第65話『人間性に対する認識改めないと。下方修正』

 王都の近くまで来たので街道に出ると、石造りのきちんとした道が敷かれていた。


 近くっつっても、一つ手前の宿場町からだ。さすが王都。行き交う人たちも今までの街の近くの街道よりも多い。きっと街道の護りも強いんだ。俺たちは安全で快適な石畳の街道に沿って、のんびりと馬を進めた。


 あと一日行けば王都に着く。となると、ここできちんとしてから行こうという意識が働くのか、その宿場町マルフルーメンには身なりを整えるための店が多かった。それは服屋から始まって床屋や繕い屋、馬具や武器を磨く店まであった。あと、なぜか飲み屋がやたらあった。


 俺たちは別に王都で何があるのかわかってないし、特に身なりを何とかしなきゃとは思ってなかったけど、何となくここで一泊する事になった。

 招集かけられてはいるけど期限には間に合ってるし、あと一日の距離っつったって俺たちは馬で安全な街道を行くのだから半日くらいで着いちゃうはずだ。


 今回は馬も一緒に泊まれる宿を探す。小さな街くらいの規模がある王都直結の街だけあって、馬車ごと泊まれる宿屋も多かった。何軒か回ってから、俺たちは町はずれの宿に泊まることになった。宿場町と侮っていたけど、なかなか料金が高かったのだ。

 やっぱ王都近郊となると違う……キヨの財源を期待したけど、そういうところを豪勢にするためには使わないっぽかった。

 俺たちは宿に馬を預け、それから宿の一階で夕飯を食べることになった。


「ちょっと外出るわ」


 キヨはみんながテーブルについたところで、一人座らずにそう言った。

「え、一人だけ外でいいモン食べようっての?」

 ハヤがそう言うとキヨはちょっとだけ苦笑した。

「まぁ、一人だけ外でいい酒飲んでくるよ」

 そう言い置いてキヨは軽く手を振ると、一人外へ出て行った。俺たちはその後ろ姿を見送った。同時に夕食のシチューが届く。レツが「剣置いてくるの忘れた」と足元でがちゃがちゃしながら言った。あ、それ気づいてなかったんだ。


「キヨくん、何調べるのかな」

 え、酒飲みに行ったんじゃねぇの?

「酒ならここでも飲めるだろ」

「キヨリン、あれでホントに浮気してないとかってわかんないよねー」

 ハヤはぷりぷりしながら言った。レツとシマはきゃあきゃあ騒ぐ。いや……それはないんじゃないかな、あんな顛末があったってのに。


「おごってくれるっつったらカナレスみたいの相手でもホイホイ仲良くなっちゃうんだから、わかんないよー?」

「キヨ、酒強いけど、酔うほど飲ませればそれなりに仲良く……」

「カナレスの時もそんな感じだったって言ってたよ!」

「つまり大事なのは金があるかどうかってことですね」


 コウが言うと三人は同時に「金かー」と言った。

 金なら今キヨが一番持ってるじゃんか。俺はシチューを口に運んだ。よくあるブラウンソース系のシチューは、思ったよりもさらりとしたスープにごろごろと大きな野菜が入っている。肉も大きめでざっくりした料理みたいだけど、意外と香草みたいな香りが口に残る。もしかして、簡単そうに見えて手間がかかってる料理なのかも。


「でもさー調べるにしたって、普通エストフェルモーセンに着いてからでいいはずじゃん」


 今調べることといったら、やっぱ勇者招集の事だよな。

「実際集められてるのは王都なんだから、そっちのが色々情報あるよね?」

 レツはそう言ってシマを覗き込んだ。シマはグラスに口をつけたままちょっとだけ笑った。

「まぁ、いろいろだろうなー。王都じゃ言えないような事だったら、この辺まで来た方が言えるってのもあるかもしれないし」

 王都で言えないような事!? 

