第十七話  上司の色ボケで殺されそうです。

 桃生柵もむのふのきは、北は丘陵きゅうりょうを背負い、北以外の裾野には平地が広がっている。

 その丘陵から平地にかけて、北、西、南を北上川が身をくねらせながら南流してる。


 桃生柵もむのふのき、一のの外、南の開けた平原が、今日の真比登まひとの戰場だ。


五百足いおたり、ここで暴れてれば良いのか?」

「はい、今日の軍監殿ぐんげんどのの仕事は、この平原をならす事です。この平原だけ守る事を考えていれば、今日は良いだろう、と副将軍殿の伝言です。」

。」


 真比登まひとは、圧倒的な武勇で、戰場を制圧する。

 それが真比登まひと軍監ぐんげんまで押し上げたし、もしそれができないのなら、真比登まひとに価値はない。

 一人で鎮兵ちんぺいとして今まで生きてきた真比登まひとは、そう思っている。




 愛馬、麁駒あらこまは、八月の青空のもと、大地を一直線に駆ける。

 建怒たけび朱雀すざくの進む道を、誰もはばむことができないからだ。

 馬の速さ。

 何より、真比登まひとの重い武器を振る速さ。

 二つはあいまって、流星錘りゅうせいすいが、赤い土埃のなか、二つの灰色の流星のごとく豪速で踊る。

 一撃あたれば、敵はふっとび、舞い、なぎ倒されていく。


 



 真比登まひとが強すぎるだけで、蝦夷えみしは、けして弱くない。

 むしろ、強い。

 蝦夷は、狩人。

 弓、蕨手刀わらびてとう、吹き矢。

 子供の頃から狩りをし、戦い方を知っている。蕨手刀わらびてとうを振りかざす時に迷いはなく、豪胆だ。

 対して、日本の兵は、百姓ひゃくせいが国によって駆り出された、即席の兵士だ。一年の兵役が終われば、もとの郷に帰り、また畑仕事をする。


 蝦夷一人と、日本の兵、一対一で戦ったら、簡単に日本の兵は負ける。

 蝦夷一人に、日本兵、四人。

 それぐらいで、釣り合うと、真比登まひとは思っている。


 ちなみに、真比登まひと鎮兵ちんぺいは、違う。

 畑仕事をする百姓ひゃくせいではない。

 蝦夷対策の為、この地をずっと「鎮守」する専任の軍人であり、数は少なく、期限もない。

 正確に言うと、手足を失い働けなくなるか、十年勤め上げ、相応の銭、米などを支払い、自ら辞めるかである。


 平時なら、百姓ひゃくせいが兵役で集まる「軍団」と、鎮兵ちんぺいは別の団であり、交わらない。


 だが、今は戦時。

 戦いを専門とする鎮兵ちんぺいも、桃生柵もむのふのき蝦夷えみし征討とうばつへいとして配属されている。






「うわ───!」


 助けを求める悲鳴があがった。

 真比登まひとは狙いをつけて、軽々と右の流星錘りゅうせいすい投擲とうてきした。

 ぶおん、と唸りながら勢いよく飛んだ大岩は、ちょうど蕨手刀わらびてとうを振りかぶっていた蝦夷えみしの背中に命中した。

 蝦夷は、潰れる者特有の音を身体から出しながら、倒れた。

 真比登まひと麁駒あらこまから降り、手を差し出し、


「ほらよ。」


 真っ青な顔で口をパクパクさせ、座りこんでいる伯団はくのだんの新入りを立たせてやる。

 鷲鼻わしばな嶋成しまなりだ。

 真比登まひとは、


「危なかったな。戰えよ。」


 と流星錘りゅうせいすいを拾い、


(そういえばコイツ、医務室を外からうかがおうとしてたな。)


 と思い出した。


「おまえ……。」


 と言いかけるが、大刀たちを握り直した嶋成が大声をだした。


「くそぅ、オレ一人でもやれたんだ、あんたなんかに、礼は言わねぇからな!」

「なんでだよ、言えよ。オレは軍監ぐんげん殿だぞ。」

「おまえ今朝、花畑で、桃生柵もむのふのき領主の娘とイチャイチャして遅れて来たろ。

 あそこは兵士が朝通る道沿いじゃないか。見たんだぞ! 

