第11話 悪役アビロス、俺のかわいいメイド

 んんん??


 いやいやいやいや―――俺、美少女にチュウされてますけどぉお!


 なにやってるんだララ!

 なんか物凄く吸い取られていく感じぃいい!


「ぷはぁ~~です!」


 俺の顔かララの柔らかいものが離れていく。


 ―――あれ?


 離れていくララの顔がしっかり見える。そして、身体の痺れが徐々に消えていく。


「ら、ララ? 何をしたんだ?」


「ご主人様の毒を全部吸出したです~~!」


 吸い出しただと!?


「ハイです! ララは毒平気です~~!」


 いや、ララにそんな特技あったか? というかそもそもララは戦闘に登場すらしない。

 アビロスのヘイト溜めの生贄になるだけのキャラなはず。


 ―――いや


 違うぞ。


 そうだ、思い出した。ララは―――


 彼女は最後にアビロスに一矢報いる。


 毒を使ってだ。


 アビロスは、ストーリー終盤で主人公パーティーにざまぁされる前日に毒を盛られる。

 それだけでは死に至らないが、体力回復ができなくなるのだ。金に物を言わせて買いまくった最高級ポーションが一切役に立たなくなるというシーンに一役買う。


 それに―――


 ゲーム世界に転生してから知ったことがあるじゃないか。


 ララが、我が家に引き取られる前の彼女の過去を。

 毒の実験体にされていた悲惨な過去を。


 そんな思い出したくもない過去を掘り返してまで俺を助けたのか……ララ


 クソっ――――――



 俺は自分の事ばかりだな。

 訓練に没頭して、こんな大事な事も忘れていた。



 こんなんじゃ破滅回避なんか夢のまた夢だぞ。


「蜘蛛さん! もう毒は効かないです! 諦めるです!」


 蜘蛛の前に出て仁王立ちで挑発するララ。


「待て、不用意に近づくなララ! そいつは毒だけじゃ―――」


 俺がララの手を掴もうとした瞬間、ポイズンスパイダーの下腹部から白い粘液が飛び散った。


「ふぇえええ~~ご主人さまぁああ~~なにこれ動けないですぅうう~~」


 強力なクモ糸だ。


 ゲーム戦闘中でもこれを喰らうと1ターン攻撃が出来なくなる。


「ぐっ……引きちぎれん」


 ララにへばりついたクモ糸を必死でむしり取ろうとするも、俺の腕力では歯が立たない。

 剣の刃を立てても結果は変わらず。


 獰猛な口を大きく開いて、こちらへスルスルと近づいてくるポイズンスパイダー。


「ひゃあああ~~ご、ご、ご主人しゃまぁあああ!」


「させるかぁああ!!」


 俺はポイズンスパイダーに全力の斬撃を叩き込むが、見事に弾かれる。


「硬い……」


 一か月程度しごかれたぐらいで、強くなるわけもないか……


 ここはゲーム世界だが現実の世界だ。殺されればそれで終わり。


「ご主人様なら大丈夫です~~ひゃあああ~蜘蛛さんやめるですぅうう!」


 ポイズンスパイダーの糸がさらに絡みついて、バタバタともがくララ。


 へっ……こんなダサダサなのにララは信じているのか? 


 ―――俺を


 忘れてたぜ……俺は、悪役アビロスだ。

 こんなところでやられないんだよ! 


 もっとゲームの中心で華々しく散るのが俺なんだ。



「―――おまえなんかに、俺のかわいいメイドはやらん!」



 剣を上段に構えたまま地を蹴り、闇魔法を詠唱する―――



「漆黒の闇よ、その禍々しき黒で押しつぶせ―――

 ―――重力増魔法グラビティアップ!」


 からの~~~



「くらぇえええ! ―――重力付与剣グラビティソード!」



 重力を付与された漆黒の剣が、ポイズンスパイダーの脳天にスッと入る。



「タイミングどんぴしゃぁあああ!!

 このままいっけぇえええええ! うらぁああああ!」



 漆黒の斬撃がポイズンスパイダーの脳天から腹部にまで到達し、魔物の身体が左右にざっくりと割れた。

 頭部から体液を吹き出して、そのまま地に崩れ落ちるデカい蜘蛛。


 ポイズンスパイダーはしばらく痙攣したのち、動かなくなった。


「ふぅうう~ララ? 大丈夫か?」

「ハイです! ご主人様~カッコ良すぎです~~」


 よし、元気だな。これなら大丈夫だろう。


 ララに絡みついた糸を剥がしてやならいと。

 ポイズンスパイダーの糸をかき分けるようにして、ララを解放しようと試みるのだが……


「どうしたです? ご主人様?」

「うむ、俺も絡まってしまった……すまん」

「ふぇえええ~~ご主人さまぁああ~~」

「ちょ! ララ暴れるな、うお! 色々あたるからやめろ!」


 ヤバイ、なんか俺もララと同じく糸まみれになってきた、これどうやったら取れるの?


