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 王妃選定パーティーの場に国王が姿を現さないまま「お妃様が決定いたしましたのでしゅうりょうとさせていただきます」と告げられ、うたげはお開きとなった。

 出席者の姫君たちの反応は様々で、「横暴だわ!」といかりをあらわにする者もいれば、


「他国の王族とのつながりができた」と次のこんかつへの意欲を見せる者もいた。

 妃に選ばれたソランジュ本人は何も知らず、日が暮れるまで眠りこけていた。もちろん、客間まで運んでくれたのが国王だなんて想像もしていない。


「あの、何かのちがいでは……?」


 どうか間違いであってほしい。そう願いをこめて問いかけたけれど、さわやかなふうぼうの宰相はがおで「間違いなく、ソランジュ王女殿でんがお妃様に決まりました」と答える。


さっそくですが、国王陛下とのばんさんの席をご用意しております。たくがととのいましたら、食堂へおしください」

「えっ、あの……!」


 ソランジュの返事も待たずに、宰相は風のように去って行った。

 わりでやってきたじょたちに取り囲まれ、ソランジュは用意された真新しいドレスにえさせられ、かみしょうを直された。

 ちゅうまでぼうぜんくしていたリディアは、半ばヤケになったのか身支度の輪に加わった。庭園で見知らぬ男性の夢にもぐってしまった件については、まだリディアに話せていない。


「まあ、お美しい」

「素材がらしいから、みががありますわ」

はなよめ姿が今から待ち遠しいですわね」

(話がやくしてる……!)


 鏡の中のソランジュの口元が大きく引きつった。着替えたドレスは上品な深緑色で、デコルテの部分に同系色のレースがかざられたせいわいらしいデザインだった。侍女たちが言うには、深緑色は国王アルベリクの瞳の色らしい。


(そういえば、あの人も同じ色だったような……)


 夢の中で会ったくろかみの男性。こわもて面ではあったけれど、根は悪い人ではなさそうだった。

 姿見で身なりの確認を終えると、侍女たちにゆうどうされて国王の待つ食堂へと向かった。

 国王は、普段は離れのしきで生活していて、来客時だけ本宮の食堂で食事をとるらしい。道すがら、侍女たちがそう教えてくれた。

 食事といえば、ソランジュはパーティーの場で周囲が引くほどの食欲を見せつけた。


きたない」とまで言わしめたのに、なぜ妃に選ばれてしまったのだろう。


(あの程度じゃ足りなかったのかしら?)


 昼間たいらげた分のカロリーは、すでに消費されている。

 コルドラの王宮はレアリゼの王宮に比べて数倍の広さがある。客間から食堂までのきょも果てしない。広々とした長いろうを歩いて、たどり着くころにはソランジュのぶくろは空腹をうったえていた。

 うっかりおなかが鳴ってしまわないよう意識を集中させて、背筋をばす。

 開かれたとびらをくぐると、細長いしょくたくが並べられた空間の奥の席で黒髪の男性がこちらを見ていた。


「ソランジュ王女殿下がお越しでございます」


 案内に従って、ソランジュは一歩ずつていねいに足を進めた。


「国王陛下、お初にお目にかかります。レアリゼ王国より参りました、ソランジュ・レアリゼと申します」


 しゅくじょの礼をとり、一呼吸置いて顔を上げる。


(えええええ!?)


 ソランジュは思わず大声をあげてしまいそうだったところを、なんとかこらえた。


(こ、この人が王様……?)


 昼間、庭園でたおれていたあの男性だった。

 ソランジュがほどこしたいやしの加護が効いているのか、あの時とは比べ物にならないほど血色がいい。青黒いクマもれいに消えている。

 そして、人をころしそうだった眼光は、理知的で穏やかなまなざしに変わっていた。


「はじめまして、ソランジュ王女。アルベリク・ルジェ・コルドラだ。どうか自分の家だと思ってくつろいでほしい」


 アルベリクは立ち上がり、ソランジュの前へ進み出てほほみかけた。


(う……っ)


 夢の中では人相の悪さが手伝って全然気づかなかったけれど、アルベリクはとんでもない美形だった。パーティーに参加していた姫君たちがこの場にいたら、間違いなく何人かは医務室送りになっていることだろう。

 ソランジュは十八年の人生で、家族以外の男の人といったら姉の夫と、団長のジャックくらいしかまともに会話したことがない。それから、教会の神父様。

 つまり、男性へのめんえきがこれっぽっちもないのだ。


(どうしよう。何を話したら……?)


 頭の中が真っ白になっているところへ、アルベリクがづかわしげに声をかけた。


「体調はどうだろうか? 少しは回復したか?」

「え?」

「庭園で倒れていただろう? ひんけつか何かで倒れたのではないか? 医師のしんだんはどうだった?」


 アルベリクは心からソランジュの体調を案じてくれているようで、心配そうに顔をのぞき込んできた。


(ち、近いです……っ!)


