予定変更

「念のため、一つ聞いておこう────この料理の仕上げ・・・をしたのは、貴様らか?」


 スプーンを手に持ち、スープを見下ろす私は分かりきった質問を投げ掛けた。

フルフルと小さく首を横に振る彼らを視界に捉え、『まあ、そうだろうな』と納得する。

先程あれだけ痛い思いをしておいて、反抗する精神なんて持ち合わせていないだろうから。


「そうか。なら、いい」


 『罰する気はない』と意思表示したところで、私はスープを口に含んだ。

その瞬間────窓ガラスが割れ、黒ずくめの男達が侵入を果たす。

短剣やクナイなど武器を手に持つ彼らの前で、私は椅子から転げ落ちた。

麻痺毒に犯され、身動き一つ取れずにいると、彼らはゆっくり忍び寄ってくる。

恐らく、魔法に目覚めたことを知っているのだろう。

警戒心を露わにしながら彼らは、私を取り囲んだ。

と同時に、武器を振り上げる。


 一斉攻撃で確実に息の根を止めるつもりか。

万が一に備えて離れた場所に何人か待機しているが、主力はここに居る五人と思われる。

ならば────


「────そろそろ、仕掛けるか」


 誰に言うでもなくそう呟くと、私は一瞬にして魔法を展開した。

そして周囲に居た五人を氷漬けにし、身を起こす。


 おっと……もう退散か。早いな。


 離れた場所で待機していた数名が引き上げていくのを察知し、私は『待ってくれよ』と嘆息した。

目の前の暗殺者────もとい氷像を蹴り飛ばし、包囲網から抜け出すと、使用人達に目を向ける。


「カルロスに指示されて仕方なくやったことは、分かっている。主人に毒入りの料理を振舞ったのは頂けないが、今回は見逃そう」


 『あまり頻繁に躾けると、心が折れそうだし』と思いつつ、私はふわりと宙に浮いた。


「私はちょっと出てくる。帰ってくるまでにここの掃除と新しい料理の用意をしておくように」


「「は、はい……!」」


 首がもげそうなほど勢いよく頷き、料理長とメイドは『ありがとうございます!』と頭を下げた。

泣きながら感謝する彼らに、私は『留守を頼む』と言い残し、割れた窓から外へ出る。


 さて、逃げた奴らを追うとするか。


 夜風に揺れる銀髪を押さえながら、私はある方向を見つめた。

ターゲットとの距離を推し量り、風の流れなども確認すると、私はうつ伏せの状態になる。

真っ直ぐ前を見据えたまま足裏に魔法を展開し、炎を発射した。

その勢いを利用して前へ進み、どんどん加速していく。


 普通に飛んでいってもいいんだが、こっちの方が早いし、楽しいんだよな。


 前方に展開した結界で衝撃を受け流しながら、私は奴らとの距離を縮めていく。

やがて黒ずくめの一人がこちらを振り返り、何か叫んだ。

────が、もう遅い。

『貴様らはもっと私を警戒するべきだった』などと思いつつ、黒ずくめの一人に激突する。


「ぉわっ……!?」


 思わずといった様子で声を漏らし、地面に倒れ込むそいつを結界に閉じ込めた。

ついでに他の奴らも。


 逃げられては、堪らんからな。


「初めまして、カルロスに利用された哀れな子羊達。ちょっと面白い話でもしないか?」


 ニコニコと笑って話し掛ける私に、彼らは目を白黒させる。

まさか、交渉を持ち掛けられるとは思わなかったらしい。

『捨て駒同然の自分達では、殺されるのがオチだろう』と思っていたようだ。


「────貴様らの仲間も生きているぞ」


「「「!!?」」」


 動揺のあまり声も出ないのか、彼らはただただ目を見開く。

『本当か!?』と視線だけで問い掛けてくる彼らに、私はスッと目を細めた。


「あの氷は特別製でな。凍らせたものを保全する役割があるんだ。どちらかと言うと、封印に近いかもな」


 手を腰に当てながら、私は懇切丁寧に説明してやった。

すると、彼らは身を乗り出す。

『いい食いつきぶりだ』と頬を緩める私は、交渉成功の手応えをヒシヒシと感じていた。


「ただ、低体温症による凍死は避けられない。言っている意味、分かるな?」


