ケジャリー②・新玉ベーコン洋風炊き込み①

 外で熾烈な言い争いを繰り広げているクアッドたちをさておき、ザルに十分な時間あげておいた米を炊飯器代わりの鍋に入れ、干しブドウとしょうがのみじん切りと特製のカレー粉、鰹節から取った出汁と塩を合わせてひと混ぜする。そのあと、マダラと玉ねぎを上部に並べて炊く準備は完了である。


「おい、まだ決まらないのか」


 火のついていない三連窯の一番左側に鍋を置き、未だ言い争っているクアッドたちに里藤は文句をつける。


「すまんすまん、決まった決まった」


 へらへらと笑いながら勝手口からクアッドが現れ、背後には二人の兵士を引き連れていた。里藤はファヘハットへやってきてクアッドとは結構な日数つるんでいるがどちらの兵士も見たことがなかった。


「見ない顔だな」

「おう、大森林帰りの奴らだ。こっちの赤髪がサニー、細目がレイドだ。クアッド隊からはこいつらを固定でリトーの手伝いで出すことになったから扱き使ってやってくれ」

「そうか。二人とも、俺は里藤だ。時々になるだろうが料理の手ほどきをしてやるからよろしくな」

『はっ! よろしくお願いします』


 綺麗な敬礼をした二人に里藤は頷いて、料理の手順を説明し始める。クアッドも当然のように居座っているが里藤は無視した。


「まず、材料は米とベーコン、玉ねぎにバター。そして、こいつだ」


 そういって里藤が取り出したのは昆布と鰹節。見たこともない材料にサニーとレイドは一歩たじろぐ。


「た、食べ物ですか、それは……」

「初めて見たらそう思うわな。こっちの黒い板は昆布、海藻を乾かしたもの。もう一方の黒い塊は鰹節って言ってな、この二つを使うと味に深みがある調理ができるんだ」

「とてもそうは思えませんが……」

「ま、二人とも里藤の言う通りにしてみな。飯を作ることに関しちゃ間違いないからよ」


 フォローするクアッドの言葉にしぶしぶ納得した二人は、本当かといいたげな表情を崩さないままに里藤の指示を待つ。

 里藤は父親から料理を教わったときの自身もこんな感じだったなと、懐かしさに思わず笑いが込み上げてきた。

 その笑いを噛み殺し、二人とクアッドに料理の手順について教え始める。


「最初に鍋に水を張り、水に対し一パーセントの分量で昆布出汁を先に取る。今回は一リットルの水だから昆布は十グラム使用する」

「すみません、パーセントとは?」


 サニーの一言で百分率が通用しないことを知った里藤は片眉をあげる。だが、世界を旅してきた彼にとって数学が通じないことなど日常茶飯事だった。当然、この質問に対する答えも持っている。


「使いたい水を百個に分ける。その水一杯分と同じ重さの昆布を使えば一%だ。計量器さえあれば簡単なんだが、そもそもおまえたちに教えるのはキャンプ料理だ。ある程度目分量でどうにでもなるので今はあまり気にしなくていい」


 里藤の言葉に納得したのか、サニーは食い下がることもなく引き下がる。それを確認した里藤は続ける。


「今回は時間がかかるので事前に昆布だしを用意してある。水で戻すのに前日から水に漬けることもあるからな、おまえたちが遠征する際には個別の水筒でも用意して前もって準備しておくといいだろう」


 そういって里藤は鍋に用意してあった昆布入りの水を三連竈の真ん中に置く。


「昆布を入れた水は弱火よりほんの少し強い火にかけ、じっくりと沸騰直前まで加熱する。昆布は乾物だ、いきなり水に入れて沸騰させても美味い味が染み出してこないことを覚えておいてくれ」

「昆布出汁とやらを作る際には必ずやらなければいけないことなのですね」

「そうだ。では、火を入れていく」


 里藤は竈に火を入れて、薪を調節して火力を調節する。ここからはケジャリーとの同時進行になる。ケジャリーのほうへ気を配りながら里藤は指導を続ける。


「昆布出汁は時間がかかる。その間に食材を切るぞ。二人とも刃物は持っているな?」

「はい。携行ナイフを」

「では、それを使ってベーコンを一センチ、……俺が切ったお手本ほどの大きさで切り、玉ねぎには頂点に十字で切り込みを入れること」


 これこのようにと言いつつ、玉ねぎの薄皮を剥いて頂点から身の半分ほどまで切り込みを加えたものを手本として見せる。サニーとレイドは恐る恐る玉ねぎを力強く掴んでナイフを入れた。

