第24話

「……あ、本当だ……」

 青い顔をして加藤は言った。

「ありがとうございます、教えてくださって」

「良いんだけど……最近、どんどん猫いなくなってるじゃん。ちょっと、どうなってんの本当に。飛ぶように売れてるわけなの?」

「……それは、店の都合で」

「あ、そ。頼むから、猫を不幸にするようなことしないでよ、本当に」

 ピンク色の髪の女性は、祈るような表情で加藤の丸みの帯びた顔を見つめた。

「分かりました」

 加藤は、厳しい表情を隠せなかった。


 宮田、加藤、小石に加え、先程訪問トリミングから帰ってきた、トリマー兼猫助っ人の富岡、浅田の四人がゲージスペースの中に集まった。

「みんな、気づいた?」

 加藤が、真剣な顔で切り出した。

「何にですか?」

「キングが、いなくなってることに」

 空気の循環が止まった。脳が理解できていないようで、無表情無言で立ち尽くしている。

 ――キングがいない?

 あの王様のような猫を誰がどうやってさらえるのだろう。

 と、真っ暗闇で鳴り響く布のバサバサという音を僕は思い出した。

 ――あの時。

「いなくなったって、冗談ですか?」

 浅田が言った。

「本当。見てみたら分かる」

 浅田、宮田、富岡の順番でゲージを見回す。ゲージから見える顔は、皆、何が起こっているのか分からない、と言ったような神妙な表情だった。

「いない、ですね……」

 富岡の一言が決定打となり、四人は沈痛な面持ちで下を向いた。

 僕は、土の中に身体が埋められていくような気分でその顔をボーっと見つめていた。


「いつ、さらわれたんでしょうね」

「え?」

 小石が、十数秒の沈黙を破った。

「停電の間にさらわれた、というのが妥当な気がしますが……。私がバックヤードに入って、宮田さんは今川さんの荷物の受け取り、富岡さんと浅田さんはサロン、加藤さんはどこに行ってたのか知りませんけど、その時しか在り得ませんよね」

 当たりだ。なぜそれほど先が見通せるのか聞いてみたいくらいに、明瞭な答えだった。

「私は事務室に報告に行ってた」

「……てことは、猫売り場は誰もいなかったってわけですか?」

 雷に打たれたように、一同が目を大きく開いた。加藤と宮田に至っては、目に手を当て、何かを見るように天を仰いだ。

「……そうなりますね。でも、なんでそんな誰もいなくなるような時間が分かったようにさらっていったんでしょうか」

「……さあ」

「しかも、ちょうどそのタイミングで停電したのには違和感があります。これは、作戦を遂行するために停電させたと言った方が賢明と思いますが」

「……はあ」

 独りでに、小石は推理ショーを繰り広げる。

「誰がそんなことを出来たのでしょうか。ブレーカーは倉庫の中にあります。停電していたのはほんの僅かな時間でした。一人で犯行をするのは不可能だと思えます」

「賛成。誰かの共犯かな」

 富岡が言った。

「まあ、ひとまず現場を見に行ってきます」

 小石は他の三人の反応を待たずにゲージスペースの扉を開けて出ていった。

「あの!」

 宮田がその背中に叫んだ。


「停電中、ずっと金縛りにあっていたのは私だけですか?」




「忌魔のお札がビリビリに破られていた? 本当ですか? ……何か不吉ですね。……はい、またやられてしまいました……すみません、本当に。え? 烏? 入り口の目の前で? ……分かりました。あ、防犯カメラ付けるんですね。了解です。……それでは」

 宮田ははぁ、と深い溜息をついた。

「烏の絵って、それと関係あるのかな……ごがらすさまとどんな関係あるのかな……?」

 と、加藤が帰ってきた。

「ちょっとちょっと、もしかしてだけどさ、小石さんと葉山の共犯とか無いかなって私思うんだけど、どう?」

 ――彼女がそんなことを?

「小石はさ、ずっと真っ暗のバックヤードにいたわけじゃん。やろうと思えば全然できたでしょ。しかも、彼女まだ事故かもしれないのに、『さらわれた』って言いだしたじゃん」

 加藤は興奮気味に、鼻の穴を膨張させながら続ける。

「葉山はさ、そもそも停電してることを知らなかった。おかしくない? 外にいたって言ってるけど、それなら倉庫のブレーカーを落とした可能性もあるし」

「あのぉ……」

 と、宮田が遠慮がちに言った。

「話を止めて悪いんですけど、時計、見てみてください」

「ん?」

 加藤はロッカールームの壁に掛かっているデジタル時計を見た。


 四時四十四分四十四秒で、ピタリと止まっていた。


「……まあ、たまたまでしょ」

 と、言いつつ、加藤の唇が白っぽくなっているのを僕は見逃さなかった。

「で、さっきの続きだけど……。その時犬のゲージスペースとのドアも開いていたみたいだし。あとさ、倉庫とあっちの壁に窓あるじゃん、あっこ換気のために開けてたから、そこから色々やったのかもしれない」

 時計に対する怯えが一気に引き、宮田の目が光った。

「それは、あるかもしれませんね。私もおかしいと思ってました。そもそも、彼女ずっと最近の事件について調べてるみたいなんですけど、何のこだわりがあるんでしょうか?」

「さぁ。何でだろうね。何か暗い理由があるのかな……」

「単純に、猫の数を減らしたいからかもしれません」

 ――減らす?

 自分も消されるのだろうか。僕は何度も二人の顔を見直した。嘘と本当がグルグルとかき混ぜられ、もう誰も信じられないグレーな人間に見えてくる。彼女らから伸びる影が、ハッハッハと高笑いする悪鬼の顔をしているのではないかと思ってしまう。

「そうだとしたら最低だよね。暮らしやすい環境を作るのは大事だけど……だからといって、ね、それは無いよね」

「ですよね。葉山さんの場合はあの件がありますし……」

「うんうん」

 二人の顔は、蟻を一匹ずつ指で潰していく人のような、妙な快楽を味わっている人間の顔だった。

「ところで」

 途端に、神妙な表情に変えて宮田が言った。不思議と、その声には周りをヒヤリとさせるような迫力があった。


「金縛りになっていたのは私だけですか?」


 加藤は、ごくりと唾を飲んだ。

「あなただけじゃない。私も、店長も、事務の人も、みんな糸で縛られたみたいに身体が固まってた」

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