第44話 サフサール君後編(サフサール君視点)
イレインが毎日むっとした表情でルーサー殿の元へ出かけていく。初めの数日僕は心配してそれを見送っていたけれど、一緒に勉強をするようになってから、すぐに誤解があることに気づいた。
イレインはルーサー殿と一緒にいるときは、普段よりかなり饒舌になる。ルーサー殿が何かを間違えたときに指摘をしてみたり、ほんのちょっとだけ誇らし気な表情を見せることがある。
ライバル視しているのかと思えば、こっそりと二人きりで内緒話をしていることもあるから、おそらくちゃんと仲がいい。話の合う同年代なんて今まで出会ったことが無かったろうから、きっといいことなんだ。
僕よりもルーサー殿に懐いているのは、少しだけ寂しいけれど。
思えば僕も、同年代の仲のいい友人がいない。
父上や母上に連れられて交流を持つことがあるのだけれど、なんとなく話が合わなくて閉口してしまうのだ。真面目に話すような機会なんてほとんどなくて、それぞれが自慢話ばかりして、たまに僕の顔色を窺ってくる。
ウォーレン家が世話をしている家の子ばかりと会っているから、仕方ないのかもしれない。
ルーサー殿は魔法に関していえば、すでに大人でも勝てないくらいの実力を持っている。使える魔法の数は限られているようだけれど、使用回数とその威力が、僕の知っているものとはかけ離れていた。
かの有名な『賢者』ルドックス先生がつきっきりで教えているようだから、その才能は折り紙付きということなのだろう。
僕は魔法の訓練で少し無茶をして痛い目に遭ったことがあるから知っている。
どんなに才能のある人でも、魔力を増幅させるには苦痛を伴うものだって。
そういえばルーサー殿は、何かの病にかかって長く臥せっていたと聞いたことがある。父上と母上が数年前に、セラーズ家の嫡男は病弱だから、イレインの婚約相手には出来ない、というようなことを話していた。
ルーサー殿が5歳になるまでどんな生き方をしてきたのか想像して、なんだか背筋がぞくりとした。セラーズ家がすごく恐ろしいことをルーサー殿に強要していたんじゃないか、なんて失礼なことをちょっと考えてしまったのだ。
しかしいくらこっそりと観察しようと、それらしい部分は全く見つからない。一度マゴット先生にセラーズ家について尋ねてみたけれど、後ろ暗いところは全くなさそうだった。
それどころかマゴット先生は、セラーズ伯爵の人間性については手放しで褒めていた。実はマゴット先生は、陛下や父上、それにセラーズ伯爵と同い年で、学校に一緒に通っていたらしい。
その三人が世代をけん引していたのだと、マゴット先生は懐かしそうに語ってくれた。
無暗に他家の当主様を疑うようなことは良くない。
実際、セラーズ伯爵は僕なんかに声をかけてくださるし、王誕祭では一緒に社交場へ出ることを約束してくださっている。
今僕がはっきりわかっているべきことは、きっとルーサー殿が並々ならぬ努力によってあの魔力を得たということだけだ。
ある時ルーサー君が、イレインの魔法訓練を眺めながら僕に語り掛けてきた。
僕が勉強家だと、努力家だと。
僕にはイレインほどの天才性はない。ルーサー殿のように痛みをこらえて魔力を伸ばすほどの根性もない。
凡人だから人並みに頑張るしかないと、今思えば卑屈になって答えると、ルーサー殿は僕の目を見て、僕の努力を認めてくれた。
イレインもたまに『兄様は頑張っている』と言ってくれるが、あれはたいてい僕が叱られたり馬鹿にされたりした後だ。多分、自分のせいでっていう罪悪感から出てくる言葉なんだと思う。
でも今回のは別だ。ルーサー殿の言葉には、感心以外の気持ちが入っているようには見えなかった。すごいって思ってもらえているのが、ちゃんと伝わってきた。
僕はただそれが嬉しくて、涙が出そうになってしまっていた。
そうだ、僕は頑張ってる。イレインやルーサー殿には及ばないけど、ちゃんと頑張ってるんだ。
涙をこらえて何とかお道化てみせたけど、ルーサー君はそのあとも僕の喜ぶような言葉ばかり投げかけてくる。イレインがルーサー君に懐いている理由が、ちょっとだけわかってしまった。
初めての社交場。
同世代の人たちではなく、大人たちに紛れるとすごく心細くなる。
隣にセラーズ伯爵がいてくれるお陰で、定型の挨拶だけしていればよく、多く言葉を発する必要はなかった。
本当に良くしてもらって、感謝の気持ちしかないのだけれど、それと同時に思ってしまう。どうして僕の隣にいるのは、父上ではなくセラーズ伯爵なのだろうかと。
最近父上は、隣接している小さな国との小競り合いを積極的に行っている。こちらから何か手出しをしているように見えるけれど、会議の場にいれてもらえない僕では詳しいことはわからない。
ただ、それによって傷つき困窮する人がいることは知っている。
父上は何をしているんだろう。
あれは、必要なことなんだろうか。僕にはまだわからない。
丸一日過ごしてぐったりとしてしまったけれど、イレインと合流するとなって、少しだけ背筋に力を込めた。去年は殿下に付きまとわれてぐったりしていたけれど、今年はどうだろうか。
いざ合流してみると、イレインはすました顔をしてルーサー殿の横に立っていた。
どうやら去年よりは上手くやったか、ルーサー殿が守ってくれたかしたのかな?
馬車から降りる前に、セラーズ伯爵から励ましの言葉を頂いた。
ルーサー殿と同じように、今の僕を評価して、父上も僕に期待しているのだと言ってくれた。
親子でよく似ている。
……こんなことを思ってはいけないのだけど、セラーズ家に生まれたルーサー殿のことが、またちょっとだけ羨ましくなってしまった。
でも外に出てみれば、僕の頑張りを見てくれる人はいる。
父上には納得してもらえないかもしれないけれど、僕は僕なりのやり方で、立派な領主を目指したい。
翌日、王誕祭の話にかこつけて、今まで調べてきた市民の生活の話を、ルーサー殿にあれこれと語ってしまった。貴族にしてみれば面白くもない話だろうに、ルーサー殿は、興味深げに表情を変えながら相槌を打ってくれる。
ルーサー、とそう呼ぶように言ってもらえたわけだけど、僕は彼の友人になれたのだろうか。
ルーサーは、僕の将来の夢を尋ねた。
僕は漠然とこうなりたいと思っていた未来を想像する。
大人になった時、ルーサーと肩を並べても恥ずかしくないような領主になれていたら、それはとても素敵なことのような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます