第62話 夜会と呪われた令嬢(6)
カルマンは従者のハンスと多数の霊を連れてやってきた。見知った霊たちは、なぜかハンスの隣で嬉しそうに浮いている。
不思議に思っていると、シアーズ侯爵が耳打ちをしてきた。
「すまない。ケイトは
夫人は善意のつもりでカルマンにも招待状を出したようだ。
カルマンは最近、体調不良を理由に社交の場から離れていた。それゆえにシアーズ侯爵は、カルマンが来ることはないだろうと踏んでいたらしい。
苦笑いを浮かべたララの隣で、カルマンはシアーズ侯爵と簡単に挨拶を交わす。落ち着いた笑顔からは内面の残虐さは想像できなかった。しかし全てを知っているララには、上っ面の良さは無意味である。
こっそり立ち去ろうと思ったのだが、侯爵との話に切りをつけたカルマンが許してくれなかった。
「オルティス伯爵令嬢。少しお話があるのですが、場所を移してもよろしいですか?」
「ここではできないようなお話なのでしょうか」
なぜ彼が会いにきたのか見当もつかない。関わりたくないのはお互い様なはずだ。以前届いた手紙といい、カルマンの行動は謎である。
「君は最近忙しくしていたでしょう? なかなか会えなくなってしまったから、久しぶりに世間話をしたいだけですよ」
世間話など一度もしたことがない癖に、よく言ったものだ。
「お断りします」
「え……」
返事が意外だったのか、カルマンのこめかみがピクリと動いた。すぐに愛想笑いを貼り付けるあたり、さすがである。
「申し訳ありませんが、今日は仕事で来ているのです。好き勝手に動くことはできません。それに私には、カルマン卿とお話しすることはございません」
ララは普段と変わらぬ声色だった。だが言葉は明確にカルマンを拒絶する。
周囲で話を聞いていた貴族たちが顔を寄せ合う。ララとカルマンが円満に婚約を解消したものと思っていたのだろう。円満なんてとんでもない。できることなら今すぐテオドールの脚力で逃走したいくらいだ。
「そう冷たいことを言わないでください。何度手紙を出しても返事をくれないので、こうして会いにきたのです」
(だからそれがおかしいんですって……!)
拒絶しても引こうとしないカルマンのせいで頭が痛くなってきた。
このまま押し問答を続けてシアーズ侯爵に迷惑をかけるわけにはいかない。話くらい聞くべきなのだろうか、と諦め始めたところで、聞き慣れた声が話に加わった。
「――何年も自分に暴力を振るってきた男性と口を聞いているのですから、ララさんは優しすぎるくらいだと思いますが」
「ヒューゴ様」
「だよねぇ。僕だったら我慢できずに砕いちゃってるよぉ」
「……何をですか?」
「ふふふっ、内緒ぉ」
いつから近くにいたのだろう。ヒューゴとアルバートの姿を確認し、肩から力が抜ける。
対照的にカルマンは、二人の登場が気に食わなかったようだ。
「私はオルティス伯爵令嬢に暴力を振るった覚えはありませんが」
「おや。カルマン卿は二十八歳だとうかがっておりますが、記憶力が乏しいのですね。ララさんは何年もの間、一人で貴方からの暴力に耐えてこられました」
「覚えがないと言っているでしょう。……まさかオルティス伯爵令嬢が、嘘をついて男を
カルマンは悲しそうに表情を歪める。
「長年呪われた君を受け入れてきましたが、どうやら私は裏切られてしまったようですね。
彼は大勢の前で嘘を吐くことに慣れすぎている。そしてどんな手を使ってでもこちらを悪者にしたいらしい。訂正するのも面倒だ。
アルバートが小声で「やっぱり砕いとく?」と聞いてきたため、うっかり頷きそうになった。
「カルマン卿。今の私には信じてくださる方がいます。あなたがありもしないことを
だからこの辺りで引き下がってほしい。関わらない方がお互いのためだ。そう伝えたのだが。
「名誉を傷つけられた私に謝罪もなしですか」
「私へ暴力を振るっていた、というお話ですか?」
「ええ。これだけの人の前で汚名を着せられたのです」
「……あくまでも、事実ではないとおっしゃるのですね」
「もちろんです」
カルマンはヒューゴに、「証明なんてできないのでしょう?」と分かりきったことを聞く。
「過去の出来事ですので、証拠を探すのは難しいですね。ララさんの怪我は完治していますし」
「ほら、やはり」
「ですがつい最近の出来事ならば、記録が残っているかもしれません。例えば、――貴方が自らの罪を面白おかしく語っているところ、とか」
ララの耳は魔道具の起動音を拾った。――ブォン。
『くどいぞ。謝罪などしなくとも、オルティス伯爵令嬢は私に逆らえない』
(え……?)
宙にカルマンの姿が映し出され、広間内の全員が注目する。映像の中の彼は、服装が今と同じだ。少なくとも数時間以内に記録されたものだろう。
ララは驚きのあまり、声を出せなかった。
自分が作った記録用魔道具のカフスボタン。それを起動させた人物が、ヒューゴでもアルバートでもなく、――カルマンの後ろに控える、従者のハンスだったから。
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