悪足掻き

◇◆◇◆


「逃げ足の早いやつめ」


 さっさとを投げ出してあの世に逝ったジェシカを見下ろし、私は半ば呆れる。

『根性がないにもほどがある』と。


 もう少し生に執着するべきだろう。

あんなのほぼショック死みたいなものじゃないか。


 『もう少し遊ぼうと思っていたのに』と肩を落としつつ、私はパチンッと指を鳴らして結界を解いた。


「まあ、仕方ない。さっさと次に行こう」


 『後がつっかえているのは事実だし』と思い直し、一歩前へ踏み出す。

と同時に、景色が変わり────ファンシーな部屋とマチルダを視界に捉えた。


「ちょっ……何でここに居るの!?」


 転移して現れた私を前に、マチルダは大きく目を見開く。

美容に気を使っているジェシカと違い、肌荒れなど怖くないのか、夜更かししていたらしい。

散乱したお菓子とココアを見つめ、私は『もう深夜二時だぞ』と溜め息を零した。


「そのうち、豚になるぞ」


「なっ……!?い、イザベラには関係ないでしょ……!それより、どうしてここに居るのよ!?」


 直ぐに状況を呑み込んだジェシカに反して、マチルダはギャーギャーと捲し立てる。

怖いもの知らずなのか、余程自分の実力に自信があるのか定かではないが、


 これ以上、騒がれると面倒だな。


 マチルダの絶叫はちょっと厄介であった。

『とりあえず、結界を張るか』と思案していると、彼女がソファから立ち上がる。


「ちょっと!話を聞いているの!?」


 そう言って、マチルダは平手打ちをお見舞いしてきた────が、頬に触れる寸前で彼女の手を溶かしたため、ノーダメージである。

ちょっと返り血は浴びたが。

『後で浄化しないとな』と思いつつ、音を遮断する結界だけ先に張っていると、


「い、いたぁぁぁぁぁああい!!!!!」


 と、マチルダが絶叫した。

『うわぁぁぁぁん!』と子供のように泣きじゃくる彼女を前に、私は一つ息を吐く。


 とりあえず、結界が間に合って良かったが……至近距離でこうも叫ばれると、うるさいな。あと、鬱陶しい。


 『手を溶かされた程度で大袈裟な』と肩を竦め、私は自身に浄化を施す。

血は別に嫌いじゃないが、放っておくとカピカピになるため。

『これでよし』と安堵する私を前に、マチルダは────クルリと身を翻した。


「何なのよ、何なのよぉぉぉおおおお!!!」


 半狂乱になりながら扉へ突進していき、マチルダはここから出ようとする。

逃げ足の早さは遺伝か、随分と速かった。


「おっと」


 『第三者を呼ばれては面倒だ』と思い立ち、私は炎でマチルダの行く手を阻む。

すると、彼女はキッとこちらを睨みつけ、地団駄を踏んだ。


「死に損ないの分際で、生意気なのよ……!」


 そう言うが早いか、マチルダは手を前に突き出し────炎を放つ。

が、上手くコントロール出来ないようで自分の手や髪を燃やしてしまっていた。


「あつぅぅぅぅうううううい!!!!」


 見事な自爆劇を披露したマチルダは、涙目になりながら炎を消す。

フーフーと意味もなく自分の手に息を吹きかけ、冷まそうと必死だった。

『あれでどうにか出来る訳ないだろう……』と遠い目をする私に対し、マチルダは再び鋭い目を向ける。


「こうなったのは、貴方のせいよ!どうしてくれるの!?」


「知るか。というか、私は何もしていない。その責任転嫁は母親馬鹿犬譲りだな」


「な、なんですって……!?」


 これでもかというほど目を吊り上げ、マチルダは激怒した。

『誰に口を聞いているの!』と喚く彼女に、私は失笑する。


「この状況で、それだけ吠えられる精神力は褒めてやる」


 クイクイと人差し指を動かし、炎の動きを操ると、マチルダの首筋に宛てがった。

このまま焼死させてもいいが、それでは芸がないので触れるか触れないかの距離を敢えて保つ。

すると、マチルダは笑えるほど震え出した。

ようやく自分の不利を悟ったのか、困惑気味に目を白黒させている。


「わ、私をどうするつもり……?」


「そんなの聞くまでもないと思うが?」


「……殺すの?」


 単なる馬鹿かと思いきや、一応考える力はあるのか、マチルダは正解を引き当てる。

まあ、この程度分かって当然なのだが。


「ああ、そうだ。ちなみに貴様の母親は先程、死んだぞ。世界一、醜い姿でな」


「!?」


 マチルダの気力を削ごうと発した言葉に、彼女は呼吸を忘れるほど固まった。

かと思えば、


「う、嘘よ……!」


 と、現実を否定する。

