第9話 悪役アビロス、死ぬ気で努力する
「ご主人様、おはようございますです!」
メイドであるララの元気な声で朝を迎えた俺。
「おはよう、ララ……っ!」
ラビア先生の鍛錬が始まってから1カ月が経った。
だいぶ身体も引き締まってきたのだが、毎朝の筋肉痛はまったく取れない。
「ご主人様……また訓練服のまま寝ちゃったですか」
そうだった、あまりに疲れ果てたからそのまま寝てしまった。というか、いつ部屋に戻ったのかも定かではない。
「ご主人様はすっごい頑張ってるです! あたしは応援してるです!」
天使のような笑顔でウンウンと頷くララ。
ベッドの上に乗っているので、顔がやたらと近い。
元悪役アビロスが毎日傍に寝かしていたもんだから、俺との距離感がおかしくなっているのだ。
「ありがとうララ。今日も頑張らないとな。ところで……」
「はいです! なんですかご主人様!」
「縄は持ってこなくていいぞ」
これ毎朝言ってる。
元悪役アビロスが毎日ベッドに縛り付けていたので、もう習慣のように縄を握っている。いつも。
ララは孤児だった。
母上ナリーサが孤児院から引き取って来たのだ。アビロスのマルマーク家は本業とは別に慈善事業を積極的に援助している。母上は出来る限りの事をするのは貴族の義務とか言ってた。
こんなことはゲーム設定上も書かれていない。このゲーム世界に転生してから知ったことだ。
う~ん、悪役アビロスは何故ゆえにここまで優しい母の愛情をしっかり受け止められなかったのだろうか。
まあ彼の過去はさておき、ララを引き取った理由はすでに死にそうだったからだ。
ララはとある闇組織で実験体にされていた。毒を注入され続けていたのだ。毎日、幼児の頃から。
毒の性能試験である。
死にそうになると、解毒魔法と回復魔法で強制的に生かされる。
まさに地獄だ。
その闇組織は王国騎士団によって壊滅させられた。身寄りのないララは孤児院に預けられたが、次第に毒の後遺症が深まり苦痛にもがくのを見かねた母上が引き取ったのだ。
母上は解毒魔法が使える。だから毎日ララにかけ続けた。みながもはや……と思っていたが、なんとララは次第に回復していき今の元気なメイドさんになった。
このことを知ったのはつい最近のことである。ゲームにはまったく出てこないが、こんな裏事情があるとは知らなかった……
「ご主人様のお洋服はここに用意しているです! ララはナリーサ様のところへ行ってきますです!」
「ああ、ありがとうララ。俺も支度したら朝食に行くぞ」
「はいです!」
ララはニッコリと微笑みドアを閉めた。
母上は毎日ララに解毒魔法をかけつづけている。回復したといっても、まだまだ体を蝕んだ毒は消えないらしい。
それでも笑顔で頑張るララ。
そんな彼女なら俺にも何かしら影響を与えると思ったのだろう。母上はララを俺の専属メイドにした。
『それだけ耐性があるなら、毎日縛って遊べるぜぇ~~ゲヘへ~』
と当時のアビロスは言ったらしい……
いや、マジでおまえなんなんだよ。俺だけど。
ゲーム設定だから仕方ないかもしれんが、クソすぎる。
俺はそんな悪役に転生してしまった。だが、今から絶対に変えてやる。
だから、ララには俺に縛れることなく自分の人生を楽しんでほしい。
もちろん、専属メイドという仕事を続けたいのであればそれでもいい。普通に仕事だけをまっとうしてくれればいい。
と伝えているんだけど。
ずっと縄持ってるよ、あの子。
◇◇◇
「どうしたアビロス! もうへばったのか! まだ今日は3回しか吐いてないぞ!」
「ご主人様~~ファイトです! 美味しいお昼ご飯を用意してるから、朝の分全部吐いても大丈夫です!」
今日も朝一から、ラビア先生の猛特訓である。
にしても……2人とも俺が吐く前提で激励と応援するのおかしくないか。
「うぉおおおお!」
「遅いっ!」
朝の基礎練を終えて、ラビア先生との模擬戦。
相変わらず一太刀も入れられない。というか近づけすらしない。たまに打ち込めても弾き飛ばされて終わりだ。
が、俺も少しずつ進歩している。その証拠に―――
「漆黒の闇よ、その禍々しき黒で押しつぶせ―――
―――
俺の新しい【闇魔法】だ。
【闇魔法】については、文献とか全くないのかと思いきや、屋敷の書庫に闇魔法本があった。
おそらくゲーム設定上はありになっているので、一応本も存在するのだろう。俺しか使い手おらんけど。
俺の新しい魔法は、対象物に重力をかける。
ようするに重くする。
そして、対象物はラビア先生ではない。いまの俺の魔力では、ラビア先生を足止めすることすらできないし、速度も変わらないだろう。
おれが
「うぉらぁああ! ―――
自身の剣である。
剣に重みを付与して、少しでも斬撃の威力をアップさせるのが狙いだ。
―――って、あれ?
