第3話 2

「――な、ななな、なんですか、アレっ!?

 ステラ、なんなんですか、アレ!?」


 思わずわたしは、森の中にそびえ立つそれを指差して叫びました。


 どう見てもお城です。


 セイノーツのお屋敷の窓から見えていた、アルマーク王城よりさらに大きな。


 多くの魔獣が巣食う魔境――それが嘆きの森で、だからこそ流刑の地として使われているのです。


 その嘆きの森に、あんなのがあるなんて聞いたことありません!


 城の周囲の地面は綺麗に抜根までされてならされていて、露地が剥き出しになっています。


 その向こうに大きな門を構えた城壁と、それよりさらに高い城郭がそびえ立っていて――その背後にまた深い森が広がっているのですから、まるで現実感がありません。


 なによりそのお城は、できたてのようにぴかぴかなのです!


「ご主人様が快適に暮らせるように、ちょっと頑張ってみました!」


 胸を張るステラに、わたしは唖然。


「ス、ステラが建てたと言うのですか?」


「ええ! ほら、私って最前線投入を目的として建造されていますから!

 居住が難しい惑星であっても、前線橋頭堡にできるよう環境改造テラフォーミング機能も搭載されているんです!

 それを使えば、こんなの朝飯前ですよ!」


「……環境改造テラフォーミング……」


 降り立った惑星ごと、人類の生存可能な地に作り変える――わたしの常識の中では神様のような能力です。


「え、えっと……つまりステラが言う拠点って、あのお城の事なのですよね?

 よくお城の作り方なんて知ってましたね?」


「はい! この星の建築技術の水準がわからなかったので、ちょっとヤボ用ついでに、ご主人様が暮らしていた王都を見物をして来て覚えました!」


「――王都に行ったのですか!?」


 いつの間に――いえ、わたしが眠っていた一週間の間に行って来たのでしょう。


「ええ。ご主人様を襲った男を王都に届ける必要もありましたし。

 行った、というか汎用端末器マルチマニュピレーターを使って、王都の様子を観察させてもらいました」


「まるち……?」


 植え付けられた知識に無い言葉です。


 首を傾げるわたしに、ステラはうなずきます。


「ああ、これは私が独自開発した機能でしたね。

 ええと、この近くだと……ふむ、八七号が居ますね。

 ――八七号! ちょっと来て~!」


「はいは~い!」


 と、すぐ横の茂みが動いて、小さな影が飛び出しました。


 メイド服姿のそれは、ステラをモデルにしたぬいぐるみのような見た目をしています。


 わたしの膝よりちょっと高い大きさの彼女は、短い可愛らしい手をスカートを摘んでカーテシー。


「ご主人様、おはようございます」


「は、はい。おはようございま……す?」


 当たり前のようにご主人様と呼ばれて、わたしは戸惑います。


「この子は汎用端末器マルチマニュピレーターの八七号。

 現在稼働中の一〇八器の八七番目ですね。

 私が直接操作する事もありますが、普段は疲れるので疑似人格を与えて独立行動させてます」


「八七号です。ご主人様、ご用がございましたら、なんなりと仰ってくださいね!」


 子供のような可愛らしい声で言うと、彼女はぺこりと頭を下げました。


 要するにステラの分身のようなものなのでしょう。


 ステラが直接操作もできるというので、この子達のひとりを王都に行かせたという事でしょうか?


 わたしは膝を追ってしゃがむと、可愛らしい彼女の頭を撫でました。


「リーリアです。よろしくお願いします。ハナちゃん」


「……ハナ?」


 コテンと、大きめの頭を傾げてハナちゃんはわたしを見上げます。


「仲良くするのなら、お名前で呼んだ方が良いでしょう?

 八七号だから、ハナちゃん。

 ……お嫌でしたか?」


 途端、ハナちゃんはぷるぷると震えて、目を輝かせました。


「ハナ! 87号の名前!」


 ステラもそうでしたが――彼女達にとって名前とは、よほど大切なものなのでしょう。


 わたしなんかがつけた名前で、ここまで喜んでくれるのですから、わたしも嬉しくなってしまいますね。


「――おっまえぇ! 私ですら、おねだりしてようやく頂いた名前をそんな簡単に!」


「フフン。主人格ができなかった事を成し遂げたハナは、もはや主人格を越えた存在なのでは?」


 そう言ったハナちゃんは、わたしの胸に飛び込んで抱きついてきました。


「ありがとうございます! ご主人様!」


 見た目通りのぬいぐるみのような感触で、すごく心地良いです。


「あ、こらっ! なんてうらやま――じゃない、ご主人様に失礼でしょう! 離れなさい、八七号!」


「ハナはハナなのです~! ご主人さまぁ、お嫌ですかぁ?」


 金色の目をうるうるさせて首を傾げるハナちゃんに、わたしはイヤとは言えません。


「ま、まあ、良いじゃないですか。

 そんなことよりステラ、わたしお城の中を見てみたいです」


 なんとか話題を逸らそうとそう告げます。


「……わかりました。

 ハナ、あとで話がありますよ……」


「おう、ナシつけてやんよ、ステラ……」


 ふたりはひそひそ話のつもりなのでしょうが、わたしは耳も強化されているようで、しっかりと聞こえていました。


 ハナちゃんは可愛らしい見た目なのに、ちょっと腹黒い気質もあるようですね。


 まあ、そのギャップも彼女の個性と思うことにします。


「さ、さあ。それじゃあ行きましょう!」


 また口論を始めようとするふたりを止める為に、わたしはハナちゃんを抱えて立ち上がると、そのまま率先して門に向けて歩き出します。


「あ、待ってくださいよ! ご主人様っ!」


 そうしてわたし達は、お城の中へと向かったのです。

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