一応肉親に対する敬愛は持っているのか、動揺を見せた。

青い瞳に涙を溜める彼女の前で、私はゆるりと口角を上げる。


 嗚呼、楽しくてしょうがない。

やはり、復讐はこうでなくては。


 飢えた獣のように爛々と目を輝かせ、私はゆっくりとマチルダに近づいた。

ジェシカの死をどうやって証明しようか悩みながら腕を組むと、不意にあるものが床に落ちる。

途端に『これだ』と閃く私は、手のひらを上に向け、あるものを転移させた。


「ジェシカの死は紛れもない事実だ。娘なら、これが何なのかくらいは分かるだろう?」


 そう言って、私は手に持ったものを突き出す。

すると、マチルダはサァーッと青ざめた。


「お、お母様の────御髪おぐし……」


「正解だ」


 娘のマチルダより若干長く癖もない桃髪の束を床に落とし、私はニマニマと笑う。

と同時に、ジェシカの髪を炎で焼き払った。


「お母様……!」


 ただの髪とはいえ、亡き母のものとなると変わってくるのか、マチルダは手を伸ばす。

────が、炎に阻まれ、泣く泣く手を引いた。

『うあああぁぁぁあああ!!!』と叫びながら涙を零し、憎々しげにこちらを睨みつける。


「よくも、お母様を……!絶対に許さない!」


「そういうことは自分の行いを振り返ってから、言え」


 『何をしても文句が言えない程度にはやらかしているだろう』と主張し、鼻で笑った。

『ああ言えばこう言う』とも言うべき不毛なやり取りに、マチルダは眉を顰める。


「そうやって、笑っていられるのも今のうちよ!直ぐに人を呼んでくるんだから!」


「ほう?どうやって?」


 『やってみろ』と挑発する私に対し、マチルダはそっと目を伏せた。

何かを迷うように視線をさまよわせ、ギュッと胸元を握り締めると服の中に手を突っ込む。


 なるほど。アレ・・を使うつもりか。


 私はマチルダの動向を静かに見守りながら、黒ずくめの集団が言っていたことを思い返す。


『隠し通路の類いはないが────脱出用の魔道具は、マチルダ嬢のみ所持しているようだ。なんでも、ロイド殿下に頂いたとか』


 魔法を込めた道具である魔道具は制作過程や材料収集が困難であることから、重宝される。

ましてや、移動系の魔道具なんて国宝級の代物だろう。

それをプレゼントするくらいだから、イザベラの婚約者殿は相当マチルダに入れ上げているな。

────まあ、所詮はただの悪足掻きにしかならないが。


 『何のために屋敷周辺に結界を張ったと思っているんだ』と心の中で呟き、私は口元を押さえる。

込み上げてくる笑いを堪えるように。


「お、お父様とロイド様に言いつけてやるんだから!」


 服の中から取り出したペンダント────もとい魔道具を握り締め、マチルダは強気に出た。

かと思えば、彼女の体は白い光に包み込まれる。

『古いタイプの転移魔法だな』と観察する私の前で、マチルダは


「とにかく、首を洗って待っていなさい!」


 と捨てセリフを吐き、転移する。

────この屋敷の地下牢に。


 本来はロイドのところへ転移する筈だったんだろうが……あいにく、私の結界は転移を跳ね返す機能を持っていてな。

無理やり外へ出ようとした者達を指定した場所に集めるよう、設定してあるんだ。

ちなみに今回、地下牢を選んだのは長年使われておらず、完全防音加工だから。

また、脱出を防ぐため様々な工夫が凝らされているため。


「魔法のコントロールも上手く出来ないマチルダでは、まず強行突破は不可能。誰かの手を借りるしかないが、こちらの異常に気づいている者は居ない。まさに詰みだな」


 『今頃、泣き叫んでいるだろうな』と呟き、マチルダの無駄な努力を嘲笑う。

踊り出したいほど楽しい気持ちになりながら、前髪を掻き上げた。


「さてと────先にカルロスを片付けてくるか」


 室内に張った結界を解き、私はカルロスの部屋がある方向へ視線を向ける。


 別に今すぐマチルダを追い掛けても問題ないが、どうせなら泳がせたい。

己の無力さを呪い、完全に絶望したところでトドメを刺したいから。


 『母親に続き、父親も死んだと知れば相当ショックを受けるだろうな』と考え、私はうんと目を細めた。


「くくくっ……それに子供が親より先に死ぬのは、親不孝だと言うからな。特別に配慮してやろう」


 取って付けたような理由を口にし、私はクルリと一回転する。

そして、正面に視線を戻した時────景色は完全に変わっていた。

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