1-5


 ぷかぷか、ぷかぷか。

 小さな金色の羊の姿になったソランジュは、夢の世界を泳いでいた。

 暗い森の中を抜けて、たどり着いたのはどうくつの前だった。

 そこに、夢の主である黒髪の男性が座り込んでいた。


「なんだお前は?」

(ひっ!)


 人を殺せそうなほどにするどい眼光でにらまれ、ソランジュは身をすくませた。


「とっ、通りすがりの者です!」


 黒髪の男性は、眉根を寄せた。非常に整った目鼻立ちをしているせいで、圧がすごい。


「…………犬か?」

「羊です……一応」

「羊?」


 男性はけんしわをさらに深くした。


「羊はもっと、どうたいも長い。お前のその丸っこい身体はどう見ても小型犬だ」

「失礼な! このつのをよく見て!」


 ソランジュはまんまるな身体をすって、頭の角を強調した。


「なるほど。非礼を詫びよう」


 男性は思いのほかなおに詫びの言葉を口にした。


(顔は|怖《こわ)いけど、悪い人じゃなさそう)


 よくよく見れば、彼が身に着けているものはどれも上質で、立ちえり)の刺繍やカフスの細工など、そこかしこに|精《せいそうしょくがほどこされている。おそらくは上位貴族の令息なのだろう。

 ふいに、洞窟の奥からもうじゅうのようなうなり声が響いてきた。


「な、何?」

そうろうのようなものだ。俺の中にみついている」

「居候って……?」

しょうあらくてな。俺が気を抜くと暴走しかねない」


 そう言う男性の顔にはろういろく浮かんでいて、深緑色の双眸の下には青黒いクマがうっすらと見えた。


「あなた、眠れていないの?」

「眠っているつもりなんだが、どうにも眠りが浅いらしい」


 男性は明らかにつかれた顔つきで息をき出した。


「ちょっと失礼」


 ソランジュはぽてぽてと男性に歩み寄り、彼の膝に前足を載せた。


(この人に、眠りと癒しの加護をおあたえください)


 心身の疲労が消え去るように。そして、すこやかに深く眠れるように。

 ソランジュは心をめて祈った。

 すると、どうしたことかソランジュはとつぜん、強いねむおそわれた。


(何……?)

「どうした?」


 男性の声が遠い。ソランジュはまぶたが重くなっていくのを感じた。

 これまで、姉たちや救貧院の子どもたちの夢の中に何度か潜ったけれど、これほど激しい疲労を覚えることはなかった。


(この人をむしばむものが、それほどに強い存在だということ……?)


 暗い洞窟の奥から聞こえてくる唸り声。


(あれは一体……?)


 小さな羊の身体が、ぱたりと倒れ込んだ。

 力を使わないという、父との約束を破ったばつだろうか。

 ソランジュは初めて、人の夢の中で意識を手放した。



 目が覚めると、ソランジュは人の姿で見知らぬベッドに横たわっていた。

 現実の世界へ戻ってきた。


(あの人は元気になったかしら?)


 確認できないまま、どうやら気を失ってしまったらしい。誰がここまで運んできてくれたのだろう。

 はだざわりのい上質な夜着を着せられており、医者らしき人のもんしんを受けた。

 終わると同時に顔も知らない女官たちが数人、部屋へなだれ込んできて、自分のドレスにえさせられる。

 訳がわからず続き間へ案内されると、そこに見知った顔があって安堵の息をついたのもつか。リディアは青白い顔でソランジュを見つめていた。

 リディアのそばには、長身のさわやかなふうぼうをした若い男性。 パーティーで見かけた宰相だった。

 じょうきょうあくできずにいると、宰相はにっこりと微笑みかけた。


「おめでとうございます。ソランジュ・レアリゼ王女殿でん。貴女様が、我が国王のお妃様に選ばれました」

「え……?」


 ソランジュは状況が飲み込めずにまばたきを繰り返した。


(どうして……?)


 て起きたら、顔も知らない王様のお妃に選ばれてしまっていた。

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