 戦時中だってのに、いい目見やがって。くそぅ。」


 嶋成は、くるっと真比登まひとに背中をむけ、大刀たちを上に振りかざし、


「礼なんか言うもんかぁ───ッ!」


 戰場に叫びながら駆け去って消えた。


 桃生柵もむのふのき領主の娘。

 その一言が、真比登まひとの記憶を刺激した。




 ───触っても、感染うつらないのよ───




 柔らかく笑う、天女のような佐久良売さくらめさま。

 手をとり、引き寄せてしまった時の、佳人かほよきおみなの間近の息遣い。

 えもいわれぬ良い香りの……。



「あ。」


 立ち尽くして、しばし佐久良売さくらめさまの事を考えてしまった真比登まひとは、蝦夷が、落ちたほこを拾って投げつけてきたのを避け忘れ、右の上腕を浅くスパッと斬られた。


 あわてて流星錘りゅうせいすいをかまえ、くるくるとまわりながら、一歩、二歩。

 三歩目で、勢いをつけた右の流星錘りゅうせいすいで、鉾を投げてきた蝦夷の胴体を横薙ぎにふっとばした。

 敵は地に落ち、沈黙した。


「な───にやってるんですかぁ!」


 背後から、五百足いおたりの怒りの声がした。

 五百足いおたりが馬にまたがり、真比登まひとの愛馬の手綱を手に、近づいてくる。


「すまねぇなあ。ありがとう。」

「色ボケは勘弁ですよ!」

「すまねぇ。」


 平謝りの真比登まひとは、五百足いおたりから麁駒あらこまの手綱を受け取り、ひらりと跨る。

 群がる敵に、二つの流星錘りゅうせいすいを次々と叩きつけ、ぴっと飛んできた血しぶきを浴びながら、


「な、な、なあ……。桃生柵もむのふのき領主の娘は、オレの疱瘡もがさを見ても、イヤな顔、しなかったんだ。

 あの郎女いらつめは、天女みたいだ。そう思わないか?」


 などと、色ボケまっしぐらの発言をしてしまう。

 大刀たちで敵を斬り伏せていた五百足いおたりは、うっかり落馬しかけた。


「あっ、危ねぇ! オレを殺す気ですか! たしかに綺麗なおみなですが……って、戦闘中に何を言わせるんですか!」

「明日、また早朝、会う約束したんだ。

 郎女いらつめは、オ、オ、オレの事、どう思ってんのかな……。」


 再度、五百足いおたりはうっかり落馬しかける。


「阿呆な事を! だいたい、みなもとを身代わりにたてた問題が解決してないでしょう!」

「うっ……。」

「もう、斬首覚悟で正直に名乗り出ますか。之毛度しもと(鞭打ち刑)ぐらいに減刑してもらえるかもしれません、よッ!」

「できない……。どうすれば良いんだ───っ!」


 真比登まひとは苦悩に首をふりふり、右から襲ってきた敵を蕨手刀わらびてとうごと右の流星錘りゅうせいすいで外に薙ぎ払い、左から飛んできた矢を左の流星錘りゅうせいすいで、ぺしゃっ、と弾き、敵の密集した戰場に迷いなく突っ込んでいった。


 五百足いおたりも負けじと勇猛な大刀たちをふるいながら、


真比登まひと。いつか良い妻をめとってほしいとは思っていたが、よりによって、あの気位の高そうな豪族の娘に恋したのか。

 年増とはいえ、あれだけの美女だ。

 言いたくはないが、疱瘡もがさ持ちのおまえが、桃生柵もむのふのき領主の娘から恋の相手として見られるのは、天と地がひっくりかえるより、難しいだろう……。

 仲間の兵士としてなら、おまえほど頼もしいヤツはいない。

 でも、おみなってやつは、肌をあわせるのだから、おのことは価値観が違うんだぜ?

 おまえの恋は……。)


 と、内心ため息をついた。




  





↓挿絵です。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330669125295677 

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