第36話 未開の混迷(5)

 ブイザー・グリブル大尉から通信が入り、再びモニター越しに話すことになる。


『到着したぞ。準備はできているんだろうな?』


「準備、ですか。もちろん、修繕作業の準備はできています。Aブロックの一番と二番を空けておきましたので、そちらで作業をお願いします」


『そうではない! そちらの船の明け渡しだろうがっ!! 引き渡す体制のことをいってるんだ!』


 ブイザー・グリブル大尉がモニターに迫る勢いで声を荒らげる。


「そんな準備はしておりませんし、その要求もお受けしていません。軍規にも帝国法規にも基づくようなものはありません。船長が不在ではありますが、副長権限での運用は違えていませんし、じきに船長も目を覚ますでしょう」


『ふざけるなよ、アンドロイド風情が! 我々貴族に楯突いて、ただではすまないことを教えてやろうか!! 強制突入で全員を拘束させろ。反抗するものは容赦するな!』


「もう一度言いますが、貴殿の要求には一切応じられない。我々の船は帝国法規に違反しておらず、指揮権の維持も適切に行われている。指示に従う義務もなければ、貴族の権威に屈する理由もない。

 それに、不合理な振る舞いを行うなら、貴殿らの設備利用についても断固として拒否する。我々の物資は乗員の安全を確保するために必要なものであり、貴族個人の身勝手な都合で提供するものではない。略奪に等しい行為を強制される理由はどこにもない。

 さらに言えば、貴艦のドッキング要請も認められない。我々の船は自律運用されており、不必要な乗船や介入は許可しない。帝国法に基づかない一方的な命令には従わないため、これ以上の干渉は控えていただきたい」


 コルビスは、ブイザー・グリブル大尉の言葉に取り合わず主張を言い切った後、もう下手に出るのは止めだという様に厳しく付け加えた。


「強制突入で全員を拘束? ふざけているのはどちらですか。最初に準備していた修繕予定も取り止めです。以上の通り貴殿の身勝手な要請はすべて拒否する。我々は独自の判断で行動し、いかなる不当な支配も受け入れるつもりはない。

 この決定は、我らが船長、ビキン・ハイアータ伯爵の直系の孫であるフォルア・ハイアータの正統な権利に基づくものである。貴殿がこれに異を唱えるのであれば、ハイアータ伯爵家に正式な抗議を申し立てるといいでしょう。

 もっとも、それがどのような結果を招くかは、貴殿自身が熟慮じゅくりょすべきことであると思われますが」


 キッパリとした口調は普段のコルビスとは違い、鋭利な刃物のような冷徹さを帯びていた。言葉の一つひとつが研ぎ澄まされ、相手の余計な反論を許さぬ威圧感を放つ。


 普段の柔和な佇まいとは打って変わり、今この場でコルビスが放つ言葉は剥き出しの決意、アルクス側の表明そのものだ。単なる拒絶ではない。相手に選択肢を与えぬ断罪の刃。——その言葉が、相手の胸中にどれほどの圧力をもたらしたかは、通信越しの沈黙が物語っていた。


 通信画面の向こう側で、相手の息遣いが微かに乱れるのがわかる。言葉を探しているように、一瞬の沈黙が漂った。


『ハイ、ハイアータ伯爵家、だと? まさか、第三艦隊総司令の、ハイアータ大提督ぅ?』


「その通りです。まさか、この船の照合データもろくに確認せずに、あれほどの啖呵を切ったとでも言うのですか? 無根拠な強要で動くつもりなら、せめて正当性を担保する努力くらいはしてもらいたいものですね。

 こちらは帝国法規を遵守じゅんしゅし、正規の手続きを経ています。その事実も確認せず、ただ権威を振りかざすだけでは、強制の体裁すら整わないのでは? それとも、貴殿はその程度の認識も持たずに軍の威光を笠に着るつもりか。帝国の秩序とは、そんな曖昧な手法で成立するものではないはずです」



