最終話 歪んだ三角形

「なんでいけると思ったのかな? 夫が新しい女連れてきて『この人二号ね。一緒に住ませてくれ』って言い出したらどうなるかな? うん、そうだよ。その場で心中一択だね。当然の措置と言っても過言ではないね。更生の余地なんてないんだよ。一度浮気した男は何度でも繰り返すから、一緒の墓に入ることを画策……」

「勢い、勢いが、すごく、すごいです」


 後輩を連れて行っただけで、この取り乱しようだ。

 交渉、話し合いの余地があると思えない。


「まあ、ジョークはこの辺にしといて……」

(迫真だったんだが……)


 理解しがたいが、桜井なりのお茶目というヤツだ。

 どっちかと言えば、悪い虫へのジャブ、威嚇行動に見えるが。


「その子が例の後輩ちゃんだね?」

「どーも。先輩が二十五年捨てきれなかった童貞を奪った後輩ちゃんです」


 職場の人間じゃないからか、糸井を相手にする時のように舐め腐った態度を取る。

 強ち、安い挑発とも言い切れないかもしれない。先を越されたことを、本気で悔やんでいるのだから。


「哀れだね。明君は、二歳差くらいが丁度いいって言ってたよ」


 年齢という、絶対に覆せない要素でマウントを取る。

 大人げないが、大人げあるところのほうが少ないので、今更何も言うまい。


「それを覆すぐらい、私のことが好きなんですよ」

「あの、とりあえず本題に……」


 女の闘いに割り込む糸井。三ヶ月前とは、見違えるほどの勇気だ。


「うん。退職したんだよね?」

「え……なぜそれを……」

「詳しいことは知らない。ノートパソコンにコーヒーをこぼしたせいで退職したのは知ってる」


 薄々察していたが、確信に変わる。

 あの事件は桜井の占いによるものだと。


「どういうことですか? 先輩」

「そういう能力だよ。信じられんだろうが」

「よくわかりませんが、信じますよ。ただ者じゃなさそうですし」


 理解力というか、順応性がなんとも高い女だ。


「なんで退職に到ったのか、そこまではわからない」

「正直聞いてもわからないと思いますが、一から説明します」


 ところどころ後輩に補足してもらいながら、会社での一件を話す。

 糸井にとっては悲劇なのだが、第三者には喜劇としか思えないようで、遠慮のない嘲笑を受ける。


「で? 大丈夫なの? 蹴られたところ」

「腫れたらしく、歩きづらいです」

「とりあえず殴っといたら? さすがに酷いよ」

「私もそう思います。一思いに殴ってくださいよ」


 ここを殴ってくれと、頬を出しだす後輩。ボクサーの挑発だろうか。


「それとも、こっちのほうがいいですか?」


 自分の股を平手で叩きアピールする。

 良い音が響いたが、痛くないのだろうか。


「やらんよ。俺ならわかってくれるって、信頼してくれた上で蹴ったんだろ?」

「それはそうなんですけど……」

「お前の気持ちも信頼も裏切れんよ」


 言っていることはわかるし、真っ当だろう。

 だが、二人の空間、二人の問題ではないということを、失念してはいけない。


「私の気持ちは裏切っていいの? ここまで堂々と浮気宣言する男、中々いないよ」

「正式に交際はしてません。気持ちは通じ合ってると思いますが」

「そう。で? どうすんの?」


 不服そうにする桜井に、スッと左手を差し出す。


「コイツには悪いですけど、俺は自分を貴女に捧げます。コイツとの関係を認めてくれるなら、許可なく外に出ることもありませんし、会社勤めしたいなんてワガママも言いません」