 『世の中、ギブアンドテイクだぞ』と主張し、私は一人一人順番に顔を眺める。

完全に相手の反応を楽しんでいる私に対して、彼らは顔を歪めた。

────が、案外仲間思いなのか自ら交渉に挑む。


「……何が目的だ?」


 苦々しい表情でそう尋ねるリーダー格の男に、私は


「端的に言うと、情報だな」


 と、即答した。

別にギャレット家の弱みが知りたいとか、秘密を暴きたいとか、そういうのじゃない。

もっと、単純で捨て駒の彼らでも把握してそうなことだ。


「────ギャレット家の警備体制や屋敷の構造、あと隠し通路なんかもあれば教えてくれ」


 『知っている範囲でいい』と述べる私に、黒ずくめの集団は目を剥く。

いい意味で予想を裏切られ、驚いたのだろう。

『そんなものでいいのか?』と困惑しながら、彼らは怪訝な表情を浮かべた。


「それを知って、どうするつもりだ?」


「潰す」


「はっ?」


「潰すと言ったんだ、ギャレット家を」


「「「!!」」」


 雷に打たれたかのような衝撃を受け、彼らは固まった。

『正気か?』と言わんばかりにこちらを凝視し、絶句している。

どうやら、ギャレット家はそれなりに強い家門らしい。

心配そうな素振りを見せる彼らの前で、私はクルクルと髪の毛を指に巻き付ける。


「本当はな、もう少し後に始末しようと思っていたんだ。でも、また今日のようにちょっかいを出されては堪らない。だから、予定変更して早めに狩ることにした」


 まあ、情報などなくともギャレット家を潰すことは出来るだろうがな。

でも、念には念を入れるべきだろう。

どうも、ここは────私の住んでいた世界と違うようだから。

少なくとも、時代は全く異なると思われる。


 『環境や価値観などは似通っているんだが』と思案しつつ、私は銀髪を手で払い除ける。

と同時に、一歩前へ出た。


「今夜中にギャレット家は終焉を迎える。だから、貴様らは大事な仲間を救出したのち国外にでも逃げればいい。恐らく、そこまで追手は来ないだろう」


 ────仮に捜査の手が国外まで伸びたとしても、直ぐにそれどころではなくなる。


 とは言わずに、リーダー格の男の目を真っ直ぐ見つめた。

『さあ、さっさと決断しろ』とでも言うように。

『待つのはあまり好きじゃないんだ』と考えていると、不意にリーダー格の男が顔を上げた。


「……分かった。知っている情報は、全て教える」


 交渉に応じる姿勢を見せた彼に、私はニヤリと笑う。

────その後、ギャレット家に関することを洗いざらい喋ってもらい、保険・・を掛けてから解放した。


 万が一、使用人に手を出されては困るからな。

こちらの判断一つで首が飛ぶよう、体に魔法を刻み込ませてもらった。

なに、下手な真似をしなければ明日の朝にでも解く。


 『魔法を持続させるのも、魔力がいるからな』と思いつつ、私はポケットから懐中時計を取り出す。

『そろそろか』と呟き、私は氷漬けにした者達を元に戻した。

先程解放した奴らと合流していることを願って。


「さて────私も動き出すか」


 ギャレット家の屋敷を眺め、私は懐中時計をポケットに仕舞う。

ここまでの道順はもちろん、侵入経路も教えてもらったため、彼らには感謝しかない。

もし、情報を提供してもらってなかったら正面突破するしかなかっただろうから。


 最悪それでも良かったが、事態の発覚は出来るだけ遅らせたかったんだ。

外から救助隊などが駆けつけてきたらまた厄介だし、面倒だから。

何より、夜更かしは体に悪い。

なので、ちゃちゃっと片付けて寝たかった。


「よし、夜が明けるまでにケリをつけるぞ」


 屋敷全体に透明の結界を張り巡らせ、私は黒ずくめ集団からもらったローブを羽織る。

しっかりフードまで被り、屋敷へ侵入を果たすと、闇夜に溶け込んだ。

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