 その様子を観察しながら里藤は苦笑いとともに言う。


「握りすぎだ、潰れてしまうぞ。心配せずとも玉ねぎは固くない、ほんの少しの力で刃は入るから」

「わ、わかってはいるのですが……」

「どうにも緊張してしまって」

「わかるさ。いわゆるおまえたちがやっている戦闘の訓練と一緒だ。今は怖くとも時期になれる」

「そんで、慣れたころに大怪我をする」


 クアッドの横やりに里藤は深く頷いて同意する。


「その怖さを忘れるなよ。料理は身近で一番怪我をしやすい作業だ」

『はい!』


 サニーとレイドの返事が厨房に響く。里藤は二人の指跡がついた玉ねぎを受け取り、まな板に置いたベーコンを一センチ角で切っていく。少し切ったところで二人にバトンタッチし、二人は里藤のベーコンを見ながら同じような大きさになるようにカットしていく。

 その手捌きはあまりに拙く、あまりに遅かった。ケジャリーの火加減を確認しつつ、里藤は二人へアドバイスを送る。


「二人とも、カットで揃えるのはある程度の大きさでいいんだ。極端に大きかったり小さかったりしなければな。揃えることに集中しすぎて時間がかかりすぎるほうが圧倒的に悪手だ」


 里藤の言葉で肩肘に力が入っていた二人は脱力して、スッと疎らではあるが似通った大きさにベーコンを切り始めた。先ほどより早く、また余計な力が抜けたおかげか潰れた切り損じもなくなった。

 その様子を見てクアッドはうんうんと頷き、ふと思いついたように里藤へ質問をする。


「そういや、なんで大きさを揃えるんだ?」

「食材の大きさが疎らだと火の通りが均一でなくなる。さらに見た目も口に含んだ時の歯触りもバラバラで食感が悪くなるからだ」

「そんなことまで考えないといけないのかよ」

「料理の工程において無駄なことなどない。この玉ねぎの皮だってそうだ。玉ねぎの皮にはケルセチンと食物繊維が多量に含まれている。故に俺はこの皮を使ってコンソメを作ったりしているんだぞ」

「コンソメってそんな野菜くずから作ってんのか!?」

「そうだとも。このように野菜くずから作るスープをベジブロスと呼ぶ。ベジブロスは特性上栄養が多く、身体に対して非常に良い。クアッドの実家でも出してほしいぐらいだ」

「あー、そいつはいいかもな」


 などと談笑をしていると、サニーとレイドのカットが終わり、ケジャリーも炊き終わった。里藤がケジャリーを炊いている鍋の蓋を開けると出汁の利いたいい匂いが厨房内に充満する。

 里藤は皿にマダラを移し、クアッドにバターを持ってくるように伝える。

 軽い返事で勝手口から出ていったクアッドを待たずに、里藤は柔らかくなったマダラの小骨と皮を取り外して鍋に戻す。そして、すぐに戻ってきたクアッドから受け取ったバターと片手間に粗みじん切りにしておいたゆで卵を加え、大人数用に作ってもらった大きなしゃもじでケジャリーを軽く混ぜた。

 里藤はそのまま鍋を調理台にあげ、椀にケジャリーをよそって平皿を当ててひっくり返して綺麗な山を作る。クアッドとサニーとレイドの口から「おぉっ」と感嘆の声が漏れた。

 里藤は最後に砕いたニンニクを散らし、茗荷のピクルスをつけ合わせで盛り付けながら言う。


「このように、料理は見た目も大事だ。常にそのことを忘れないようにな」

「金言でございますね」


 当然のように自身の左斜め後ろにいたオヴィニットに驚き、里藤は出来上がった皿をひっくり返しそうになった。



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蒼天を仰ぐ 菅原暖簾屋 @rerereno0706

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