『……いや、その……、そんなつもりはなく、誤解があったようだ。我々としても、決して……ええと……、不必要な摩擦まさつを望んでいるわけではない……』


 どの口が言うのか曖昧な謝罪の言葉が漏れ出し、相手は言い訳じみた弁を並べながら、次第に語尾を濁らせ始めた。通信越しでも、その態度の変化は明らかだった。先ほどまでの傲慢さは影を潜め、強引な要求は姿を消し、代わりにどこか落ち着かない様子が見て取れる。


「誤解? 誤解とは、何についてのものですか?」


『だから、その、……まあ、そういうことだ。我々も忙しいのでね……また話す機会があれば、その時に……』


 通信相手の声が小さくなり、何か言い足そうとしながらも結局それを呑み込む。次の瞬間、無造作に切断された通信が、ただの雑音となって船内に消えた。


 逃げるような締めくくり。まるで余韻を残さずに、自らの影すら断ち切るかのように。


「お疲れ様、コルビス」


「いえ。キャプテンに対する扱いにはいきどおりを覚えましたが、ハイアータ伯爵家の名前を出した後の相手の狼狽うろたえ方がおかしくて。笑いがこぼれてしまわないか不安になりました」


 コルビスは少し笑みを浮かべる。思うところはあれど、溜飲りゅういんが下がったようだった。



 〇



 通信が切れると同時に、子爵は座っていた席からずり落ちる。同時に自身の立場が急速に揺らいでいくのを感じていた。先ほどまでの傲慢な態度は消え失せ、周囲の空気が一変する。命令を下していたはずの彼が、今や自身の立場を危うくする状況に追い込まれていたのだ。


 軍の規則に反する行動が明るみに出た以上、帝国の秩序を維持するために行動を起こさざるを得ない者たちがいる。彼の強引な要求は、上層部に報告されることとなり、即座に厳罰が下されることとなるだろう。


 段々と、冷や汗がとまらなくなり、なりふり構わない思考に突入しようとした。あの大型船を撃ち落としてしまおうと。


「今すぐ、あの船をっ!!」


 だが、その前に。


「——な、何をする!」


 と抗議の声を上げるも、軍規は絶対であり、彼の身分がいかに高くとも違反が明白であれば容赦はない。


「変な気は起こさないでもらおうか、司令官殿。我々は貴方を拘束せねばならない。その理由はお分かりのはずだ」


「何をいって……、なっ!! それは、その腕章は、帝国監察局ぅ!?」


「そういうことです。貴方は以前からマークされていたのですよ。このあとのことはこちらで何とかします。安心して独房へお入りください。よし、連れて行けっ!」


 拘束された子爵は、静まり返った空間の中で沈黙するしかなかった。自身の権威を頼りに強硬な要求を押し通そうとしたが、それがまさに自らの足元を崩す結果になったのだ。通信の場では威圧的だった彼も、今や帝国の規則の前に屈し、無言のまま連行されていく。


「まさか、ハイアータ閣下の関係者と出くわすとは。はてさて、何とかこの場を乗り切らなくてはな。これよりこの艦と艦隊の指揮は私、ゼオン・クロムウェル少佐が艦内規定により引き継ぐ。異議のあるものは申し出よ。軍法会議で後日、正当な手続きを経て、現行に処分が下されることとなるだろう」


 クロムウェル少佐は、席に座り先ほどのアルクス側とのやり取りを思い返す。相手は今も、かなりご立腹だろう。


 だが、このままでは、艦隊が立ち行かない。誠心誠意謝罪して、せめて修繕計画だけでも進めさせてもらわねば。


「通信士、アルクスへもう一度呼び掛けてくれ。少しでも関係の改善を図る」



 ☆



 その、ゼオン・クロムウェルと言う人物から前任者の問題についての謝罪と、修繕の正式な協力要請をもらった後、僕の意識が戻ったというわけだ。


くだんの貴族は独房へ拘束。帝国領内へ期間後に正式に厳罰を受けるそうです。言い逃れするようなことがあれば、こちら側とのやり取りを記録したデータを求められるかもしれないと」


