ぼくが守る 5

 馬車を降りて、あとを追う。

 が、女は大きな荷物を持っているのに、驚くほど足が早い。


 やっと追いつくと、隣から、ウルスが嫌味ったらしい口調で言った。


「さあ、どうするんだ? 色仕掛け作戦、お手並み拝見だな」


「まあ、見といてよ」

 

 僕は余裕で答えると、女に近づいた。

 そして、ポケットからハンカチを取り出して、声をかけた。


「お嬢さん、ハンカチが落ちましたよ」


「ブハッ……、なんだそれ?」


 ウルスが笑っている。 

 が、そんなことはどうでもいい。

 

 肝心の女は、まったく振り返らず、前だけを向いて、すごいスピードで歩き続けている。


 まさか、こんな至近距離で聞こえていないのか?


 仕方がない。奥の手だ。

 僕は、ポケットから別のものをとりだした。


「お嬢さん、金貨が落ちましたよ」

と、声をかけた。


「ブフッ……、今度は金貨!? 無理だって……。え、嘘だろ!?」


 ウルスが驚いた声をあげた。

 そう、女は立ち止まり、振り返ったから。


 僕は、手のひらにのせた金貨を、女にしっかりと見せた。

 すると、女は、にっこり笑って、受け取った。


「うん、私のかも。ありがとう」

 

 僕は、さも今、気づいたかのように言った。


「あれ? どこかで見たと思ったら、ルイス殿下と一緒におられる御令嬢ですよね」


「ああ、あの学園で見たんだね。でも、もう、私、あの学園も貴族もやめたから」


 すぱっと女は言いきった。


 以前見た時とは、声の高さも、しゃべりかたも、表情も、まとう雰囲気も、なにもかもが違う。

 何かふっきれたようで、今の姿のほうが自然だ。


「でも、ルイス殿下と仲が良かったのでは?」

と、核心にふれてみた。


 そう、聞きたいのはそこだけだ。さあ、正直に答えるんだ!

 と、焦る気持ちを隠して、にっこりと王子スマイルで微笑んだ。


 女は面倒そうにため息をついて、言った。


「まあ、金貨ももらったし、……じゃなくて、拾ってもらったし、教えてあげる。ルイス殿下と仲が良いもなにも、私のことを見てもなかった。追い払わなかったのは、私を婚約解消するために利用しただけ。なのに、あの、元婚約者の公爵令嬢には、すごく執着してるみたい。ほんと、意味がわからないよね? あんな、理解できない人がいる貴族社会は私には向いてない。だから、私は平民として、楽しくやっていくわ」


「それは賢明だ。前に見た君よりも今のほうがずっといい」


 思わず、本音がぽろりとでると、女は、からからと笑った。


「なら、良かった。あんた、貴族なのに、いい人そうだね。ルイス殿下みたいに、見た目がきれいな貴族には、気をつけたほうがいいよ! あんた、騙されそうな顔してるから。じゃあね!」

 

 そう言って、立ち去って行った。

 ブハッ……と後ろでふきだしたのは、もちろんウルスだ。


「色仕掛け、必要なくて良かったな。それどころか、騙されそうって心配されるなんてな……」


 ツボにはまったみたいで、肩をゆらして笑い続けるウルス。


 まあ、疲労がたまってるウルスが、笑えてよかったよ。

 でも、あの女、目が悪いんだね。僕とルイスが似ていることに気づかないなんて。


 僕は王宮に戻り、情報を頭の中でまとめた。


 とにかく、あの女はルイスと関係はない。 

 ルイスは、今まで同様、アリス嬢に執着している。それなのに、自分から婚約を解消した。


 それは、何故か……? 


 そういえば、もともとは、アリス嬢が王子妃になりたくないと言ったから、王子を辞めたいって言いだしたのが、最初だったな。


 そして、今、そのアリス嬢と婚約を解消した。あの女との噂はひろまっている。

 腹立たしいことに、ルイスの評判も落ちている。


 まあ、これは、僕が本気をだしたら、一気にあげることは簡単だ。

 ルイスのいいところを書き出して、印刷して配るなり、ルイスを主人公にした劇を作り、ルイスのいいところを広めるのもいい。


 とにかく、順を追って考えてみると、やはり最初に戻る。

 自分の評判がどうなろうと王子を辞めたいんだな、ルイスは。アリス嬢のために。


 それほど、アリス嬢が大事なのか……。


 はああ、なんて、不器用で一途なんだ、ルイスは!

 この地に舞い降りた天使なのか?


 兄様はルイスの心にふれ、猛烈に感動している。

 ルイスの望みは兄様の望みだ。

 兄様が全力で応援するから、大丈夫だよ、ルイス!



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