第四十二話 どうにかしたいのに 〜sideメアリ〜
「アイリーン様にアタシの羽ペンをへし折られたんです。ぐすっ」
――違う。あたしは見てた。あんたが自分でバキバキに踏み砕いたんだ。
「王子様ぁ、助けてください……」
――やめてよ。あたしの声で媚びないで。甘えないで。恥ずかしいこと、しないで!
いくら叫びたくても、あたしの言葉はすぐに封じられてしまう。
この体は生まれてから十五年間、ずっとあたしの、あたしだけのもののはずだった。どうしてこんな女に主導権を奪われ、一年以上もの間好き勝手されなければならないのだろうか。
男爵家の養女になって、キラキラした生活が送れるんだと胸を躍らせていた。
学園に入って、友達を作って。そんな未来を夢見ていた。
決して遥かに身分の高い御令嬢にわざと喧嘩を売ったり、王子殿下にはしたなく擦り寄りたかったわけじゃない。
あたしを好き放題にする女……メアの狙いは王子殿下だ。
『ヒロイン』だとか『悪役』だとか、あたしにはよくわからない。ただメア曰く王子殿下と結ばれるのは当然のことで、その障害となる公爵令嬢アイリーン・ライセットのことは絶対に排除するつもりだと聞かされていた。
そんなことをしたら、とんでもない事態になるに決まっている。それがわからないなんて馬鹿でしかないと思う。
幸いなことに、王子殿下はあたしにもメアにもまるで興味がないようだった。
彼はいつも誰に対してもにこやかだし王族とは思えないほど物腰が柔らかい。将来はきっと賢君になると思える王子殿下だけれど、唯一明らかに態度が違う相手がいる。
まるで王子殿下はライセット公爵令嬢の騎士のようだった。
だからきっと大丈夫。そう思っていたのに――いつの頃からだろう、なぜか王子殿下に避けられなくなった。いや、むしろあちらから接近されているようにすら感じる。
メアが男子生徒を侍らすようになって初めて自覚したことだけれど、あたしの容姿は結構可愛い。つまり男受けがいいらしい。
それが原因でうっかり絆されたのかとも考えたが、どうもそうは思えなかった。
だって王子殿下の目は最初から同じで、少しの熱もこもっていないから。
「王子様もようやくアタシの魅力に気づいてくれた!」と大はしゃぎでますます王子殿下に媚びまくるメア。
彼女はますます調子に乗っていじめの自演を加速させた。噴水に沈められたと泣き縋り、ライセット公爵令嬢の噂を聞く度に異常に怖がって見せる始末。
王子殿下は一体何をしているのだろう。
このままではライセット公爵令嬢がさらに追い詰められていってしまう。
二、三度会ったことがある。それを思い返す限り、口調こそきつかったけれど決して悪い子ではなさそうだった。
何の罪もない彼女をメアの欲望のままに傷つけることなんてしたくない。
どうにかしなければ。メアの存在を知り、この体に同居するあたししかできないことがあるはずだ。
そう思いながら、あたしは見ていることしかできなかった。
王子殿下に一言伝えるだけでもいい。もしくはその真意を問いただしたい。でも口は思うように動かず、甘ったるい言葉を吐くばかりだ。
涙が出そうなほどに悔しい。はらわたが煮え繰り返りそうだ。いっそのこと彼女を巻き添えにして死んでしまおうかと思うほど許せない。
しかしその想いは虚しく、込み上げる激情のやり場がないままに心の中で深く嘆いた。
ああ、どうしてこんなことに――と。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
月日は流れ、あたしも王子殿下も、そしてライセット公爵令嬢ももうすぐ三年生になろうとしていた。
あたしはメアに押し付けられた勉強をこなすだけ。人権なんてない地獄の日々は、一体いつまで続くのだろう。
そう思っていたある日のことだ。メアがおぞましいことを言い出したのは。
「よし……そろそろ頃合いかな。メアリ、今から大仕事始めるから絶対に口出ししないで」
「あ、あの、大仕事って」
「今の王子殿下ならきっとあたしを信じてくれる。もう躊躇する理由は何もない。――あとはライセット公爵令嬢に階段から突き落とされたら、全てがうまくいくんだよ」
メアは歪な笑みを浮かべた。
「悪役令嬢をしっかりと悪役に仕立てるための最終段階ってわけさ。これでアタシは晴れて王子妃になれる。楽しみだね?」
何が楽しみなものか。
ダメだ。こんなの絶対にダメだ。
だけど結局、どう足掻いても無理だった。あたしは最後まで悪魔を止められないままで。
その日――学園にて、取り返しがつかないほどの大事件が起こってしまった。
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