「それは大変だったね。対応してくれた皆には感謝するよ。もちろん、記録データはこちらに支障がないのなら提出に応じてくれていいよ」


「わかりました。キャプテンは、倦怠感が抜けるまでもうしばらくは安静にしてくださいね。先ほど飲まれた睡眠剤が効いてくると思います。数時間後、起きられて体調が整いましたら、こちらの必要なレポートを共有してください。それと現在の対応と、必要に応じた許可の申請一覧です。重要事項が上位に並ぶ順番にしています」


「わかった、眠るまでにも少し目を通しておくよ」


 フーリカンが医務室の個室から出ていくのをまって一息つく。皆よく対応してくれている。一般の船団だけでなく、軍や貴族、はたまた宙獣との接触まで。


「僕も早く復帰しないと……。この倦怠感が早く抜けると良いんだけどな」


 どうにも、この体調の異常は病気の類ではなく、成長の最中に起きる成長痛のようなものらしい。自覚症状はなく、自分の身体の変化を自身が認識できないというのは何とももどかしいものだ。


 状態が落ち着いたら、検知検査と体調検査だけじゃなく感覚の覚醒検査もした方がいいと言われた。ワープエネルギーの爆発現象など、特殊な環境下を体験した場合に後遺症なども含めて検査が求められる。しない人も多いらしいけど、心配なので受けてほしいとお願いされている。


 もしかして、インプラントやプロセスチップに異常が出たのかなと思ったけど、特にそういったことはなく、むしろ以前よりも神経機能の数値は上がっているらしい。


 だから成長痛のような、向上値を整理しているために起こる知恵熱の類ではないかと言われたんだけど。まあ、今はそんなことはよくて、渡された端末でレポートを流し見ている。


「デブリや小惑星から資源の採取、これはすぐに許可を出そう。調査も進めてくれているなら早い段階で集めておくに越したことはない。それと、戦闘艇や護衛機なんかの格納要望か。これは今のところ保留かな。ドロイドの用途も各種開放はしておかないといけないな」


 船長権限で許可を出してもよさそうな案件はすぐに出して、今すぐ必要性の有無が不透明なものは保留とした。


「あとは、資材やパーツの売買、または交換による取引ね。アルクスの設備なら加工から製造までできるものもあるけど、開放するかどうかでいらぬ注目をもつと。ありえそうだけど、必要に迫られたら出すじゃ遅いんだろうか。馬鹿正直に答える必要もないしなあ。でも、周囲との関係性としてはよくもないのか?」


 しかし、今のところ開拓よりも遭難からの帰還を優先しなきゃならないだろうし。アルクスのサイズを考えても資材やパーツの予備数なんてわからないだろう。勘ぐってきたところで無意味だと思う。聞かれたらその都度小出しに情報を開示すれば問題ないか。


 正直者は馬鹿を見る世界だ。分厚いベールを着こんで何が悪い。


「事後報告でも、彼女たちの負担を減らせるなら許可、と。とりあえず、方針はこの辺まで固めればいいか。後は要相談だな……」


 どうやら睡眠剤が効いてきたようだ。もうしばらく寝てから僕も頑張ろう。



 〇




「あら。キャプテンが船長権限の許可をいくつか出してくれたわね」


「助かりますね。これで遠隔地でもドロイドがMRSUで作業できます。編隊を組んで採掘もやってもらいましょうか」


〔資源採取はどのみち必要ですから、今あるデータで採掘エリアをリストアップしてあります。DS-06シュープを中心に作業してもらいましょう。やはり、キャプテンがいないと活動範囲がせばまっていけませんね〕