 かい力の強い顔面が近づいてきて、澄んだ眼差しに見つめられてどうがおさまらない。


(さっきとはまるで別人だわ)


 抜き身のやいばのようにするどい眼差しと冷たい声が、ソランジュののうによみがえる。

 今、目の前にいるアルベリクは、プディングのようにやわらかく甘いみをたたえている。心なしかこわまでもが甘やかなものに聞こえる。


「お、お気遣い感謝いたしますわ。少々、旅の疲れがたまっていたようです」


 なんとか正気を保ちつつ答える。


「それならよかった」


 ソランジュはむしろ、アルベリクの体調のほうが気がかりだった。庭園で、あせをにじませて夢にうなされる姿を覚えている。

 気がかりなことといえば、もう一つ。


「国王陛下。おうかがいしてもよろしいでしょうか?」

「なんだ? 言ってみろ」

「あの……わたしをお部屋まで運んでくださったのは、その……」

「俺だ」

(やっぱり!)


 ソランジュは心の中で頭をかかえた。


「陛下のお手をわずらわせてしまい申しわけありません。ありがとうございました……」

「すまない。長旅で疲れているのに、こんなところへ呼び出してしまって」

「い、いいえ! とても光栄ですわ!」


 やっぱり、噂で聞いていたのと印象が違う。

 女性に対する理想が天より高く、それでいてった魚にはえさをやらない。 特殊なこうの持ち主で、こうまんかつれいこくな男性。

 そう聞いていたけれど、夢の中で会った時や、今こうして向き合っている彼は、とてもりょ深く思いやりのある人に見える。

 だからといって、このまま結婚に持ち込まれたら父との約束を破ることになる。

 なんとかして、アルベリクの気が変わるように仕向けなくては。

 やがて、テーブルに料理が運ばれてきた。

 前菜かと思いきや、メインの肉料理が大皿に山のように盛られている。


(あれ?)


 続いてスープと、これまた山盛りのパンが置かれる。

 一方のアルベリクに用意されているのは、常識的な盛り付けの料理だった。


「宰相から聞いた。ソランジュ王女はよく食べる健康的な女性だと。今夜は好きなだけ食べてほしい」

(宰相様……っ! 好意的なかいしゃくにもほどがあるのでは!?)


 困った。アルベリクをげんめつさせるための材料が一つつぶれた。

 しかし、アルベリクのげんそこねる目的で目の前の食べものを残すのはもってのほか。

 ソランジュは、美味おいしくいただくことに決めた。


「では、いただきます……」


 言うが早いか、皿の上の料理がまたたにソランジュの胃袋に収まった。

 その様子を、アルベリクはきょうしんしんの表情で見つめてくる。

 食事中に人の目を意識したことがないソランジュは彼の視線が気になってしまい、途中から料理の味が全然わからない。実にもったいない。

 おかわりをすすめられたけれどていちょうにお断りして、食後の紅茶をぎこちない動作で口に含んだ。


「ソランジュ王女。婚約が成立したら、離れの屋敷でいっしょに暮らしてもらうことになる。この城と比べればぜまになるが、理解してもらえると助かる」

(歴代の婚約者が軟禁されていたっていうお屋敷……!)


 事前に聞いていた噂を思い出し、ソランジュの表情にきんちょうが走る。


「何か希望があれば言ってくれ」

「希望というか……少々、疑問に感じる点があるのですが」

「なんだ?」

「どうして、わたしなのでしょうか?」


 アルベリクの深緑色の瞳をまっすぐにえて、そっちょくに問いかけた。

 周辺諸国のたちが集まった中で、「食べっぷりがいいから」というけな理由で選ばれるのは不自然だと思った。


「目が覚めたらそこにいたから、かな」

「…………」


 きっとあの時、アルベリクの夢の中で気絶したせいだ。


「これから、きみのことを少しずつ知っていけたらと思う」


 くもりのないまっすぐな眼差しでそう言われて、ソランジュは胸が痛んだ。

 結婚する気なんてさらさらないのに。


「レアリゼの国王陛下がこちらへとうちゃくされだい、立ち会いのもと婚約のおこなう。そのつもりで準備をしてほしい」

「父がコルドラへ?」


 ソランジュが眠っている間に、早馬がレアリゼに向かったとのことだった。

 あちらにしらせが届くまで、早くて三日はかかる。父がそく出発したとして、そこからおよそ七日を要する。ソランジュの婚約を知った父が激怒しなければいいのだけれど。

 晩餐のデザートは、白くなめらかな断面が美しいレアチーズケーキだった。

 もったいないことに、これも味がよくわからなかった。

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