「……世界中探してもいないよ。私ほど理解のある良妻は」


 差し出された手を掴み、薬指に噛みつく。一歩間違えれば落ちるのではないかと、思えるほどの威力で。

 鉄の味を感じたのを確認してから、指を解放する。


「永遠の二番手だってことを、理解してね。後輩ちゃん」


 糸井の指に刻まれたリングを見せつけ、得意気な顔で胸を張る。無い胸を。


「……じゃあ、私からは、とっておきのおまじないを」


 ひったくるように糸井の右手を掴み、中指に噛みつく。

 これに関しては予想外だったらしく、悲鳴をあげる糸井。


「いってぇ! な、何すんだよ」

「はほへへふ!」

「何言ってるかわかんねぇよ」

「右手の中指は魔除けです。三番手が生まれないようにね」

「中々の強敵だね。燃えてくるよ」


 まじないというより、もはやのろいではないだろうか。

 歪な三角関係だが、この三人なら上手くやっていけそうな気がする。笑えるぐらい同類なのだから。


「油性ペンありますか? 未来お姉さん」

「姉になった覚えはないけど、あるよ。何に使うの?」

「わかりませんか? 占い師なのに」

「言わないとわからないから。社会人なのに、わからないの?」


 すっかり気を許したようで、じゃれあいながら油性ペンを手渡す。


「自分の所有物には名前書かないと」

「おい、嫌な予感がするぞ。一応聞くが」

「先輩、とりあえずオチンチン出してください」


 とりあえずレベルでする要求ではない。

 大人しく脱ぎ始める糸井も大概だが。


「私が初めてなんですから、そっちは私の物ですよね?」

「調子乗らないで。私のだから」


 両手で目を隠しながら、所有権を主張する。

 恥じらう基準がわからないが、予想以上に初心な反応に、性的興奮を覚える糸井。


「ちょ、いきなり大きくしないでくださいよ。そんなに長い名前じゃないですから」

「記入欄を増やす意図はなかったんだが……」

「うわぁ……めっちゃ腫れてる……キモッ……」

「お前が原因だぞ?」


 痛ましい色に変色している物に引きながらも、名前を記入する。

 こんなことをしている暇があったら、今すぐにでも患部を冷やせ。


「きょ、共有財産にしましょう。文句言わせないから」


 覚悟を決めたのか、赤面しながらも目を開ける。


「早い物勝ちじゃないんですか? 普通」

「二号風情がうるさい」


 ペンを奪い取り、震える手で名前を記入する。

 どうでもいいがこの一文だけだと、闇金から金を借りる崖っぷちの人に聞こえる。


「ちょっとぉ、私の名前に続けないでくださいよ」

「ごめん、緊張で頭が真っ白に」

「〝ハルカミライ〟……なんか上手い感じの言葉になってるじゃないですか」

「意味深ですねぇ。門出って考えるとロマンチックじゃないですか?」


 二度とロマンチックという単語を使ってほしくない。

 この異様なシチュエーションで使うために、生まれた言葉ではないはずだ。


「後輩ちゃん。いえ、ハルカちゃんって呼んだほうがいいかな?」

「お好きなようにどうぞ」

「ハルカちゃん。言っとくけど、自分の食い扶持は、自分でなんとかしてね」

「言われなくても。未来姉さんのほうこそ、先輩に金なんか渡さないでくださいよ? 私が給料を出しますから」

「夫にお小遣いあげて何が悪いの?」

「お金で好感度稼ごうなんて、お姉さんは姑息ですねぇ」


 悪気はないのかもしれないが、中々痛いところをつく。

 金銭価値を狂わせて退職させる狙いもあったが、自分に自信がないので、金で好感度を稼ごうという魂胆もあった。むしろ後者のほうが、狙いのウエイトは大きい。

 まともな恋愛をしてこなかったから、仕方ないと言えば仕方ないのだが、ホスト狂いのような醜さがある。


「占うよ? 人の傷を抉るヤツは、容赦なく占うよ?」

(何その新手の脅し)


 世俗からつまはじきにされた者達による歪な三角関係だが、バリの部分が上手く嚙み合っているようだ。

 人生を成功させれば、それでよかった。退屈な人生から脱することができれば、それでよかった。

 それを願った結果はどうだ? 現状はどうだ?

 思い描いた未来、野望とは似ても似つかない。

 成功と言えば成功だ。会社勤めという呪いから解放され、美女二人と結ばれたのだから、大成功の部類だろう。

 退屈することもないだろう。同時に、気が休まる暇もないだろうが。

 少なくとも、日記に『何もない一日でした』と書くことは、もうないだろう。

 これが、安易に未知の力に触れた者の末路だ。

 俗世を居心地よく思う者が、この結末をどう思うかはわからない。

 だが少なくとも、二つの指輪を慈しんでいるこの男にとっては、紛れもないハッピーエンドだろう。拍手、称賛には値しないが。

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