「まったくよ。無事に起きてくれたからよかったわ」


「とはいえ、まだ病み上がりとかわらないのですから無理は禁物です」


〔先ほど、調整用の睡眠剤を投与されました。これから数時間は起きられないでしょう〕


 なら、こっちはやることやっちゃいましょうと、それぞれが持ち場に戻り作業を継続するのだった。



 ○



 アルクスと合流した帝国の艦隊の内訳は、駆逐艦一隻、準駆逐艦三隻、フリーゲート艦四隻がアルクスの提供した設備に滞在している。


 彼らは当初、一部隊に駆逐艦一隻、準駆逐艦二隻、フリーゲート艦六隻となっていたが先の戦闘で戦闘を経て、その数を増減させていた。ワープエネルギーの爆発を受けて、それぞれの部隊が混在して再編成した状態となっている。


 残りの一部隊も巻き込まれているなら、どこかのエリアに飛ばされているはずだが、連絡は未だにとれていない。


 今のところ彼らは、周囲の船団から支援を受けながら慣れない修復作業に掛かりきりだ。元々彼らの仕事は敵を見つけて戦うことが本分である。もちろん、各艦にはベテランの技術者やメカニックが常駐してはいるのだが、破損度合いが酷く現状ではお手上げ状態とも言えた。



「司令、準駆逐艦が二隻、フリーゲート艦二隻が航行システムに問題を抱えており、修復の目処もたっていないと報告が上がっております」


「さすがに、被害が大きいな。かといって人員を移動して被害艦を放棄するのも問題か」


「それはそうですが、今は動ける艦で行動するしかありますまい。幸いあのアルクスという大型船に見張りを頼み、修復に当たる人員を残せばよろしいかと」


「そうだな。いつまでも被害艦を曳航えいこうして動き回るわけにもいかんし。現在の座標を洗い出すことが優先か」


「それが無難でしょう。先ほど共有された航路データもあり、我が艦も含め残りの行動可能な艦には急ぎ範囲を広げさせれば、何かしら手掛かりを得られましょう」


 この場に残る人員には、引き続き修繕に集中させることは決まった。取り急ぎ現在行うのは、行動に支障がない艦のシステムチェックに、装備や機材の点検と交換だ。


「それと、アルクス側から連絡があり、船長の意識がもどったようです。しばらくは安静にし、検査を行ってから現場復帰すると」


「悠長なことだが、意識不明よりはマシともいえるな。それに、我々のクルーの中にも体調不良を訴えている者もいたか。全体的に人体の影響を受けている者が各船団にもいるのだろう」


「はっ、ただ、起きた際に船長権限の一部を承諾したことで、資材やパーツの取引は可能ということです。船長が回復した後なら、なにかしら交渉できるかもしれませんな」


 こちらが、その内容一覧です。と、部下がモニターに表示させる。


「取引の品目について、うちのメカニックらはなんと?」


「入手できるなら、是非購入するべきと。修繕できる範囲が広がり、故障中のシステムを動かせる目処が立つとか」


「取引はクレジットと資材、資源でも可能とあるが。価格や価値としては適正か?」


「普段ならこの値段や価値では取引されないでしょうが、遭難中の今なら適正よりも安く妥当だろうとのことです。我が艦の技術主任も申しておりました」


「なら、必要経費で取引して構わない。こちらの不要品で少しでも立替えてくれよ。あの前任者が蓄えていたものをできる限り活用してな」


 帝国軍で新たに艦隊司令官となったゼオン・クロムウェルは、不正を働いて独房行きとなったブイザー・グリブルが不当にため込んだ金品やクレジットを利用するように命じた。


 ブイザー・グリブルがこれまでの恐喝や罪状捏造などの犯行で、不当に増収して得たものを消化するように考えたのは、帝国へ帰還したのちに処罰され、財産を没収されることが決まっているからだ。


