第2章 殺伐と甘々

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 おう選定パーティーが始まる一時間前。アルベリクは王族専用のバラ園にそべっていた。

 空は気持ちよくわたっているというのに、心はうつうつとしている。

 きさき選びなど気が進まない。

 ぎをもうけるという責務を理解してはいるものの、これまでった女性たちはろくなものではなかった。

 最初のこんやく者は親同士が決めた相手だった。教養が高く外見も美しい女性だったが異性関係にだらしのないしょうぶんで、さんまたをかけられていた。あのままけっこんしていたらと思うと、ぞっとする。はつこいも未経験の十四歳だったアルベリクにとって、深い心の傷となった。それから数年の間はすべてのえんだんを断った。

 二人目と三人目の婚約者は、そろってろうぐせのある高飛車女だった。自分たちの衣食住がたみからの税収でまかなわれていることを、まるでわかっていない。未来の王妃にふさわしいと思えずに婚約した。


 三年前に父である先王が病死し、アルベリクがそくした翌年、初めて自分の目で婚約者を選ぶことになった。

 将来、自分に何かあった時に、代わりに政務をになえるそうめいな女性を選んだつもりだったが、四人目の婚約者はあまりに勝ち気でごうまんだった。婚約期間は妃教育をねて生活を共にしていたのだが、ことあるごとに実家の暮らしと比べてケチをつけてきた。「気に入らないなら出て行け」と言ったら本当に出て行った。

 五人目の婚約者はけんきょほがらかな女性だったが、しっぶかい性格でもあった。

 アルベリクの個人的な事情で何日も顔を合わせられなかった際、うわを疑われてされそうになった。

 疑われるようなりを見せたアルベリクに非があったので、この件は不問に付して、円満に婚約破棄する運びとなった。

 自分に女性を見る目がないのか、コルドラに癖の強い女性が多すぎるのか。

 結婚てきれいの貴族れいじょうほぼ全員と見合いをしたが、王妃にふさわしいと思える女性とは出会えずじまいだった。

 ちまたでは、「国王は婚約者をなんきんしてしいたげている」だの「国王のとくしゅせいへきえられず

に泣いてした」だの、下世話なうわさが流れている。

 さいしょうや大臣たちの進言により、今度は周辺諸国から王族の女性を招くことになった。

 しかし、運良く王妃が決まったところで、幸福なふう生活を送れるとは思っていない。

 木立のささやきに耳をかたむけ、空をただよう雲を目で追っているうちに、全身にけんたい感が押し寄せてきた。


(つくづくやっかい身体からだだ)


 歴代の国王は、即位と同時にその身に守り神の加護をさずかる。

 ほうじょうと勝利をつかさどこくりゅう、ディオニール。

 国王の精神に寄生させて生命力をあたえる代わりに、コルドラ王国のはんえいが約束される。即位と同時に強制的にわされるけい

やくだった。

 黒竜はどうもうな性格で、少しでも気をゆるめるとアルベリクの体内で暴れ出す。万が一、意識を乗っ取られたら周りの人間を傷つけることになる。

 黒竜をしずめるために日中は常に気を張って、夜も浅いねむりの中で黒竜をせいぎょしている。

 即位してからの三年は、ぐっすり眠れたためしがない。

 しかし、眠らなくては身体のろうちくせきする一方なので、公務の合間を見計らってみんを取っている。その仮眠さえも、やはりおだやかに眠れることはないのだが。

 先王である父が早くにせいきょしたのは、黒竜と共存するうちに心身がへいしてちからきてしまったためだった。

 アルベリクがすいに負けてまぶたを閉じたその時、人の気配が近づくのを感じた。


だれだ!?」


 しゅんに神経がまされ、眠りかけた身体がはじかれたようにかくせいする。

 アルベリクは神速とうたわれる速さでこしたんけんき、かたひざをついた体勢でけんさきを相手ののどもときつけた。


「相変わらずぶっそうだな」

「なんだ、リュカか」


 おさなみの顔をかくにんすると、アルベリクは気が抜けたような顔で短剣をさやに収めた。


「そろそろ始まるぞ」


 国王の幼馴染みでありみぎうででもある宰相リュカ・セルトンは、しょうかべて一歩下がった。


「参加者の査定はリュカにまかせる。少し寝かせてくれ」

「バカを言うな。国外からひめぎみたちを呼びつけておいて、王が不参加だなんてまかり通るわけがないだろう」


 リュカの言い分はもっともである。


「いいか? 今日は絶対に相手を選べ。この際、誰でもいい。今日の参加者は全員が王家の姫君だ。ハズレを引くことはないだろう」

「誰でもいいって……雑だな」

「こうでも言わないと、お前が誰も選ばないからだ」


 正論を返され、アルベリクは閉口した。


「二時間後にまた来る。少しでも身体を休めておけよ」

「ああ」


 リュカの足音がはなれるのを確認して、アルベリクは今度こそ眠りについた。

 夢の世界。

 うっそうとした森の奥、しんえんやみへつながるどうくつの前で、アルベリクは座り込んでいた。

 洞窟の奥からはもうじゅうのようにうなる黒竜の声がひびき渡る。


(うるさい……)


