第3話 3

 お城は……それはそれは豪華な造りをしていました。


 アルマークのお城には入った事はありませんが、たくさんのお金をかけて整えられていた、セイノーツのお屋敷をもっと豪華にした感じです。


 門を抜けると整えられた前庭があって、本宮までの道が石畳で舗装されています。


 ちょうど中間の辺りには、大きな噴水までありました。


「――この城は上下水道完備で、上水は地下二〇〇メートルから直接汲み上げてるんですよ!」


 と、ステラが自慢げに教えてくれました。


 いまさら、どうやってとは訊きません。


 きっとステラの謎技術に決まってるのですから。


 そのまま本宮の玄関ホールに入ると、圧巻過ぎてわたしは言葉を失いました。


 回廊造りの三階建てで、吹き抜け構造になっていました。


 天井はガラス張りになっていて、朝の光がホールを照らし出します。


 入り口の正面には大階段があり、それを昇りきった所には大扉があって、左右に回廊が伸びていきます。


 ここから見えるだけでも、いくつもの廊下があるのがわかりました。


「とりあえず挨拶させますので、ご主人様はこちらへ」


 と、ステラに先導されて、わたし達は階段を昇り、その正面にある大扉をくぐりました。


「謁見の間?」


 実物を見たことはありませんが、お母さんと一緒に暮らしていた頃に読んでもらった絵本にあったようなホールです。


 赤絨毯が敷かれた広間の先――一段高くなった場所には玉座が儲けられているので、間違いないでしょう。


「ではでは、ご主人様はこちらに座ってください」


「え? え? ええぇ?」


 ステラはわたしの肩を掴んで、その玉座に座らせます。


 ふかふかで、これまで座ったことのあるどんな椅子よりやわらかな感触でした。


 人をダメにする椅子って、こんなのを言うのでしょう。


「ふわぁ……」


 おしりの下の感触と、抱き締めたままのハナちゃんの――適度に重さのあるふかふかの感触に挟まれて、わたしは思わず変な声を出してしまいました。


 ――いけない、いけない。


「え、えと、挨拶させるって、誰に?」


 気を取り直してステラに訊ねます。


「今、来ますからね~」


 笑顔でそう答えるステラに首を傾げると、大扉が開いて。


「――お待たせしました~!」


 と、ハナちゃんと同じ姿をした汎用端末器マルチマニュピレーター達が大勢、わらわらと現れたのです。


「あら? あらあら?」


 たくさんのメイド姿のぬいぐるみ達に、思わず頬が緩みます。


 ひょっとして、ここは天国なのでしょうか?


 けれど、それに続くように現れた方達を見て、わたしは緩み切っていた表情を引きつらせてしまいました。


「――姐さん、お呼びですかい!」


 ドスの効いた声でそう告げたのは、ボサボサの長髪に無精ヒゲを伸ばし放題にした、大柄な男性でした。


 目は見えてはいるようですが、顔の左半分を覆うように大きな切り傷があります。


 無骨な革鎧を身に着け、背中には見たこともない大きな剣を背負っていました。


 彼を先頭に、似たような――ひと目でカタギではないとわかる雰囲気の人達が、二十人近くやって来たのです。


「――おう、整列だ! ダラダラすんな! ぶっ飛ばすぞ!」


 玉座に座ったわたしのすぐ横に立ったステラは、腕組みしながら彼らにそう叫びました。


「うぃっす!」


 効果てきめん、彼らは綺麗に並ぶ汎用端末器マルチマニュピレーターの後ろに整列します。


「あ、あの、ステラ? あの人達は?」


 恐る恐る尋ねると、ステラはうなずきます。


「私もよくわからないんですけどね?

 城を造ってる時に、急に襲って来たんでんですよ。

 そしたら部下にしてくれって言い出しまして……」


「撫でてって、ステラ、絶対にそれ言葉通りじゃありませんよねっ!?

 あの人達、どう見ても盗賊とか、そういうスジの人達じゃないですかっ!」


 思わず声を張り上げると、先程の傷跡の男性が笑い出しました。


「いやいや、俺らは傭兵団さ。

 ちょっとロムレス帝国でヘマこいて、国に居られなくなっただけの、な」


「なんでも小器用に熟すので、汎用端末器マルチマニュピレーターの補助に使ってるんですよ」


「いや国を追われた傭兵って、基本的に盗賊と変わりないじゃないですか!

 そもそもステラ、襲われたって言ったじゃないですか!」


 なんでそんな平気なんです!?


 わたしの言葉に、心底理解できないというように、ステラは首を傾げました。


「虫けらが近づいてきたからって、すべてを駆除するのは面倒でしょう?