「そんなのあるの?!」

「あるかどうかは聞いてみなきゃわかんねーだろ」

 シマはそう言うと、再度グラスに口を付けた。そりゃそうだけど……でも人々のために動いてる勇者たちを集めてるのに、王都で言えないようなこととかあるのかな。


「勇者集める事自体珍しいっつか、もしかすると前代未聞かもしれないからな。キヨが何かあると考えるのも、あながち間違ってないかも」


 シマは言いながらシチューを口に運んだ。間違ってなかったら、それに乗ってここまで来てる俺たちが困るんだけど。

 ああ、だからわざわざ調べに行ったのかな。杞憂だったらそれでいいんだし。


「っつかそういうのって、ホント、キヨ以外誰も調べないのな」

 俺がそう言うと、みんなきょとんとした顔で俺を見た。

「そーいうのはキヨリンの役目だしね」

「一番無駄なく調べてこれるのってキヨくんだし」

「っつかキヨの場合、酒飲みたいってのもあるだろうから」

「一石二鳥だもんね」


 ……つまりみんな任せっぱなしってことですね。まぁ、酒飲むって実益兼ねてるからいいのかな。


「そんなに気になるなら、お前が聞いてくれば?」

「は!?」

「あ、それいい」

 ハヤはそう言ってにこにこ笑って、おかわり頼むと言いながら小銭を出した。ちょっと、行くとか言ってないし!

「おつかいおつかい! 頑張るんだぞ!」

 レツは何だか楽しそうに言った。そんなの何かずるい!


「じゃあレツと行く!」

「えええええ!」


 レツはとたんに泣きそうな顔になった。

 どうだ、これなら俺だけに押し付けられまい。みんなレツには甘いんだから。

「あー、じゃあレツも行っておいで。お兄さんなんだから、たまにはお使いできないとねー」

 ハヤはそう言ってレツの頭を撫でた。レツは愕然とした顔でハヤを見る。待ってよ、いつもだったらレツには無理言わないじゃん!

「よ、よし、俺もお兄さんだから頑張るんだよ……」

 レツはそう言って立ち上がったけど、何だかふら付いた。大丈夫かな……こんなのが二人で聞き込みとか。


「頑張るんだったら、俺の代わりに……」

「えええええ!」


 レツはまるで泣きそうな顔で懇願するみたいに俺を見た。 ちょ、そんな顔で見るなよ! ここで押しつけたら俺すごい人でなしみたいじゃん!

 しょうがないから結局俺も一緒に行く事になった。シマとコウが信じられないものでも見るみたいに見送っている。そんな顔で見るなら止めてくれればいいのに。


「こないだは、カウンターの人に聞いたんだ」

 レツは緊張した面持ちで頷いた。俺はレツと一緒にカウンターに近付いた。

「えーと……」

 俺は小銭をカウンターに出しながら、ハヤの酒がなんていうのか聞いてないい事に気づいた。わあ、どうしよう!

「ん、おかわりのお使いか? どこのテーブルだ」

 俺は振り返ってテーブルを指差した。店主は頷くと、さっきまでハヤが飲んでいたような酒を注いで差し出した。赤みがかった琥珀色で少し泡立つ発泡酒だ。これっていろいろ種類あるのかな。俺はグラスを両手で受け取った。


「そちらさんは?」

「あ、いやあのその」


 レツがんばれ! 俺は何だかしどろもどろで目がくるくるしちゃってるレツを、心の中で応援した。

 あくまで、心の中で。


「俺あの、酒とかよくわかんなくて、あの……えーと、それでどうしようかわかんないんだけど……この辺の、美味しい酒ってどんなのかな?」

 む、何かあんまり意味のないところに落ち着いたけど、話のとっかかりとしてはいいのかな。

「そうだな、そちらさんがどんな酒が好みかにもよるが」

「なるべく甘いのが……」

 すると店主はちょっと難しい顔をして、顎に手を当てて考えた。あれ、この辺って甘い酒がないのかな。

 店主は他の客からのオーダーに酒を注ぎながら、まだ考えているみたいだった。


「そうさなぁ……甘口と言えばコレってのが以前は入ってたんだが、最近ちょっと入荷できなくなってるんだよな」

「オススメの酒があったの?」

 店主はちらっとレツを見ながら、他の客の応対をした。


「ああ、この先が王都だろ? だからここにも結構いい酒が入るんだ。街道が通ってるからついでってのもあるんだろうな。それで南西へ下った辺りで作ってる酒で、かなり甘いんだがくどくなくて人気の果実酒があったんだ。そいつが最近とんと入荷できなくなっていてな」

「そうなんだー、残念。せっかくのオススメなのに」

 レツはそう言って俺を見た。うん? ……っつか、あの、気になる事を聞くにしても、何を聞けばいいのかわからないんだからこれ以上何も出来ないよね?

