第37話 未開の混迷(6)

 アルクスのブリッジでは、未だ救難信号を発する船や被害船の連絡が絶えず、その船団の回収や援助を行い、修繕スペースの規模をさらに拡大していた。規模が拡大するペースが早いのは、救助船団に助けられた船団が自分達の船団の修繕が終わると別の宙域に向かい、さらに別の遭難船を見つけてくるからだ。


 遭難してから一月近く経とうとしている今、時間が経てばたつほど生存率が下がるのは明白だ。救助の成功率を上げるべくより多くの同胞を救うため、それぞれの船団は活動範囲を広げていった。


 規模が小さいグループの船団も、それぞれ宙域の探索に乗り出し探索範囲を広げている。ランダムワープの規模が途方もなく広い範囲に発生したことは、ワープ前にその宙域にいたにもかかわらず、未だ合流できていないグループがあったのですぐに分かったことだ。


 宙域のデータも航路さえ不明なため、活動するのに神経を使う。かといって、考えなしに手当たり次第に探索すれば、二次被害が起こる可能性が高くなる。探索規模の拡大はアルクスを起点に広げていくことで、データの統合がしやすくなった。


 修理が必要な船団は修繕作業が続けられ、艦船の修理や航行に目途が立つ船団が増えるに連れて、気持ちに余裕ができてくる船乗りは増えているようだ。


 それでも常時というわけではないが、アルクスへの問い合わせが落ち着くことはない。


モジュール式固定フレームMCFの増設が終わりました。設置する形式をカスタマイズしてありますので、活動範囲には注意してください。船外での作業は必ずテザー命綱を使用してください。いえ、各設備にグレードは存在しません。スペースが空いた順に案内しています。


 加えて他の船団との取引についての不備は、こちらでは一切対応しておりません。ですから、交渉するのは自由ですが、明確なルールがあるわけではありません。互いに、マナーやモラルを意識した上でやり取りを成立させてください。


 はい? ドロイドの販売はしておりません。修理パーツの販売のみです。規格が合わないから丸ごと一機分売ってほしいと言われましても。ちなみに、ご使用のドロイドのメーカーと型式は? なるほど、それでしたら――〕


 アルクスは、相手の疑問に返答しつつ、要望に沿った形で解決の糸口を探っているようだ。ワープエネルギーの爆発の影響により、船を貫通して船内まで多大な被害にあい影響が出ている艦船がでていることは分かっている。


 無茶な要求を突っぱねるよりも、困難に寄り添う形で歩み寄りを見せる方が角が立たない。そういう対応を見せた方が、円滑なコミュニケーションを図れることが予想できるからだ。


「それで、追加で合流する船団の規模は? 修繕スペースの確保はできても、調整はしてもらわないと後がつかえるじゃない。いえ、こっちはステーションじゃないんだから。寝泊りできる施設なんて用意してないわよ。


 自船でできないの? はあ? 貴族がごねてる? 知らないわよ。あんまり無茶苦茶言うようなら放置しても良いと思うわ。いや、それくらい強気に出ろってことよ。あと、その際やり取りの記録は必ず残しておきなさいよ。不利になる場合もあるから。


 ん? 私らが立ち合い? しないわよ。こちらが頼んで設備を利用してもらうわけじゃないのよ? むしろ、利用しないで済むなら、その方がありがたいもの」


 別件を対応しているエルベル。言葉には少し突き放す雰囲気が含まれているが、口調とは裏腹に、責任感から考えられるトラブルを事前に予想し、相手に注意を促している。相手の思い違いや、対応へのアドバイスを加えるなど他者への気遣いを感じさせる。


 それでも、一番重要なのは自分の船団に負担が増えることを避けるためだ。関与する範囲は明確にラインを設けている。



「取引の商品数が指定数未満でしたら、受け取りはセルフでお願いします。領収書のログで照らし合わせて検品をお願いします。もちろん、こちらで納品の検品は済ませてあります。はい? その商品なら十個単位でしたら、ボックスでの配送を受け付けますが。はい、個数の変更はまだできますよ。


 販売在庫の閲覧ですか? 公開はしません。上限を設けているのは、主に買占め対策と思っておいてください。優先や贔屓? 帝国軍に対しても条件に沿って取引をしていますので、そのようなことはありません。こちらで調整できる範囲で公平性を保っています。なんでしたら、帝国軍艦隊へお問い合わせください。


 はい、なんでしょう? 護衛機を譲ってほしいと、レンタルでも構わない? いえ、当船団のマルチロールサポート・ユニットMRSUは、レンタルも販売もしていません。無理を言われても困ります」


 コルビスは、事務的なやり取りを穏やかな口調で確認を取りながら進めている。対応出来る事ととできないことをしっかり言い含める事で、相手の理解を促しながら不満が出ない様に話をまとめている。