 地鳴りのような唸り声が頭に響いて、ひどく不快だ。

 身体はつかれきって目を覚ますことができず、しかし眠り続けることも難しい。

 浅い眠りの中でただ耐えるだけの時間が過ぎていく。

 ふいに、アルベリクの目の前に小さな丸っこい物体が降ってきた。

 金色の毛並みにおおわれた生きものだった。


「なんだお前は?」


 とつぜんのことに、アルベリクは反射的にすいした。

 国王に即位して黒竜との契約を結んでからというもの、夢の中に自分と黒竜以外の者が現れることは一度もなかった。もちろん、動物もふくめて。

 もこもこふわふわな金色の毛並みに、うすむらさき色をした宝玉のようなつぶらなひとみ


「…………犬か?」

「羊です……一応」


 しゃべった。犬……もとい羊が喋った。

 アルベリクは内心うろたえていた。


(夢だからなんでもアリなのか? 夢の中では動物も喋るのがつうなのか?)

 この三年、普通の夢を見ていないアルベリクにとって、もはや普通がなんなのか判断がつかなくなっていた。

 どう見ても小型犬だろうと言ったら、金色の羊は小さな身体をすって頭部の角を強調した。口調から察するにめすらしい。


「ちょっと失礼」


 人語を解する羊は、ぽてぽてとこちらへ歩み寄り、小さな前足でアルベリクのひざれた。

 次のしゅんかん、清流のように澄んだものがアルベリクの内側に流れ込んでくるのを感じた。

 自分をおそっていた頭痛がたちどころに治まり、身体が軽くなった。

 気がつけば、洞窟の奥から聞こえていた唸り声がやんでいた。それどころか、黒竜の気配すら立ち消えている。


「これは……?」


 アルベリクが視線を落とすと、金色の羊がその場で気を失っていた。


「おい、だいじょうか!?」


 羊の安否を確認する前に、アルベリクは夢から覚めてしまった。

 こんなにそうかいな目覚めは即位して以来……実に三年ぶりのことだった。

 常に全身にまとわりつく倦怠感も、目を開けているのもつらくなる片頭痛もない。

 心なしか、周囲の風景がひかかがやいて見える気がする。

 六月の庭園をいろどるバラは、こんなにはなやかで美しかったのか。

 いつもよりずっと軽くなった身体を起こそうとしてようやく、自分の手に何かが触れているのを感じた。

 見ると、色白の小さな手がアルベリクの手をにぎっていた。

 せいこうな人形のように美しい女性が、となりですやすやと眠っている。

 を糸にしてつむいだようなあわきんぱつ、同じ色の長いまつ、小さく整ったりょうきかけの花のつぼみのようにふっくらとしたくちびる。空色のドレスをまとって眠る姿は、おとぎ話の眠りひめを思わせた。


「バカな……」


 アルベリクはのどふるわせた。

 自分が黒竜ディオニールから与えられている加護は、王国の繁栄とえに背負わされた悪夢ののろい。そして、けもののようにえいびんな危機察知能力。

 たとえ眠っていても、人の近づく気配には反応するはずなのだ。


(俺が他人の気配に気づかず……ましてや手を握られた状態で眠り続けていただと?)


 異常な目覚めの良さといい、何かがおかしい。

 アルベリクは、握られていた手をそっとほどいた。

 女性のふわふわとした金髪から、夢の中で見た金色の小さな羊が連想された。


(まさかな)


 アルベリクは女性のかたやさしく揺すった。


「おい、起きろ。こんなところで寝ていてはを引く」


 地べたにころんでいた自分が言えた立場ではないが、け布の用意もない屋外に女性を寝かせておくわけにはいかない。


「う……ん、もう一皿……」


 れつごとが返ってくるだけで、起きる気配はない。

 アルベリクは女性のきゃしゃな身体をげ、城へ向かって歩き出した。

 女性の身体はとても軽く、風がいたら綿毛のように飛んでいきそうな気がした。

 バラのアーチをくぐって緑の小道を抜けると、広間へ通じるテラスが見えた。

 アルベリクの姿を見つけたリュカがあわててけてくる。


「アル……いえ、陛下。そちらのご婦人は?」

「庭園で拾った」

「拾った?」


 いぶかしげにまゆをひそめたリュカだったが、すぐにアルベリクの顔色がだんちがうことに気づいた。


「よく眠れたのですか?」

「ああ。自分でもおどろくほどに」


 アルベリクは、抱きかかえている金髪の女性に視線を落とした。

 どうして、彼女のそばで自分は目覚めなかったのか。

 夢で出逢った金色の羊は何者なのか。

 彼女に触れていると、心身が軽くなる気がするのはなぜか。

 次々と浮かんでくる疑問が、アルベリクの心を突き動かした。


「この女性を俺の妃にする」


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