 俺たちは会話の切れ目をいいことに、そのままカウンターを離れた。


「おつかれ。何か聞けた?」

 ハヤはそう言って俺からグラスを受け取った。俺とレツは顔を見合わせる。

「えーと、オススメの甘いお酒は最近入ってきてないんだって」

 それを聞くと、シマとコウは同時に吹き出した。

「しょうがないじゃん! 何聞けばいいのかわかんないのに聞き込みとか、できるわけねえよ!」

 俺は憤慨してテーブルにつくと、コウがまぁまぁと言って苦笑しながら俺の背中を叩いた。でもまだ顔が笑ってる。自分だって聞き込みとか出来ないくせにー。


「何でもない事からいろいろ聞くのが情報収集だって。たくさん情報が集まったら、何か繋がりが見えることもあるんだよ」

「あとは情報を繋げる妄想力と」

 ハヤとシマはそう言って笑う。情報収集……まぁ、俺が勇者になって組んだパーティーが、みんな情報収集出来なかったら困るから一応聞いておくけど!


「まぁ、何が起こってるかわかんねーんだし、その辺の情報集めようと思ったって、イキナリ王都で変な事起こってませんか? とは聞けねぇもんな。ちょっとハードル高かったな」

 シマは笑いながらグラスに口を付けた。

「でもカウンターで聞くのに、とりあえず酒の話題出したってのは間違いじゃないよ。よくできました」

 ハヤはそう言ってレツの頭を撫でた。レツもちょっと拗ねた顔をしていたけど、何だか機嫌を直したみたいだった。


「じゃあやっぱ情報はキヨくん待ちですか」

 コウがそう言って丁寧に口元を布で拭った。シチューの皿もパンでキレイに拭って終わっている。いつ見ても食事に感謝の姿勢の現れた食べ方だ。俺は中途半端に汚い自分の皿を、慌ててパンで拭った。


「……いっそ、追っかけてみる?」

 ハヤがいたずらを持ちかけるみたいに体を乗り出して言った。

「邪魔したら怒られないかな?」

「邪魔しなきゃいいじゃん」

 俺の言葉にハヤはとぼけた顔してそう言った。いや、そうかもしれないけど。

「どうせ明日王都に着くだけでしょ。他にやることもないし、みんなで外に飲み行くのだっていいんじゃない?」

「俺、今日はパス。最近疲れ取れてない感じなんだよなー」

 シマはそう言って首を鳴らした。レツが「えーシマ行かないの?」と言ってつまんなそうに見た。

「じゃあ俺も。明日も早いんで」

 コウはそう言って片手を挙げた。コウが早いのは自主練なのだけど。


「もー、ノリが悪いなぁ。レツは行くよね?」

 ハヤにそう言われてレツはシマとコウを見比べてから、ちょっと困った顔しつつも頷いた。気持ち八割くらいは残りたかった感だな。

「よし、じゃ出掛けようか」

 ハヤはそう言って立ち上がった。俺とレツも続く。コウとシマは手を振って見送った。俺たちはそろって外に出た。


 マルフルーメンには飲み屋が多い。

 昼間見た時にもそう思ったけど、夜灯りが漏れる時間になると通りに面した店がみんな飲み屋じゃないかってくらい賑やかな感じがする。間違って全部の店が灯りを付けっぱなしにしてるみたいだ。

「こんなにあったら見つけられなくない?」

「キヨリンのことだから、店から出たりはしてないと思うんだけどー」

 酒飲みに行ってるのに、店から出てどこに行くんだろ。外観だけじゃ、キヨがいそうな店とかわかんないよな。


 通りには飲んで気分良くなっちゃった人が溢れていた。ゴキゲンだなぁ……俺がそんな人たちを眺めて路地を覗き込んだら、ハヤにひょいっと引っ張り戻された。


「そっちはまだお子様には早いです」

「まだ早いって何がだよ」


 俺はふてくされてハヤの手を振り払った。路地で歌ってるオッサン見ただけなのに。逆ギレ的にもう一度覗き込むと、何となく……何となく、イカガワシイ感じのする看板が、見えるか見えないかくらいの灯りに照らされていた。

 気持ちよく歌っていたおっさんたちが自然と声を落として、暗がりに立つ女性と話をしている。これは……


「何かわかってんだったら、別に見に行ってもいいけどー」


 ハヤは俺の耳元に屈み込んで言った。

 もしかして大人の……俺は何も言ってないのに首から耳にかけて熱くなるのを感じた。

「あれ……?」

 レツが気の抜けた声を出したので、俺もハヤも振り返った。レツはぼんやりと路地の奥を指さす。


「……キヨ」

「ええええええええええええ!!」


 ハヤはものすごい声を上げてがばっと体を起こすと、目を凝らして見た。


 わざとなのか元からなのかぼんやりとした灯りしかない路地の、店の入口とおぼしき扉の向こうに女性に腕を取られている人がいる。酔っぱらったようにしなだれかかる女性に壁に押しつけられつつ、片手にボトルを持って何だか笑っているようだ。