 余裕の表れか、相手からの問い合わせ内容に変なものが含まれることもある。度々追加で合流する船団から、アルクスがステーションと勘違いされてるのではないか、と思う程の内容の問い合わせがくるのだ。


 ブリッジで対応しているメンバーは、内心またかと思いながら応対する。ブリッジ内にアルクスを含めた三人の声が響く中、それぞれが一貫して共通しているのは、相手からの不満をうまく受け流すこと。逆上や逆恨みで、意味もなくヘイトを向けられたくはないからだ。


 一方アルクスのブリッジで三人が対応に追われる中、それを後ろから眺める者がいた。


「度々問い合わせが来てるけど、トラブル対応の方が盛んだね。よかった、ボク探索班で」


「な・あ・に、ヴィース。良いのよ代わってくれても」


 ヴィースの軽口に、丁度手の空いたエルベルが笑顔を張り付けて応える。


「いやぁ、遠慮しとくよ。さておき、航路データは良い感じで広がってるね。ほらこれ」


 ヴィースは、悪びれることなく話題替えに端末を操作して、航路データを表示させ進捗確認を促す。エルベルはため息をついて、呆れながら話に乗っかることを選ぶ。


「キャプテンの許可でマルチロールサポート・ユニットMRSUの行動範囲が広げられたのも影響してるかしらね。単独行動で潜行、潜伏を繰り返すより、サポートありで普通に探索したほうが効率は良いし」


「それは間違いないよ。今のところ大きな障害もないしね。あれから宇賊に何回か遭遇してるけど、MRSUエムルスを連れていたら大抵は逃げていくし、宙獣にもあれから遭遇してない。戦闘が少なくて気楽なもんだよ」


「何が気楽よ。やっぱり指揮所ブリッジ班に対して当て付けに来たのかしら?」


「いやいや、そんなつもりはないさ。ねぎらいに様子見に来ただけだよ。指揮所ブリッジの状態把握もしておかなきゃってね。船団の数が馬鹿にできないほど増えてきたじゃない? 探索班や整備班は、ドロイドの手伝いが期待できるけど、ブリッジはそうもいかないじゃないか」


「そうね。最初の頃の片手に収まる程度の船団の数なら、それほど困りもしなかったんだけど。今みたいに人が増え過ぎると、なにかしらトラブルが生じやすくなるのが人類だもの。人格や価値観の不一致なんてざらでしょ?」


 人が集まれば、そこには必ずゆがみが生じる。アルクスの周囲では、人の数が増えるほど、軋轢あつれきが積み重なり、いざこざが増えていく。


 誰かの立場が強くなれば、別の誰かが押し込められる。意見が交わされるほど、衝突の火種も増える。些細ささいな誤解が大きな対立へと発展し、時には目的すら見失われる。


 それでも、人は集まる。利害が絡み、思惑が交錯し、時に争い、時に結びつく。秩序を維持しようとする者がいれば、それを乱そうとする者もいる。アルクスの周囲では、それがただの自然現象のように繰り返されている。



 人間関係とは、結局のところ歪みを内包したまま進んでいくものなのだ。間違っていたとしても、そう思って接しておく方が楽かも知れない。ただ、人間のさがと向き合うのは、それをサポートするために生まれた我々の役割なのだから。


「それをまとめて調和させようなんて無理があるわ。元々そんなことをする気もないし、兎に角こちらに矛先が向かない様にしてはいるけど」


「面倒なのは勘弁だからね。妥当なとこだと思うよ」


 超知能ノウス搭載の高性能なアンドロイドとしては、主人以外の人間関係など適当でいいと思ってしまうが、主人に要らぬ矛先が向けられるのは避けたい。ヴィースは、さも面倒そうに答えるにとどめた。



 ☆



 調整の為、再度眠り六時間余りが経過した頃。僕は眠りから目覚め、フーリカンによる診察をしてもらっている。倦怠感は思いのほか抜けているし、一度目に起きた時より調子はいいみたいだ。


 他の船団でも体調を崩したり、未だ昏睡状態が続いている人もいるらしいので、僕が一月ほどで起きれたのは運が良い方なのかもしれない。


 それと、寝てるときに何かしら夢を見たような気もするが、覚えているわけでもなく気にしないことにした。


「検査による異常は見受けられませんが、何かありましたらすぐに声をかけてくださいね。それと、食事をしっかりととり、適度な運動をしてください。いきなり重い運動をするよりも、段階的には身体をほぐすトレーニングから始めてくださいね。あとは、休憩は長めにとることと水分は多めに、を心がけてください」