 ご主人様の為に働くって言うんですから、利用できるものは利用しようかと」


「ええぇぇ……」


 絶句するわたしに、けれどステラはわたしがなぜそういう反応なのかわからないというように首をひねるのです。


「あ~、それなんだがな……」


 と、傷跡顔さんがボサボサの頭を掻きながら切り出します。


「姐さん。俺たちゃあ、アンタには従うっつったが――アンタの上はそのお嬢ちゃんなのかい?」


「ええ、リーリア・セイノーツ様です。おまえ達も主と仰ぎ、滅私奉公に尽くすのですよ」


 鷹揚にうなずくステラに反して、傷跡顔さんはわたしを品定めするように見回して。


「……認められねえな」


 呻くように言いました。


「――なっ!? てめえ、ぶっ殺されてーんですか!?

 てめえの主が私なら、私の主であるリーリア様にも尽くすのが道理でしょう!?」


 けれど傷跡顔さんは薄ら笑いを浮かべたまま、ゆるゆると首を振るのです。


「そのお嬢ちゃんが言ってたように、こんな魔境で盗賊紛いにまで身を落とした俺らだが、曲げられねえ道理ってのがあるんですよ……」


 そして彼は、わたしを見据えて声を張り上げます。


「<黒熊の爪>は、強え奴にしか従わねえ!

 あんたがどうしても俺達を従わせてえってぇんなら、俺を打ち負かして見せろ!」


 彼はきっと――セイノーツのお屋敷で、仲良くしてくれた侍女のアンナが教えてくれたアレなのでしょう。


 判断基準のすべてが強さに準じるというアレ……


「――脳筋ですかっ!」


 思わず叫ぶと、彼はにやりと笑いました。


「ソレは俺らの界隈では褒め言葉だっ!」


「――ええぇ……」


 なんなんですか、この急展開……


 助けを求めるようにステラを見上げますが――


「ああ、なんだ。そんな事でしたか」


 なんでもない事のように両手を打ち合わせ、彼女はわたしを見ました。


「ご主人様、やっちまってください!」


「ちょ、ちょっと待って!

 ステラは知ってるでしょう? わたし、荷運びさんにだって敵わなかったんですよ?」


 学園では、武家の生まれの子は女子でも武術を習っていたようですが、わたしはそんなの習ってないのです。


「……そ、それに……従えないって言うのなら、そのままお引取り頂いても……」


 あの人達、ちょっと怖いですし……


「いえいえ、ここはまだまだ人手が必要なんです。汎用端末器マルチマニュピレーターだけですべてを賄うおつもりですか?」


 お城の中にひしめき合うほどの、汎用端末器マルチマニュピレーター達――


「それって天国なんじゃ……」


「――良いですからっ! いずれ人は必要になるのですから、今のうちに雇える者は雇うべきなんです!

 ――さあっ!」


 と、ステラはわたしを強引に立たせて。


「……あいつらの遺伝情報は採取済みですから、うっかり殺しちゃっても再生治療できます。全力でやっちまってください!」


 ぐっと拳を握り締めて見せます。


「ハナ、ご主人様の格好良いトコ見たいです~!」


 わたしの腕から飛び降りたハナちゃんが、満面の笑みでそう言って、可愛らしい両手を振ってくれます。


 ふたりとも、わたしが負けるとは思ってないのですね……


「うぅ……」


「――話は決まったか?」


 傷跡顔さんが、ニヤニヤ笑いながらそう訊ねてきます。


「……決まったというか、決められたというか……」


 本当、なんでこんな事になったんでしょう?


 まあ、ステラがそばに居るのですから、ひどい目には合わされないと思います。


 こうなったらやるだけやってみて、すぐに降参しちゃいましょう。


 わたしが弱いってわかれば――彼らの言葉通りなら、従えないと言って出ていってくれるかもしれません。


「――リーリアです。

 傷跡顔さん、お名前を伺っても?」


 わたしの彼への呼び方に、傭兵さん達が爆笑します。


 そんな面白い事を言ったつもりはないのですが。


 でも、傷跡顔さんも苦笑してます。


「元貴族だってのに俺らみてえのに名前を聞くとは、お嬢ちゃん、変わってるな?

 俺の名前はあんたが今言ったままさ。スカーフェイスって言うんだ」


 恐らく本名ではないのでしょう。


 生まれた時から顔に傷があったわけでもないでしょうしね。


「では、スカーさんですね」


「愛称かい? 長い付き合いになるわけでもねえのに酔狂だな。

 ――さあ、行くぜ!」


 スカーさんが背中の大剣を抜き放ち、中段に構えました。


「え、ええと……」


 ステラに植え付けられた知識を元に、わたしも格闘術の構えを取りました。


 きっとひどく不格好だったのでしょうね。


 傭兵さん達がゲラゲラ笑ってます。


「――ではでは~、はじめっ!」


 ステラの号令と同時に。


「だあぁぁぁぁ――――っ!!」


 スカーさんが大剣を振り上げました。


 わたしは――

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