15

永遠子は私の半歩前に立って、祖母の部屋に入った。

 沈黙は数秒。私は永遠子の身体をきつく抱きしめていた。

 「いなくなっちゃうかと思った。」

 喉から絞り出した声はぎすぎすに掠れている。その声を聞いて、永遠子は声に出して笑った。

 「いなくなっちゃうって、どこに行けばいいのよ。」

 「分からない。……分からないけど、」

 「分からないけど?」

 「分からないけど、どっかに。」

 そうね、と、永遠子はさらりと乾いた声で言った。

 「そうね。行けるところがあれば、行きたいけれど。」

 でも、行くところがない。

 私は溺れる者がしがみつくみたいに、永遠子を抱いて立ち尽した。

 行くところがない。それは、私も同じだという気がした。

 「置いて、行かないで。」

 縋るように言った私を、永遠子は笑った。

 「だから、どこに行くのよ。」

 そして、彼女は私の手を引いて畳の上に転がった。電気をつけるいとまもなく、暗いままの部屋で、永遠子は私の制服に手をかけた。

 「……なんで、私とするの?」

  決死の言葉だった。あなたが好きだからと、そんな言葉が返ってこないことは分かっていて、それでも問わずにはいられなかった。このままずるずると永遠子と体の関係を持つことが怖かったのだ。どこまでも、暗い所に引きずり込まれていくみたいで。

 けれど永遠子は、私の言葉を鼻で笑った。

 「したくないの?」

 一言。その一言で、私は言葉を奪われた。もう、なにも言えない。喉が焼けるくらいしたいのは確かだから、口に出せる言葉が見つからない。

 私の腹の上にまたがって、永遠子は嫣然と笑っていた。

 「セックスだけしましょうよ。私、それ以外は分からない。」

 多分それは、永遠子が私に向けた言葉の内で、唯一彼女の腹の底から出たものだったのだと思う。セックスしか分からない。中学一年生の女の子の言葉としては、いや、何歳でも同じだ、人間の発する言葉としては、悲しすぎる台詞だった。私はそのとき、なんと言うべきだったのか、今でも分からない。分からなくて、だから私は、永遠子の繊細な両手が私の服を脱がせ、肌に触れるのを黙って見ていた。

 そうやって、私と永遠子は二年間を過ごした。本当に、セックスしかしないで。静かな部屋で、ただ身体だけ絡ませていた二年間。

 中学の卒業式のその日、永遠子は消えた。それは、祖母が亡くなったのと同じ日だった。少しの間、永遠子の失踪は村中の話題になっていたけれど、やがて永遠子の両親も引っ越していったのを機に、推察も噂も立ち消えになった。

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