「ありがとう、そうするよ」


 フーリカンに細やかな体調管理を指導され、現場復帰を果たす。報告書を端末に映して、寝ている間の事案を確認していく。特にこれといって大きなトラブルはないようだが、責任者自分宛の問い合わせなどが溜まっているみたいだ。


「僕宛に問い合わせが複数あるけど、当然だけど相手のことは全く知らないんだよね」


「問い合わせの内容は、艦船の売却や譲渡を求めるものがほとんどです。まともに取り合わなくてもいい内容ですが、キャプテンから断ってもらうことが妥当と判断したそうですよ。我々アンドロイドから指図されるいわれはないとか、責任者を出せと言われたようです」


「なに、その典型的なエゴイスティック発言。ああ、貴族や企業からか、確かに僕が適任だね。というか、遭難中に船を渡せって、何考えてるんだろうか。宙賊みたいな連中だな」


 金銭や条件を提示してくるところはまだマシな部類なのだけど、無条件で全て差し出せって言ってくる奴もいるらしい。困ったことにそういう奴らに限って何らかの肩書や階級を持っているから対応に困るのだとか。


 それに、艦船じゃなくてもコルビス達アンドロイドやドロイド、さらにはMRSUエムルスを求めてくる者さえいるのだから実に鬱陶うっとうしい。もちろん、どんな条件を出されようと応じることはないが、さっさと対応して釘を刺しておいた方がよさそうだ。


「とりあえず、ブリッジで僕が対応するよ」


 正直に言えば、スイビーやブルダと一緒に修繕作業やらメンテナンスやらに加わりたかったんだけどな。落ち着いたらそっちに回らしてもらおうかな。


「それはそうと、軍からの交換品に入ってたアンドロイド、二体もいるんだっけ。引き取ってから倉庫に保管してるんだよね?」


「はい。彼女らは軍用仕様のモデルですね。一般流通はしていませんが、データベースにはドガー女史の研究所のように、開発や調整を行っている研究施設から搬出されていたようですね」


「軍用仕様って、そんなモデルを引き取って後で返せとか言われない? そもそも、交換リストの料金を総合しても釣り合ってないと思うよ」


 どう見てもこちらが得してしまっている。軍というものにあまり借りのようなものは作りたくないんだけどな。


「どうも詳しく聞いたところ、犯罪者からの押収後は処分品として扱われるそうです。なので、クロムウェル大尉の部隊からすれば、犯罪者の押収品は再利用できないそうで、処分されるくらいならお金に換えてしまえということらしく、押収物の売却を申し出られました」


 へえ~、大尉にそんな権限があるのかね。そんなことを考えていると、顔に出ていたのか補足される。


「普通であれば、押収品は法的な手続きを得て競売や売却がされ、その収益を特定の用途に充てられるのが通常です。ただ、今回は限定的な超法規的処置が適用されるそうで、今回の取引後に権利等を脅かされるものではないとのことです。あと、我々に迷惑をかけた諸々もろもろの慰謝料代わりなのではないかと思われます。ここは素直にお受けした方が後腐れないかと」


「なるほど……。一応、契約書なり保証書なりをもらっておいてほしい」


「わかりました」


 今は口約束なんかが一番怖いから、念には念を入れておくべきだろう。


「ちなみにアンドロイドのモデルに人格は?」


「既にインストールからセットアップ覚醒後のようでしたので、人格はしっかりあるみたいですよ。検査したところ、超知能ノウスの搭載は間違いありませんし、コアユニット及び構成ユニットも問題なくありましたから、人格構築プロトコルが起動すれば問題なく活動できると思います」


「そっか、セットアップ覚醒後なんだ。というか、なんでそんな超が付くほどの高性能なアンドロイドを、大尉が所持してたのかな? しかも、起動せずに放置して。もしかして、強奪ごうだつした盗品だったりするんじゃないかな」


「どうでしょうね。ただ、マスター権限などは未登録で、登録後は使用しても問題ないと軍から確認も取りました。保有していた問題のブイザー・グリブルから、入手経路は聞き出しているそうです。詳細は機密事項だと教えてもらえませんでしたが、キャプテンが所有しても問題ないと念押しされましたので信じるしかありません。

 それと、もしも売り払うつもりなら、帝国のしかるべき機関に申し出てほしいそうです。とりあえず、それ以上の事は二人を起こしてみないとわかりませんね」


「それもそうか。じゃあ、起こしちゃおう。人手はあって困ることはないし、問題がある様なら強制停止も止む負えないけど。アルクス、二人の起動を手配して」


〔わかりました。それでは、準備をしておきます〕


「頼んだ」


 それからブリッジに移動して、問い合わせのタスクをさっさと消化することにした。



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スペースファクター 稀にある宇宙整備士の非日常 ツヴァイリング @mukai-yui

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