12 『雑談部屋』へ招待されています。

 僕の携帯電話に個人的なメッセージが来ることはないので、悪用でもされたのかと不安になってこわごわアプリを開くと、


 <『雑談部屋』へ招待されています。参加しますか?>


 初めて見るポップ画面。どうやらグループチャットへ招待してくれた人がいるようだ。アカウント名は、職場の先輩だった。出勤初日に、緊急連絡先としてIDを伝えた覚えがある。


 でも、いきなりどうして?


 躊躇いながらも<はい>という選択肢を選ぶと、自動的にチャットルームに入室することができ、先輩から『承認ありがとう』というメッセージが届いた。


 参加者名簿を見ると、見知った社員たちの名前がずらりと並んでいる。


 立て続けに、『気軽に発言して』『ここでもよろしく』というメッセージが飛んできて、頭が真っ白になってしまった。


 なんて返信をすれば、変に思われないだろうか。「よろしくお願いします」でいいのか? それとも、他に気の利いた返しを期待されているのだろうか。


 ああ、時間が経ちすぎると、感じが悪いな。早く返さなきゃ。


 そんなことを考えている間にも、


 <『愚痴』へ招待されています。参加しますか?>

 <『日替わり班チーム』へ招待されています。参加しますか?>

 <『焼き肉食べようぜ』へ招待されています。参加しますか?>


 次から次へとグループチャットからの招待が届く。

 ログをさかのぼると、職場の情報交換はもちろん、上司の愚痴からプライベートなことまで、様々なやり取りがされており、社員たちの意外な一面を垣間見ることができた。

 なかには宮越くんがオーナーとなっているチャットルームもあって、彼のカリスマ性に少しだけ嫉妬する。比べても仕方ないのはわかっているのだが。

 勇気を出して、『招待ありがとうございます』いう文字を打ち込んでみると、


『おう、よろしく』

『てか、なんで今までチャットに入ってなかったん? 笑』

『誰だよ、北村をはぶいたやつ』


 社員たちからの友好的なメッセージが、ずらりと並ぶ。

 その文字を指で撫でながら、僕はまだ自分が夢の中にいるような感覚に襲われた。

 ふわふわとしていて、現実感がない。本当にこれは、僕に宛てられたものなんだろうか。


「いかがでしたか?」

「うわっ!」


 突然、ヨルに耳元で囁かれて、驚きのあまり飛び上がってしまった。ヨルは僕から携帯電話を抜き取ると、勝手に画面をスクロールしていく。僕は返してとも言えず、そのままもじもじとヨルの反応を窺った。


 ヨルは一通りメッセージに目を通すと、満足そうに頷く。


「みなさん、北村さんのことをちゃんとお友だちだと思っていますね。、成功です」

「友達化?」

「北村さんのことを、お友だちとして認識する人たちの総称です」


 なるほど。わかりやすい。


「これが契約の効果なんだね」


 ヨルの魔術のおかげだとわかって、少しだけ落胆する。悪魔の力なしでは、誰も僕に見向きもしないということは、今までの人生で嫌と言うほど思い知ったはずなのに。

 それと同時に、こんなことが出来てしまうヨルの力……本物の悪魔と契約をしたのだという事実に、今更ながら恐ろしさを覚える。


 だが、得たものは……。


 僕はテーブルに携帯電話を置いて、ふうとため息をついた。


「どうしました?」

「いや、なんか思っていたのとちょっと違うなって。友達になったんだったら、その……」

「遊びのお誘いでも来るかと思いました?」

「そこまで思い上がったことは言わない、けど」


 いや、図星だ。


 もし本当に十万人が僕の友達になったのなら、もっとわかりやすい変化が起きると思っていたのだ。職場のグループチャットに招待されたのは大きな一歩に違いないのだが、僕が求めていたのは、こういう地味な反応ではなく……。

 言葉を濁す僕に、ヨルは困ったように小首を傾げた。


「えっとですね……友達化した人間が北村さんに抱く感情は、のものなんです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る