 するとズーンと地面が揺れた。


 俺とララが絡まってあがいていると、上空から何かが落ちてきたのだ。


 おいおいおい……


 ポイズンスパイダーだ。


 さっきの奴よりはるかに大きいぞ。


「ひゃあああ~~ご主人さまぁあ! すっごく大きいです~~」

「くっ……この木はポイズンスパイダーの巣か!」


 親グモか……さっきのは子グモだったんだ。


 ポイズンスパイダーがその巨体をこちらに向けて白い粘液を飛ばしてくる。

 子クモの糸でも切れないのに、さらに強力な糸でグルグル巻きにされてしまう。


 俺たちが完全に動けなくなったことを確認したのか、親ポイズンスパイダーがこちらに近づいてきた。



 ララをぐっと引き寄せて、震える手を力強く握る。

 ぐっ……ララを死なせたくない。それに……ここで終わりたくねぇ。


 その時だった。



 ――――――ザシュ!!



 赤い剣閃が俺の眼前を横切った―――


 一瞬だ。



 その瞬間、時間差なく巨大な親ポイズンスパイダーの体が真っ二つになり、さらに灼熱の炎に包まれる。

 恐らく火属性の魔法を付与した斬撃なんだろう。



「―――アビロス、ララ。大丈夫か? すまない遅れてしまった」



「ラビア先生―――」


 その後、火魔法で俺たちの糸を溶かしてくれた先生。

 大量に発生したポイズンスパイダーの子クモをみて、異変を察知してくれたらしい。


 無事に解放された俺たちは、森を出るために歩き始めた。


「うお……とおんでもねぇ……」


 少し進むと、大量のポイズンスパイダーの死骸が。俺はあらためて先生の凄さを思い知ることになる。


 まだ1か月足らずしか訓練していなから当然かもしれないが、己の無力さを痛感する。だがその感情とは別に、楽しみも沸いてきた自分に気づく。


 ―――そうだ、俺は最高の先生に教えてもらっている。


 ここで死ぬ気で努力すれば―――


 そんな心の決意を新たにした俺に、先生が口を開いた。


「まあ、不格好ながらも魔物3体の討伐。それにララを守り切ったな。良く頑張った」


「え? 先生……」


 うぉおお! 珍しく褒められた!

 すげぇ明確に褒められた!


 よ~~し、また明日から気合入れていくぜ。


「よし! 帰ったら―――」


 温かい食事とベッド! 最高の気分で寝れそうだぜぇ!!



「―――いつもの基礎訓練だ! このまま走って帰るぞ! 帰路の時間も無駄にするな!」



 ぐっ……相変わらず予想を裏切る展開だぜ。



 俺は屋敷に帰ってから、地獄のガチ訓練をこなした。結果ララのサンドイッチを全部吐いた。


 マジで尋常じゃないよ。この人の鍛錬。




 ◇ラビア先生視点◇



 クフフ、まさか実地訓練のあとの基礎訓練までこなすとはな。

 ここまでワタシのしごきに、ついてこれた奴がいただろうか。


 叩けば叩くほど良くなる奴だ。


 たまらんな。


 この屋敷に通うようになって一か月が経つ。

 アビロスは、噂に聞いていた人間とは全然違うことがわかった。



 ―――本当のクソ野郎なら、身を挺してメイドを助けたりはしない。


 ―――本当のクソ野郎なら、吐くまで訓練などしない。


 ――――――そもそも本当のクソ野郎なら、ワタシの鍛錬に1日たりとももたない。



 まあ、鍛錬に関してはクソ野郎に関わらず誰ももたないがな。


 それに―――


 アビロスには天性の戦闘センスがある。


 しっかりと一部始終を見させてもらったからな。


 あいつらには、他の子クモ処理に手間取って遅れたと嘘をついたが。あんなクモは、デカかろうが数がいようが瞬殺出来る。


 使いこなせているわけではないが、魔物を斬り伏せるインパクトの瞬間に魔法付与した。あいつ固有の闇魔法だったか。

 これはまぐれで出来ることではない。


 にしても【闇魔法】か……不思議な魔法だな。あいつが気づいているかはわからんが、あれを昇華させればワタシと互角、いやそれ以上の奴に……クフフまあ、地獄の訓練に耐え続けることができればの話だがな。


 子クモの時に助けに入らなくて良かったよ。


 やはり新たな力を手にするには、極限状態に限る。


 いいものを見せてもらった。



 やはりあいつは―――



 ワタシ好みだよ、アビロス。


 たまに生意気なセリフを吐くところもいい。



 頼むから潰れないでくれよ、ワタシの愛を受け切ってくれよ―――



 さて、明日も地獄の続きをしてやるか―――クフフ。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る