 罪人であるブイザー・グリブルの所有物は記録には残るものの、世知辛いことに、押収され処分対象となってしまう。それならば、今この遭難という難関中に経費として処分できるものはしてしまおうとクロムウェル考えた。そうすれば、事務処理がほんのわずかではあるが軽減されるのだから。


 軍の経理部としても、必要経費とはいえ出資が抑えられるのはありがたいはずである。あわよくば犯罪者の資産から、経費削減として計上できれば誰も悲しむものはおらず、経済的にも喜ばしいことだ。


 裏側を知っている者からすれば、理にかなった行いなのだ。じかに自分の懐にしまえないのなら有効活用してしかるべきである。あわよくば、回り回って目当ての物が手に入れられる可能性もゼロではない。それに、経理部からの印象も上がるというのは、人事評価にもつながるのだから。


 そんな背景の元に出された指示の結果。アルクス側では取引の一覧に困惑することになる。



 〇



 アルクス側が資材やパーツの販売を開始した直後、軍艦隊と各船団より購入希望が思いのほか上がった。その中でもやはり補強材や装甲材、あるいは通信機やセンサー類の部品パーツが多く在庫が目減りする勢いだ。


 他にも高耐熱パテや船外活動用補修パテ、絶縁シーラントや耐放射線コーティング剤などの消耗品は購入制限が掛かるほどであった。買占め同然で軍が購入しようとしたので、早目に第二陣を品出しして購入条件を出したことで不満は抑えられた。


「自分の艦隊でも使いまわせば消費も抑えられるでしょうに」


「軍では、在庫管理も消耗具合も評価につながるらしいですよ」


「それは噂でしょ? 遭難中に言ってる場合でないと思うんだけど。それとも、この状況でさえ評価を気にしながら作業してるっていうの?」


「あながち、その通りかもしれませんよ」


「嫌な職場ね」


 コルビスの噂話しに、エルベル呆れたように応える。


「それはそれとしてや。なんでうちらは呼ばれたん?」


「修繕作業はほぼ終わってるっすけどね」


 ブリッジに呼ばれていたスイビーとブルダが、雑談を交えて休憩中の二人に疑問を口にする。


「スイビーとブルダについてなんですが、各所からマシンチェックやドロイドの整備チェックを依頼されています」


「なんでや? 自前で出来んのかいな」


「システムチェックは異常がなくても、具合が悪い、正常値で機材が動かない。そんな不具合が出ているそうです。それも各船団で影響が出てるらしいの」


「ECM防御システムが耐えられなかった、ってことすか? ヒューズボックスやサーキットブレーカーもあるはずっすけど。そうでなくても、他の保護機構が機能してるはずでは?」


 二人の疑問にコルビスは、把握している要因を話す。その要因は多岐に渡っており、ざっくりと大きく分けた内容にとどめた。


「どの艦船も過負荷保護装置は軒並み全滅らしいのです。理由としては、ワープコアの暴走、重力異常、共鳴爆発、反物質コンテインメント崩壊、空間異常など。複数の要因が絡み合って発生した可能性があります。 特に、ワープフィールドの不安定化や反物質の暴走は、瞬時に深刻な被害をもたらすため、これらの要因が重なった結果、装置が壊滅的な状態に至ったと考えられます」


「うちらは奇跡的に修理可能な障害で済んだわけかいな」


「ワープエネルギーの爆発による影響の奔流に対し、設備のグレードや、爆発との距離、対応能力など諸々の事情があっての偶然の可能性もあります」


 そもそも、ワープエネルギーの爆発などという現象を、起こさない為の取り決めなどがあり、国家間の共通認識ともいえる。それこそ無防備であれば、現代治療をもってしても一生残るような障害を抱える可能性さえあるのだ。


 それに最悪な話、ワープゲートが正常に機能していなければ、あの場にいた艦船諸共、生命が抵抗なく蒸発しているかもしれない。そんな力場に晒されたのだから、生きていて奇跡扱いされても不思議ではない。