ギンッ!
俺はいつものように10メートル吹っ飛ばされていた。あれ? 俺の重力剣はどうなった?
「ふん、また良く分からん魔法を使ったな? 私は多くの魔法を見てきたが、私の乳を揺らした魔法と言いアビロスの魔法は見たことがない」
まあ闇魔法はゲーム上も本来使用されない設定上だけの魔法だからな。あと乳揺らし魔法ではないですよ先生。それはさすがに恥ずかしすぎる。
「は、はい! 対象物を重くする魔法です……」
「なるほど、それで剣を重くしようとしたわけか。着眼点はいい! が実際にそれをものにするには斬撃のインパクトに合わせて重くする必要があるぞ! 相当な鍛錬が必要だ!」
そりゃそうだよな。今の俺では魔力も技量も足りていない。
でも発想は間違ってはいないようだ。ラビア先生が褒めるなんて、結構珍しいからな。
厳しい道のりだという事はわかっている。
だからこそ努力を重ねるしかないんだ。
そして夕方―――
もう無理~頑張った~俺頑張ったよね。
地獄がすぎる……あ、また意識飛びそう。
「よし! 今日はここまで! だいぶ吐き方が上手くなってきたぞ!」
なんですかそれ……褒めてんの?
「ふふ、そんな顔をするな。アビロス、おまえは間違いなく強くなる。私の鍛錬を受け続ければな!」
『おいおい~何を当たり前の事言ってやがる! この程度かよ~でかいのは態度とその無駄な2つの贅肉だけか~~ゲヘヘヘ』
なに言っちゃってんの! 久しぶりのゲーム悪役アビロス暴言だ……
おまえ……ヤバすぎるだろ。といってもこのセリフに意思はないのだが。
「フフ、言うじゃないか。ではそろそろ生死のやり取りでもするか? 魔物討伐とかな。まあ、まだおまえには早いと思うがな」
うん早いでしょう。俺は努力は怠らないが分相応で己を知っている。
じっくりでいいんだ。無茶してもあとが続かない。
『ああ? ごたくはいいんだよう乳デカお化けが! 俺様が魔物なんかぶっ殺してやるぜぇ~ゲヘヘ~』
いや~~~この子バカなのぉおおおお!
「ほう、よかろう。そこまでの口を叩く以上、途中リタイアなんて許されるとは思うなよ」
ということで明日は実地訓練となった。魔物の出る森へ行く。
というかなってしまった。
マジかよ……
いや。
なに弱気になってんだ俺―――
ラビアが先生になった時点で覚悟を決めたんだろ。
聖女ステラの魔族襲撃で、明らかにストーリーは改変され始めている。破滅回避するにはそれなりの強さが必要だ。
ハハッ、なんだかゾクゾクしてきたぜ。
―――やってやるよ!
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