積み上げるのはレンガと信頼
カレー作りをしている里藤であったが、深刻な問題が発生した。本格的に竈が足りないのである。
今回の試食会に参加するのは辺境伯一家三名、従士とメイドが合わせて八名、従士たちの部下である領兵たちが一人につき五名なので全部で二十五名。里藤も合わせると三十七名分のカレーを作らないといけないのだが、厨房には以前アマレが使っていた三十リットルの大きさの鍋までしかない。今回のカレー試食会は余裕を持って仕込みを行うので、三十リットルの鍋全てで竈が埋まってしまう。加えて、里藤は主食をパンでなくインディカ米をサフランライスにしたカレーライスとして提供しようと思っている。つまり、丸々サフランライス分の竈が足りないのである。
この事態に里藤は頭を悩ませた。しかも、気づいたのは米を精米し、研ぎ終わった後である。打開策を考える里藤を救ったのは、たまたま厨房を訪れたアマレであった。状況を聞いたアマレは部下を招集し、あっという間に厨房の外に即席の竈を四つ組み上げた。
どうにか食事を提供できないという料理人として恥ずべき事態を回避できた里藤は、お礼と称して、事前に大量に作っておいたチャイをアマレたちに振舞うことにしたのである。
「あ、美味しい」
「それはよかった。みんなもおかわりはたくさんあるから好きなだけ飲んでくれ」
アマレの部下たちが「はーい」と若さを感じさせる返事をした。初めて飲む甘い飲料に全員が全員興奮しているようで、厨房の外で手ごろな石に腰かけたまま同僚とあーでもないこーでもないと味の感想を言い合っている。
そんな部下たちを置いて、アマレは炊飯の火加減を見る里藤に遠慮がちに話しかける。
「すごく甘いけど、これってなに使ってるの?」
「この前言ってた砂糖だよ。原料があったから自分で作ったんだ」
夜中に砂糖の原料になる甜菜をサイコロ状にカットし、七十度ほどの湯にそれを入れて保温する。その後、現役を濾して煮詰めることで出来たのがチャイに使った少量の砂糖である。工業製品ではないので多少のえぐみもあったが、強い香りをもつスパイスで誤魔化すことができるチャイは初めての砂糖づくりには最適だったので、里藤は大量に仕込んでしまったわけである。
「へぇ。なんでもできるんだねリトーは」
「料理に関することだけな」
「……忙しそうだね。私たちもなにか手伝おうか?」
バタバタと厨房の内外を行ったり来たりする里藤を見て、居心地が悪くなったアマレは手伝いを申し出る。それを断ろうとした里藤であったが、ふと思いとどまった。今ならば手が回らずに放置していたアレを完成できるかもしれないと考えたのだ。
「ちょっと来てくれ」
煮ているカレー鍋の火加減を弱くし、厨房から外に出た里藤が石窯を作るために一面防火処理をした壁面を指さす。
「ここに石窯を作る予定だが、壁が完全に乾燥してなくてな。石窯のほうはまだ作れないんだが、その横にタンドール窯を併設するつもりでな。そっちは今からでも大丈夫だから、設置するのを手伝ってくれるか?」
「いいよ。どんな窯なの?」
里藤は厨房に置いてあった、木の板に木炭で描いた図面をアマレに渡す。丁寧なイラストで描かれた図面は積んだレンガの上に素焼きの壺を設置して、上部以外はレンガを大きめにすっぽりと囲う形で覆ってしまい、壺とレンガの隙間に砂を埋めて断熱材にする作りである。
「ふむふむ。これなら簡単にできそうだね。レンガと砂と壺は揃ってるんだよね?」
「あぁ、デレクに頼んで全部用意してもらってる」
そういって里藤が人差し指で差した先には厨房と館を繋ぐL字の隅に材料が綺麗に積まれていた。几帳面なデレクの性格が出た積み方である。
「じゃあ頼むな」
「うん、任せてよ。その代わり美味しい晩御飯よろしく」
「任されよう」
アマレは里藤と頷き合って作業開始の合図を部下たちにかけた。
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