解放したかったがどうもそれが難しく、ただボーっとしながらニヤニヤ笑っている。そして勝手に言葉が出ていく。

「まあ、小石さんにまた頼もう」

「はい。えーっとですね、それで、まあ第三の事件は例の仕掛けで、帰宅してからもすることが出来ましたが……このタイミングで帰るってそもそも怪しいですし、しかも水の溜まる時間でってのも怪しい。さらに、その時のつい前に大倉さんは自家用車、買いましたね? それで、家まで三分くらいになるとも言っていました。なら……」

「でも、それだけじゃ分からなくないですか?」

「もちろんそうです。ですが、キングの腕に毒を塗ってあらかじめ苦しい状態にさせておいたというのは誰でもできることじゃないなと、浅田さんの視点に立って気付いたんです。キングが腕を舐める癖を知ってる人間、また、毒を塗ることが出来る人間はそう多くはありません。宇野さんも浅田さんも少し停電とタイミングがずれていたようなので、大倉さんに絞られます」

「特等床山はどうなんです?」

 富岡のことだ。

 富岡はズガンと金槌で頭を殴られたように茫然と立ち尽くした。

「連続殺猫というのは確実なんですから、富岡さんや牛玖さん、大浪さんは真っ先に候補から外れていますよ」

「……そうですか」

 まいったな、と大倉はボリボリと頭を掻いた。イエローアーモンドアイがヒョイと肩に乗る。

 ――いつの間にか、私とサラの心は遠く離れてしまったんだな。

 胸の中に乾燥した風がひゅうひゅうとかすめた。

「今川さんから、死体は大倉さんが自宅で解剖し、それを出ていった実家の玄関に置いて、今川さんに受け取らせたと聞きました。お二人がミラーツインだと分かったのもたった今さっきです。大倉さんが左利きなのも、事件解決に一役買ってくれました」

 小石によると、ミラーツインとは一卵性双生児で利き手やつむじの巻く向きが左右対称になっている状態のことだという。ただでさえ珍しい一卵性双生児の中でさらに珍しいミラーツインとは、運が良いのか悪いのか。

「ちなみに、第一の事件と第二の事件、第一発見者は大倉さんなんですよね。正確に言うと第二の事件は、事務の種田さんの悲鳴を聞き付けて最初に駆けつけたのがあなたなのですが」

 これは宮田さんのひらめきです、と小石は付け加える。

「第四の事件では、大倉さんはゲージスペースに手紙を置いていった。その前では、バックヤードに手紙を置いていましたが、それは外の窓から入れたんですね。まあここは別にあまり重要じゃありませんが、倉庫のロッカーの中に入っていたものが重要でしたね」


「……これは、僕のせいでは無いんですけど。サラが色んな所から盗ってきた膵臓がロッカーに入っていたんですよね」


「これはマズいと、死体を移したわけですね」

「本当に、浅田先輩には感謝しかないんです。なのにこんな仕打ちで……せめて色々メッセージとかはと思って、遠くから見守っていました」

 思わず吠えたくなるのをすんでのところで抑えつける。鼻にしわが寄り、腹筋に力が入る。握りしめた拳に爪がグイグイと突き刺さる。

「そして今回。今川さんに電話して、相談したんでしょうね。私が電話をした直後、大倉さんが仕事を外したという証言を大浪さんから聞いています。それで、ちょうどこの時間、療養という名目でどこかに置いていたブチを今川さんと同じ時間に連れて来て、最後の快楽を楽しもうと」

 淡々と喋り続ける小石に、私は戦慄すら覚えた。やはりこの相手と親子丼を食べるのは辛いかもしれない、と今更ながら後悔した。


 学級委員長もまた、私たちとは種類の違う、得体の知れない何かなのだ。


「大倉さんを見つけ出すヒントの一つに、これがありました」

 小石はポケットからインスタントカメラの小さな写真を取り出した。

「家の猫にはずっと嫌われていたのですが、なぜか、ずっと我が家の猫にいじめられていた猫にはすごく自分と似ているようなところを見つけた気がして、日が暮れるまでずっと遊んでいました。トリマー・大倉壮紫」

 彼女は抑揚のない声で内容を朗読する。

「実家があそこで、宮田さんの家はすぐ近く。学校も同じ。学年も近いですね。ならあるな、って思って。しかも、加藤さんから聞くところには宮田さんは、サラちゃんと遊ぶ栄養失調じゃないかってくらいの男の子がいて、野球をしているのかよくボール遊びをしていた、と。大倉さんは野球部ですし、栄養失調ってのもよく似合います」

 小石が言うと、ジョークが本気なのか冗談なのかが分からないのが困るところで、大倉はやり場を失くした笑みを形だけ浮かべた。

「サラちゃんは人間嫌いなはずです。なのに人間に従って犯行を……というのは、やはりサラちゃんと何かしらの繋がりがある人じゃなければいけません。そして、店内にいる人間、あまりアリバイが無い人間……大倉さんしかいないじゃないですか。これが、犯人決定の最大の決め手でしたね」

 小石は勝ち誇った笑みを形だけ浮かべた。

「しかも、今川さんと大倉さんは共通する“クセ”があるみたいなんですね。富岡さんや浅田さん、宮田さんは見抜いていたみたいなんですが……あっ、今発動した」

 大倉はパチンと眼を閉じた。

「大倉さんは、焦るとすぐに右斜め上を向くんですよね。面白い癖ですね、ホント」

「……ハハ」

「あとは、大倉さんの口から、思いのたけを全部明かしてください。全部、全部です」

「……分かりました」

 大倉は語尾をブルブルと震わせながら、ポツリポツリ話しだした。

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