第100話 男子寮散歩

 ヒューズは俺の思っている以上にアウダス先輩が怖かったらしく、やや挙動不審に食事を摂っていた。

 人が多い場所へ行くと相変わらず陰口が叩かれている気配はあるのだけれど、初日ほど気になることもなくなった。全員が全員敵ではないとわかっただけでも随分と気分は楽だ。


「アウダス先輩? めっちゃでかいし怖いよな」

「でかいし強いけど、怖くはないですよ」

「でかいし強いのか……」


 怖くないという部分だけ無視された。

 

「寮監をしているので、ああして巡回をして治安を守ろうとしている真面目な人です」

「でも口調も怖かったけどな」

「ぶっきらぼうなだけです」


 言われてみればさっきはいつもより少しピリピリしていたような気がする。

 もしかしたらアウダス先輩は、あの廊下に関して何かを知っているのかもしれないな。

 とはいえ、いつだかメフト皇子様のこと聞いたときも何も答えてくれなかったから、これについても聞いたところで無駄だろう。おそらく身内とかは関係なく、約束はがっちり守るタイプだ。


 食事を終えると、ヒューズは休むことなくそのまま外へ向かう。

 学園は広いから、今日一日は回りきらないだろうな。実のところ俺だって主要な施設以外は詳しく見て回ったわけじゃない。

 アウダス先輩の巡回ルートを一緒に歩いているだけなのだから当然だ。


 寮を巡った時の様子を見ていると、おそらくヒューズは学園内も隅々まで見て回るんだろう。

 あまり日数がかかる様なら、どこかで女子寮にもいかせてもらいたいものだ。


 ヒューズが最初に向かったのは、平民用の男子寮だった。

 一番近くの建物だから、まぁ無難なところか。

 大きさは貴族用の寮よりやや広め。部屋自体は狭いはずだし、相部屋になっているはずだから、収容人数は数倍あるだろう。貴族の寮と違って、すでに寮内は騒がしくざわついている。

 こっちの方が楽しそうだなぁと思うのは、俺に一般市民の感覚が残っているからだろうか。


「なんかこっちの方が楽しそうだな」

「賑やかですよね」

「中入ってもいいと思うか?」

「駄目じゃないですか?」

「なんで?」

「決まりなので」


 多分だけど、貴族と平民の距離を近づけすぎると、勘違いが生じるからだと思う。  

 平等とは言っても学園を卒業したら即座に身分制度に対応しなければいけないのだ。ある程度のラインを設けておかないと、貴族は笑いものにされるし、平民は痛い目を見ることになる。

 そんな中でも築かれる友情はあるらしいけどね。

 残念ながら俺に関しては、その可能性は極めて低い。

 領民と寄子貴族の領民以外からの評判めっちゃ悪いもん。

 人間関係における第一印象ってめちゃくちゃ大事なんだよね。


「ふーん。……入ってみるか」

「はい?」


 こいつ俺の話聞いてたか?

 どうしてその結論にたどり着くんだ。


「入ってもばれなくないか? 制服同じだし、人めっちゃいっぱいいるし」

「……ばれなそうですけど」

「じゃあいいじゃん」

「でもばれたらアウダス先輩に怒られるかもしれませんよ」

「外回って次いこうぜ」


 最初からそうしろよ。

 平民たちからしても、いきなり伯爵家の子供たちが顔出したら迷惑だ。


 昼過ぎで太陽が高く昇っている時間でも、寮をぐるりと回っていると影になる部分はある。少しばかりじめついたそこへ一歩足を踏み入れると、小さな話し声が聞こえてきた。


 「ヒューズ、止まって静かに」


 小声で制止をかけて耳を澄ませてみると、「きゃあ」という悲鳴が聞こえてきた。

 アウダス先輩、事件です。


「……行きましょうか」

「うん」

 

 俺の管轄じゃないけど黙って見逃すわけにはいかないからなー。一応状況だけでも確認してやらないといけない。

 やや早足で、しかし足音を立てないように近づいて覗き込むと、遠目からでも睫毛バシバシの美少女がいやいやと首を振っていた。

 そこから一定距離を保って立っているひょろっとした男子生徒は困惑した表情を浮かべている。


 なんだこれ、なんかおかしいな。


「やめてください! なにするんですか!?」

「いや、だから、やめてくださいじゃなくて、ここは男子寮だから女子寮へ戻りなさいって言ってるの、わかる?」

「そんなこと言って、乱暴する気ですか!? こんな暗がりに連れ込んで……!」

「いや、君がここの窓から入ろうとしてたんじゃない。僕はね、見回りしてただけだから、誤解を生むようなこと言わないほしいな、うん」

「私の服を引っ張って……、どうする気だったんですか!?」

「だからね、声をかけたのに無視して中に入ろうとするから……」

「怖い!」

「ああ、もういいよ、悪かったね怖がらせて。でも女の子が男子寮に侵入しちゃだめだよ。あと怖いのだったら、一人で暗がりに来ないようにね、わかった?」

「待て! 何をしてるんだ!」


 男子生徒がお手上げ状態で俺たちのいる方へ歩き出そうとしたところで、奥からこれまたイケメンに育ちそうな男子生徒が現れる。新品の制服を見るに多分新入生。

 まだ声変わりしてないから声高いなー、俺もだけど。


「何をしてるんだって、ほら、この子が窓から侵入しようとしてたから止めたんだよね、寮監として、分かるでしょ」

「アルフ! 助けて!」

「助けてじゃないんだよね、うん。君、僕の話聞いてなかったよね、絶対」

「何をする気だったんだ! 事と次第によっては許さないぞ」


 かわいそうに、寮監を名乗ったひょろ長の男子生徒は、ため息をついて空を仰いだ。


「あの、何? 君たち知り合い? うるさいことは言わないけどさ、その子に勝手に男子寮へ入らないよう言い聞かせてもらえるかな。事情はさっき話した通りだよ」

「あの人、私の服を引っ張ったの!」

「なんだって!?」

「もしもーし、もしかして僕の声聞こえない魔法とか使っているのかい、君らは」

「年が上なことをかさに着て……卑劣な悪漢め!」


 あとから来たイケメンの少年が、棒を拾って構える。

 あまりにアホ過ぎて関わりたくないあまりに顔を出さなかったけれど、この状況あまりよくないな。

 しかも棒の構えが結構堂に入ってるんだよな。

 こいつ剣術の心得あるぞ。


「僕は品行方正だから寮監をやっているんであって、あまり争いごとは得意じゃないんだけど……。ほら、文官志望だし……、暴力は止めないかな?」


 飽くまで穏やかな態度を崩さないひょろなが先輩は、後ずさりしながら説得を試みるが、じりじりと近づいてくる少年の耳には入っていないようだった。

 耳詰まってんじゃねぇのか、こいつ。


 しゃーない、ひょろなが先輩悪い人に見えないし、助け舟を出すか。


=====

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