第25話
「そう言えば、大きな窓、あるじゃん。電気が復旧してすぐ、私と店長の目の前に烏が落ちて来て、もがき苦しみながら死んだ」
「……!」
宮田は、えぇ……と思わず声を漏らし、口を両手で押さえた。
「あとさ、烏じゃないんだけど、何かが天井から落ちてきたのよ。真っ黒い何かが。で、そのまま消えた」
「こっちでは、一瞬、ロッカールームがある白壁に、烏の巨大な絵が浮かび上がって、で、すぐに消えたんです」
「駐車場には、大量の血が降ってたって言うのも聞いたよ」
話していくうちに、二人の顔がどんどんと青くなっていく。蟻を潰す人の顔はどこにも無かった。
「……私が思うには、なんですけど」
重々しく、宮田は口を開いた。
「一連の事件には、超常現象みたいなものが絡んでいるような気がしてならないんですよね」
「ただいまです」
と、いきなりたくさんの写真を見せてきた。
「ちょっと見てみてください」
加藤がそれを手に取る。
扉に掴まれば、僕もゲージから写真を見ることが出来た。
一枚目は、ブレーカーがすぐ見えるところだ。アンペアブレーカーはオンに戻っている。その手前には、ドラム缶にもたれかかるように鉄の板が置いてあり、板のすぐそばには、糸が絡まったバケツが倒れていた。水が大量に漏れている。
「このバケツ、ここら辺雨漏りしてるから置いてたらしいです」
二枚目は、こちら側と繋がっている窓のところだ。引き戸の窓はフルオープン、その手前にはマットレスが無造作に置かれている。
「マットレスは訓練とかに使うためらしいですけど……全然使ってなさそうだね」
三枚目は倉庫の扉のところ。扉は開け放たれ、中の様子が見える。ブレーカーは入り口のすぐそこに付いている。セメントの床には、どこからか血の筋が続いており、猫の毛や爪が血に浸っている。その中には、写真の外にいる人間を見つめるように血に浸る、何らかの生物の目玉もあった。
「……眼力がヤバい」
強い怨念が写真から漂ってくる。思わず目を逸らしてしまいそうな力が、一つだけの目玉にあった。
「これ以上見てたら、なんか気が狂っちゃいそう」
そう言って加藤は小石に写真を返却した。
「この写真、チェキで撮ってるんで、見たくなったらいつでも言ってください」
小石はそれを受け取ると、いそいそとロッカールームへ入っていった。この時点で、彼女が何をするかは猫にも察しがついていた。
「……ホント、何が目的なんだろ」
わざとらしく大きな声で喚くように言うと、宮田もバックヤードへ入っていった。
ボーっと、店の中を見ていても、何も変わったことは起こらなかった。
「カワイイねぇ」
「ほれ、ほれほーれ」
目の前で手を振られるが、僕は見て見ぬふりしてクッションに頭を沈めた。
――どうも、冴えない。
魚の骨が喉に引っかかっているような嫌な感覚。なにか、また嫌なことが起こりそうな予感がするのは僕だけだろうか。
――とりあえず、寝て忘れよう。
と、した矢先だった。
「こんにちはー」
「まだいたんですか?」
小石があからさまに嫌そうな顔をして言った。
「しっかり市場調査をしてたのでね」
「あ、今川さん、ここまでの行動を教えてください」
小石の顔つきが名探偵のそれに変わった。
「あ、今日の行動? ここに来てから?」
「はい」
「うーん」
面倒臭そうな顔をしつつ、今川は言う。よく見れば、少し顔が変わってる気がした。鼻が高くなり、眉も細長くなっていた。茶色が混じった黒髪と、特徴的な右巻きのつむじはそのままだが。
「ここに来て、とりあえずここ見て、で、それから荷物の受け渡しをした。で、それから、入り口辺りで調査。色々訊いていた」
「それを証明してくれる人はいますか?」
「いないね。まあ、お客さんに訊いたら分かるんじゃないの?」
ぼわぁ、と大きな欠伸をして、今川は頭を掻く。
「……今川さん、失礼ですが、私は今川さんが幼い頃から、ピッキングだとか銃作りだとか言うことが趣味だったと聞いているのですが、どうですか?」
今川は目を針のように細め、唇を尖らせた。
「……どうだろうね。それが今回の事件に直接関係があるわけではないだろう」
「なにか仕掛けでも作ったんじゃないですか? 前回、ハチワレがいなくなった時、猫ゲージのドアには鍵をかけていたのですよ。もしかして、あなたが針金なんかを使って開けた……なんてことは無いですね?」
「あるわけないじゃないか。第一、あの時は犬ゾーンから女王蟻が入り込んで殺したって言うことになっていただろう」
「それでも、手慣れているのならば、わざわざ人のいる犬のゲージから入るなんてことはせずに、ピッキングして猫ゲージに入るはずではありませんか?」
ピッキングが何なのかは分からなかったが、とにかく今川も疑わしい人物であることが理解できた。
「……ククッ、クハハ、クハハハハハハハハ、クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」
途端に彼は額を押さえ、必死にこらえてようとしたがこらえきれなかった、というような乾いた笑いを狭いゲージスペースに響かせた。
「ちょっと、どうなんですか? 今回の犯行は、今川さんによるものなのですか?」
「……ちょっとね、知っての通り、猫に恨み、ありましてね、クハハハ」
彼はポケットから赤色のものを取り出した。親指をスライドさせると、ギラリと不気味に輝く刃が出てきた。
「それと同じくらいに、あなたにも、恨みがあります」
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