第77話.交渉④

「バルドゥル! 人質の交換だ」


 マリベルを連れて村の中央にある広場に戻ったルイスは、まだ広場の中央にいたバルドゥルに呼びかけた。


「ほう、そっちの娘にするのか。いいだろう。こっちとしては、王族の血を引いているなら、どちらでも構わない」


 そう言うと、バルドゥルは部下の騎士に命じて、イレーネを連れて来させた。


「マリベル!」

「お母さん、大丈夫?」


 イレーネがそばに来ると、マリベルは、縛られたままのイレーネに抱きついた。


「解放してやれ」


 バルドゥルが短く言うと、命じられた騎士は後ろ手に縛ったイレーネのロープをほどいた。


「マリベル!」

「お母さん!」


 イレーネが自由になった両手で、マリベルをしっかりと抱きしめる。しっかりと抱擁を交わした後、イレーネはマリベルを離した。


「マリベル、なぜ出て来たの? 隠れていればよかったのに」

「だって、お母さんが!」

「私は、あなたさえ無事ならよかったのに……」

「わたしだって、同じだよ。お母さんが無事なら……そう思って。それに、わたしなら大丈夫だよ。ルイスとティトが守ってくれるから」

「マリベル……」


 イレーネは目に涙を浮かべながら、再びマリベルを抱きしめた。


「感動的な親子の再会のところ悪いんだが、結局どちらが我々に同行するんだ?」

「わたしが」


 肩をすくめるバルドゥルにマリベルが先に名乗り出る。


「マリベル!」

「イレーネさん」


 止めようと前に出たイレーネを、手で制してルイスは静かに首を振った。そして、バルドゥルのほうへに向くと、視線でマリベルを指した。


「バルドゥル、彼女が貴様らに同行する。だが、その前にいくつか頼みがある」

「なんだ? 聞くだけ聞いてやる。言ってみろ」


 バルドゥルは腕を組んで尊大な態度をとった。交渉が自分にとって有利に運んでいると確信しているのだろう。


「この娘は自分の意思で、あんたらについていく。だから、縛ったり危害を加えたりしないでくれないか」

「我々の言うことを聞くのであれば、危害を加えるつもりはない。だが、逃げられると困るのでな。ある程度の拘束はさせてもらう。それは、聞き分けてくれ」

「そうか。分かった」


 バルドゥルとルイスは、淡々と言葉を交わしていく。


「もう一つ、そちらの目的。不老長寿の秘密を解き明かした時には、マリベルを解放してほしい。できれば、パナケアの杖もな」

「約束はできんな。状況次第としか言えん。だが、出来る限りのことはしよう」


 その言葉にルイスは軽く頭を下げた。


「そちらの要求ばかりでは不公平だ。こちらからも、要求させてもらおう」

「いいだろう」


 ルイスが鷹揚に答えと、バルドゥルは要求を提示する。


「我々の目的を達するまで、邪魔をするな。二度とパナケアの秘宝を盗まないと誓え。あの娘を連れ去ることもだ」

「それはお前ら次第だな。マリベルを傷つけなければ、俺たちが貴様らの邪魔をするつもりはない」

「気をつけよう」


 バルドゥルはそう言うと、ルイスを一瞥した。


「お互い譲れないものがあるな」

「だが、歩み寄れることもあるさ」


 ルイスは、ニヤリと口の端をあげた。


「不老長寿の秘密を解き明かすまでは休戦だ。それまでは、俺達も同行する。パナケアの3つの秘宝の謎も提供しよう。俺たちがいたほうがマリベルも言うことを聞きやすいだろうし、道中の危険の排除も任せておけ。罠の解除なんかは貴様らよりも上手いぞ。どうだ?」

「悪くない話だな。いいだろう」


 ルイスの提案を承諾したバルドゥルは、ルイスに向かって右手を差し出した。


「俺はバルドゥルだ。名を聞いておこうか」

「ルイスだ。後で呼ぶが、相棒はティト。短い付き合いになりそうだな」


 ルイスは名乗りながらバルドゥルの手を握り返した。


「それで、すぐにでも出発するか? 貴様らの求めている不老長寿の秘密に繋がる場所は、ここから北西の方角だが」


 ルイスが言うと、バルドゥルは首を横に振った。


「いや、一度ジリンガムに戻ってからだな。イザベラ様の指示を仰ぐ」

「まじか!? ここから行けば目的地までは3日とかからないと言うのに、ジリンガムまで戻っていたら、往復だけでも10日近くかかるぞ」

「それでも、戻らねばならんのだ」


 ルイスの言葉を、バルドゥルは苦笑で受け流した。


「仕えるべき主人がいるというのは難儀なものだな」

「そうでもないさ。それよりルイス。一度俺と立ち会え。最初は毒、次は眠り薬だったな。負けっぱなしは性に合わん。俺と正々堂々と勝負しろ」

「俺は正々堂々が性に合わんのだがな。まあいい、閃槍せんそうのバルドゥル。その腕を見ておくのは悪くないか。いいぞ」


 バルドゥルの言い草に、ルイスは肩をすくめたが、バルドゥルの実力には興味があったのか立ち合い自体は引き受けた。


「それで、すぐやるのか?」

「ああ」


 バルドゥルは、マリベルとイレーネから離れると手に持った長い槍を緩く構えた。


「マリベル、安心しろ。俺達も同行することになった。今まで通りそばにいてやれる。ただ、その前に、ちょいと奴の我儘に付き合うことになっちまった。そこで見ていてくれ」

「えっ? え? どういうこと?」

「すぐティトが駆けつけるから、ティトが来たら一緒にいてくれ」


 そう言って、ルイスはバルドゥルのほうへと向かって行った。




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 🔸あれ? せっかく双子石の指輪を渡し

  たのに一緒に行くの?

  そのほうが安心だけど……。

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