第9話 担任に

 翌朝、案の定だが教室が騒がしい。

 

「知ってる?」

「昨日の入学式の準備で川﨑が怪我をしたんだって!」


 クラスの担任教諭が怪我をしたと言うニュースで持ち切りだ。

 川﨑が生徒間の話題に上がる時はネガティブな事しかない。

 更に言うなら、皆は嬉しそうに笑顔ではしゃいでいる。

 何も全員が全員、他人の不幸を願っている訳ではないのだが、川﨑がしばらく学校には来られないという事を生徒達は喜んでいる。

 その事が川﨑と生徒達との関係を物語っていると言える。



◯▲△



「蒼井、知ってたか?」


「ああ。まあな」


 とてもじゃないが、当事者の1人とは言えない。


「しかもバカだから、自分が意地悪く御神本先生に水を入れさせて重くした花瓶の下敷きになったんだろ?」

「天罰よね!」

「神様っているんだな」


 川﨑がこんなにも全生徒から嫌われていたのかと天翔が再認識した時だった。


「みんな席に着きなさい!」


 ガラッと教室に入って来たのは2人。先ずは教頭、そのすぐ後に美月が続いて入って来るとそのまま教壇に上がる。


「このクラスの担任である川﨑先生ですが、昨日の入学式の準備で不慮の事故にあい、暫くの間は入院する事になりました」


「おお!」


 教頭の説明にも、既にクラスの全員が知っている事なので改めて驚く者などいない。むしろ拍手でも起こりそうな雰囲気だ。


「教頭先生、このクラスの担任はどうなるのですか?」


 教頭が来ても誰一人として川﨑の容態の心配などしない。生徒にとっては慕ってもいない教師の怪我の具合なんかどうでも良い事なのかも知れないが、その気は無くても心配する素振りは見せるべきなのかも知れない。エチケットとして。

 たが生徒達にとってはそんな事はどうでもいい。新しい担任について、教頭の次に発する言葉が気になる。


「このクラスの担任は川﨑先生がお戻りになるまで、副担任の御神本先生に勤めて頂きます。さぁ御神本先生」


 教頭に促されて美月が教壇の中央へと進む。その表情には緊張感が漂っている。


「今日から川﨑先生がお戻りになられるまで担任の業務を致します。まだまだ実力不足かも知れませんけど、精一杯がんばります。よろしくお願い致します」


 パチパチパチ

 教師になって3年目に入ったが、初々しい新人の様な挨拶は好意的な拍手に包まれた。

 普通に考えれば口を開ければ嫌味ばかり言う50歳の男性教師よりも、24歳の女性教師の方が受けは良いのは当然か。


 しかし困ったのは天翔だ。

 昨夜、別れない事を確認した恋人が寄りにもよって担任になってしまったのだ。

 嬉しいやら、照れるやら、バツが悪いやらでどうしていいのか解らない。


「教頭先生、川﨑先生はいつまで入院しているのですか?」


 天翔が教頭に質問したその瞬間、教室が静まり返る。

 別に本気で川﨑を心配した訳でもなければ、エチケットとして心配する振りをした訳でもない。

 御神本美月が担任という日々がいつまで続くのかの確認をしたかっただけだ。

 

「川﨑先生の復帰は早くてもゴールデンウィーク明けになるとの事だ」


 瞬間的に空気が重くなる。


「もう戻って来なくてもいいのに」


 誰かから漏れた言葉だが、生徒は皆そう思っている。天翔、いやクラスのほぼ全員が日本の医療機関の優秀さを恨まずにはいられなかった。

 

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