第124話「先手必勝」

 翌日の朝――。


「にぃに、おでかけ……!?」


 外出の準備を終えると、心愛が目を輝かせながら聞いてきた。

 遊びに行くと思っているんだろう。


 まぁ、ある意味そうなのだが。


「そうだよ、美咲のお家に行くんだ。美咲の親もいるから、いい子にしてないと駄目だよ?」

「ねぇねのおうち……!? せんせぇい、あえる……!?」


 心愛は俺の注意を華麗にスルーし、笹川先生がいるかどうかを確認してきた。

 相変わらず、笹川先生のことが大好きすぎる。


 ……わかるけど。


「いないと思うよ?」


 一応ご挨拶に行くことは伝えといてくれ、と美咲には言っているけど、独占欲の強いあの子がわざわざ目のかたきにしている姉を呼ぶとは思えない。

 俺としては、味方は一人でも多いほうがいいのだけど。


 まぁせっかくの休日に、また俺たちの用事に付き合わせるのも申し訳ないし……これでいいと思う。


「むぅ……!」


 しかし、期待を裏切られたことで、心愛は頬をパンパンに膨らませながらグリグリと顔を俺の胸に押し付けてくる。

 平日に保育園でいつも会えてるのに、休日でも会いたいようだ。


「また今度遊んでもらおうね」


 俺はそう言って拗ねた妹を宥めつつ、家を出る。

 そして、電車に揺らされて目的の駅に着くと――。


「お、おはよう、来斗君……!」


 顔を真っ赤にしてソワソワとしている、かわいい彼女が出迎えてくれた。


「おはよう、美咲」

「ねぇね、おはよ!」


 俺が挨拶を返すと、いつの間にか機嫌を直した心愛が元気よく手を挙げる!

 それにより、美咲もニコッと笑みを浮かべた。


「おはよう、心愛ちゃん。今日も元気だね」

「んっ……! ここあね、げんきだよ……!」


 心愛が笑顔で返すと、美咲は母親のような母性溢れる優しい笑みを返し、俺に視線を戻す。


「本当に、お父さんたちに挨拶するの……?」


 美咲は、俺の顔色を窺うように上目遣いで尋ねてくる。

 彼女が先程から落ち着きない様子を見せていたのは、昨晩の電話で俺が家に挨拶に行くと伝えていたからだろう。


 だけど、詳しくは説明していない。

 天然な美咲は、テンパるとうっかり余計なことまで漏らしてしまいかねないからだ。


「ちゃんと認めてもらえれば、お互いの親公認ってことで家に泊まれるかもしれないだろ?」

「そ、そうだよね……! うん、絶対そっちのほうがいいもん……!」


 そう、昨日話した時の美咲の反応は、正直乗り気じゃなかった。

 というか、滅茶苦茶嫌がった。


 鈴嶺さんが言っていたように、父親が恋愛に関して反対の姿勢を見せているのが理由らしい。

 俺と強引に別れさせようとされるのが、嫌なんだろう。


 もちろん、美咲からすれば俺と別れる気はないようだけど、父親に嫌気を指した俺が美咲を振るかもしれないということで、凄く嫌がったらしい。

 当然、俺も別れるつもりはないし、父親に反対されたり嫌がらせされたりしても美咲と別れない、とは言ったのだけど、彼女は怯えて信じなかった。


 そんな、乗り気じゃない彼女を一発で乗り気にしたのが、公認になれば俺の家に泊まれるかもしれない、という言葉だった。


 正直、物で釣っているようで気は引けるのだけど、美咲が決心するのを待つ余裕などなかったので、手段を選ばなかった感じだ。


「お父さんたちがいいって言ったら、泊まらせてくれるんだよね……!?」

「あぁ、もちろんだよ」


 いいって言ったらな、という言葉は飲み込む。

 正直、親公認の仲になっても、高校生の男女が寝泊まりするのは難しいだろう。

 母さんは乗り気になるだろうから、美咲の両親次第ではあるが……。


 まぁ、今はそんなことよりも凄く厄介な問題が目の前で待っているので、まずはそれをどうにかしないとだ。


 そんなことを考えていると――

「ふふ……毎日お泊り……♪」

 ――隣を歩くかわいい彼女は、こっちの気も知らずに何やら滅茶苦茶浮かれていた。


「…………」


 いや、いくらなんでも毎日は無理だぞ……?


 そう思うものの、今美咲に駄々をこねられると約束の時間に遅れてしまうので、俺はグッと飲み込むしかないのだった。

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