 黒っぽい人影の顔までは判別できないけど、あのマントとか体つきとか髪とか、あきらかに俺たちの知ってるキヨだ。うわあ。


「邪魔、しない方がいいと思う?」

 俺はハヤを伺った。ハヤは複雑そうな顔をしている。

「キヨリンの人間性に対する認識改めないと。下方修正」

 あれ、上方修正? とハヤは首を傾げる。いや、今そういう話じゃないと……

「まぁ、このまま見なかった事にして、後から一部始終を聞き出す方が楽しいんだけど」

 そこかよ! 俺はレツを見たけど、レツは苦笑して首を傾げていた。


「あれ、ハヤ?」


 俺たちが声に顔を上げると、キヨが女性から離れてこっちへ来るところだった。

 キヨは近くまで来ると、ハヤを見つつ一瞬だけ片目を細めた。何だか顔をしかめたみたいだったけど……背後から女性も追いつく。


「やだ、すごいイケメン」

「そんな事、お嬢さんもすごい美人ですね」


 ハヤはにっこり笑ってさらっと言った。確かに美人だけど、普通そんな臆面もなく言えないよね。さすがハヤ。


「ありがと。ねぇ、キヨの友達? お店で飲んでた時からずっと誘ってるのに全然乗ってこないの。ひとこと言ってやって」

 彼女はチラリとレツを見た。レツはちょっとだけビクッとして、誤魔化すような笑顔を浮かべてじりっと半歩下がった。

「あはは、キヨはいっぱい飲むからお店の方がいいんじゃないかな」

 なぜかレツは焦ったようにそう言った。彼女は何だか見定めるみたいにレツを上目遣いで見て、それから腰の剣に目を落とした。

「あなた、もしかして剣士? 私剣士に弱いの。強い人って好き」


 ……強さからいったらキヨのが強いし、ハヤもレベル的にはレツより強いかもしれない。剣士イコール強い人か。すごい思考回路だな。俺もモテるかもしれない。


「じゃあ、俺よりレツのが好みみたいだから、俺は帰ろうかな」

 キヨはそう言ってボトルから酒を煽る。レツがものすごい勢いでキヨに振り返った。

「やだ、そんな事言ってないじゃない。それじゃみんなで飲むのは? 私も他の女の子呼ぶし」

「さっき言ってた、エルフの友達?」

「キヨって実はそういう子のが好きなんでしょ、ひっどい」


 彼女はそう言って拗ねるみたいにキヨの腕を叩いた。

「いいわ、呼んであげるから、だから一緒に飲みましょ?」

 可愛く首を傾げて上目で見る彼女の視線を受けて、キヨはハヤを見た。ハヤは何も言わずに肩をすくめる。

「お子様付きだけどいいのかな」

「全然! かわいい子は大歓迎」

 彼女はそう言って俺の頭を撫でた。何か猛烈に子ども扱いなんですけど……


 彼女はくるりと向き直ると、「ちゃんと着いてきてよ」とキヨの胸に指を立てて、それから路地の奥へと歩き出した。彼女との間が十分に開いたところで、キヨが小さくため息をついた。

「商売?」

「いや」

 ハヤが短く聞いて、キヨも短く答えた。ん? どういう意味だ?

「……キヨリン、女の子ダメなんだっけ?」

 ハヤが笑いを堪えながら言う。キヨは不機嫌そうにチラッと見た。カナレス相手にあんだけやれたのに。キヨって女性に弱いのかな。

「男は後々テキトーにできるだろ。でも女性だと、上手く逃げても失礼になりそうで」

「どっちにしろ失礼って自覚しようね」

「どどど、どうすんの、みんなで飲むとか!」


 レツは何だか困ったような顔でキヨの袖を引っ張った。

「別に、飲むだけだから大丈夫だろ?」

 お前は、と言ってキヨはレツの頭をぼんっと撫でた。

 飲むだけって、じゃあキヨは飲むだけじゃないんだろうか。俺が伺うような顔で見ていると、ハヤが気付いて俺の頭に手を載せた。


「こっから先は、チカちゃんには内緒だからね」

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