「それで、方針としてはどう動けと?」


「まずは人手が欲しいところへは中位ドロイドや設備のメンテナンスを優先で。ワープコアの故障、反物質コンテナ破損については主に帝国軍の案件なので後回しですね。その他の事案は、各船団で対応できないものをリスト化してもらい、こちらで対応できるものがあれば代金をもらい対応する流れでいくつもりよ」


「えらいメカニック使いが荒いなあ、ホンマ」


「っすねぇ」


「あとでキャプテンが起きたら、整備班を優先に割り当ての調整をしてもらうからお願いね」


「いやいや、オペレーターやら綿密に計画立ててるブリッジ組だって調整は必要やろ。うちらは気楽にやるから、そっちが優先してもらい。アルクスなんて、ブリッジだけじゃなくて、全体のフォローもしとるんやからな」


 問い合わせ業務やオペレーター業務は、負担やストレスに目をつむれば、AIであるアルクスだけでも十分にこなせる。しかし、それをせず、AIとアンドロイドが分担して作業を行うのには、それなりの理由がある。


 帝国では、高度なAIやアンドロイドが技術の進化とともに単なるツールではなく、個人として認識されつつある。社会全体がこの変化に適応するにはまだ時間が必要だが、共存と協調の原則に基づき、AIとアンドロイドは互いに補助し合い、決して一方が過剰な負担を背負うべきではないとされている。だからこそ、業務の負担を均等に分担することが重要になる。


 もしアルクスだけに業務を押し付ければ、負担が偏り、不公平が生じる。これは単なる効率の問題ではなく、AIやアンドロイドを個人として認める社会においては、労働の公平性を考慮する必要がある。人間同士の職場であれば、業務の偏りが問題視されるのと同じように、AIとアンドロイドの間でも適切な労働環境を提供することが求められる。


 さらに、業務の分担は単なる負担軽減だけでなく、意思決定の質を向上させるという側面もある。AIは膨大なデータを処理し、最適な選択肢を提示できるが、アンドロイドはより柔軟な対応や物理的な作業を担うことができる。しかし、最も重要な判断や最終決定は人間が行うという原則が帝国では確立されている。AIとアンドロイドはその決定を支える役割を担い、情報の整理や業務の効率化を行うことで、人間の判断を補助する。


 ただし、AIやアンドロイドが自らの判断で進んで作業を行う場合を除き、業務の負担は均等に分担されるべきだとされている。彼らが自主的に行動し、最適な判断のもとで業務を遂行する場合、それは彼らの意思によるものであり、強制されるものではない。しかし、一方的に業務を押し付けることは、共存の理念に反するため、適切な調整が必要となる。


 帝国におけるこの考え方はまだ発展途上だが、技術の進化とともに社会的慣習も変化していくだろう。他の国やセクターでは異なる価値観が広がっているが、帝国ではAIとアンドロイドの共存を前提とした業務分担の調整が進められている。これは単なる労働管理の問題ではなく、AIとアンドロイドを社会の一員として認識しつつ、人間が最終的な意思決定を担うための重要なステップなのだ。


〔私としては、不謹慎ですが活気があってよろしいことだと思っていますよ。今は騒がしすぎるところもありますが、甲斐がいもありますし〕


「そう言ってもらえると気が楽だわ。ありがとね」


 前もって、役割分担をしっかりしてスケジュールを計画したおかげで、互いの負担を軽減している。思い遣りや気使いが機能すれば、現場を回す潤滑油として機能するのだが、人間であれ、アンドロイドであれ、思うところは一緒だという事だろう。


「これは帝国に戻ったら、キャプテンにわがまま言っても罰は当たらないと思うっすよ!」


「そうですね。良いかもしれません」


「せやな!」


 束の間ブリッジに笑い声が広がる。このようなささやかな企みも問題ない。後に困るのは何も知らないフォルアぐらいだろう。

 

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