〈17-5〉

サイラスはウェインを担いだまま無事屋敷へ辿り着いていた、時刻は午前3:00に差し掛かり直に夜が明ける。物音で起きてきた者から二人を迎え、リュミエルがウェインの体を受け取ると腕に抱えあげ暖炉の焚いてある居間へと運んだ、ソレィユはお湯の入ったボールと清潔なタオルを持ち運ぶ。


血相を変えたベロニカもその場に飛んできた。

皆それぞれ寝間着だった、アレニエもすぐに帰って来たがシャーロットはいない。暖炉の前に毛布を敷いて、それからその上にウェインの体を仰向けに寝かせる。そして各自で全力の介抱がはじまった。服を脱がしている最中に、垣間見える痣の数に一同は言葉を失った。


お湯で湿らせたタオルで体を拭っていく、アレニエが折れた左足を中心に治癒魔法を注いで、その後にサイラスは抗炎症作用の働く薬を全身に塗り込んだ。あたたかいようなこそばゆい感触に誠は目を薄く開ける、しかしまだ力が入らない。注射器にベロニカの血を吸わせ飲ませられ、喉の渇きが潤った。それに心地良くなり、結局また眠りに落ちていく。


2時間ほど経ち、誠は目覚める。まだ居間にいた。

この部屋には窓がないので外の明るさはわからない。暖炉の火はいつの間にか消えていて、かわりに火竜の鱗が燃えながらストーブの中で部屋全体を温めている。皆は絨毯の上でウェインの体を囲むように、色んな寝相をつけ眠っていた。ベロニカはすぐ隣に寝そべっている、目の下が赤く腫れていて髪を撫でたら寝たまま子供みたいに笑った。


毛布をベロニカに被せ、上体を起こすと足早に居間を飛び出す。この時、ウェインの体はズボンだけ履かされている状態で半裸。


しかし誠の頭の中は、異世界との約束と清治の事。それと―――明らかになってしまった蛍の真実でいっぱいいっぱいだった。

リューシオルの魔女、そして操作の魔法。もしその魔法にかけられていたのであれば自身の思い出の全てが軽薄に思えた。階段を登っていく、はあっと肩で息を一度吐くと中段で立ち止まり壁を拳で殴った。


「…ッざけんなよ」


久しぶりに再会した父親は最低なやつで、最悪でも母親だと思い過ごしてきた人物は赤の他人。楽しい記憶も辛い記憶も、どれが本当のものなのか今となってはわからない。消えてしまいたい、もうウェインに全て吸収されてもいい。どんどん無気力に、卑屈になって墜ちてしまいそうだった。


衝撃を与えた壁の一部には亀裂が入ってしまった、しかし、誠は気にも留めなかった。拳を引き摺るように降ろすとそのままウェインの自室へ向かって歩く。


考えればウェインも被害者なんだ、誠は湿っぽい目尻を拭いながら思う。もし誠が残ってしまった場合は事情を知らずともサイラス達にとって悲劇だ、そしてウェインを演じながらウェインで生きるのは嫌だった。自室に入ると、窓は分厚いカーテンで仕切られ真っ暗だった。扉を閉める、そしてベッドに誰かが座っているのに今更気付く。


「起きたのね、おはよう」


シャーロットだった。ウェインの瞳は暗闇でもよく見える、しっかり化粧をしているからか顔色は良いのか悪いのかわからない。寝間着のようなドレスを着ていて、サイラスが絶賛する通り美しい女性だと思えた。見た目が若い母親なのはそうだが、ウェインのお姉さんと言われても多分信じる。


「こっちにきて」


呼ばれるまま歩み寄る、シャーロットは自身のすぐ隣のシーツを撫でた。ここに座れと促している、なので誠は体一つ分空けてそこへ座った。安定感のあるスプリングマットレスが軋む、体重分沈んでいく。


「…調子は、どう?」


ウェイン、早く出てこいよ。と、誠は苛立ちながら俯いてしぶしぶ会話をする事にした。少し1人の時間が欲しかった、これは予想外だ。


「ええ、平気。あなたは?」


シャーロットの物言いは、どこか違和感のある返しであった。


「…皆が、手当してくれたから」


――――ドサッ


唐突に、シャーロットはウェインの体を抱き締めながらベッドに横向きに倒れてしまう。石鹸の良い香りが鼻をくすぐった。


「なにをっ」


これも予想外の動きだったために、目を見開いて焦った。

誠は逃げだそうと必死に藻搔く。


「普段、こんな風に抱き締めさせてくれないのよ。ウェインは」


シャーロットは顔を寄せて、睫をまばたかせながら青い瞳で覗き込んできた。


「え…その、僕」


「別の誰かが一緒にいるんだなって、気付いていたの」


悪戯っぽくシャーロットは笑った。

なんと言って良いかわからずに、誠は目を伏せて数秒押し黙る。


「…その、何か悪いさする悪魔とかではないので」


視線を合わせながら怖々に口を開いた、心臓が早鐘を打つ。


「僕には体はない…だけどシノノメと同じ世界から来た。でも、黙ってる方がいいと思って…ごめんなさい」


シャーロットは頷く、そして柔らかく笑った。


「ここの皆は心配性だから、混乱させたくなかったのよね。シノノメはこっちでかなり苦労している事もあって…だからあなたが嫌な思いをしないようにと気を遣ったのね」


優しく語りかけ、そしてひよこ色の髪を撫でた。感情というものは不思議なもので、弱っている時に優しくされたら過剰に取り乱し取り留める事ができなくなっていく。不可抗力。誠はいまとても弱っていた、誰かに抱きしめてほしかったのかもしれない。涙を堪えるよう、瞳をギュッと瞑ると耳を傾けた。


「なぜ泣いているの」


背中をさすられ、もうそこから誠は決壊していた。

途切れ途切れに、誠は言いたい言葉をかき集め形にしていく。


「――――…みんながっ無事で…本当に良かったッて」


言い切った、これは誠だけの言葉ではない。

このあたたかな場所を守れて本当に良かった、シャーロットの腕の中で声を殺して泣いた。ウェインはずるい、いまきっと一緒に泣いているくせに表に出てきやしない。情けない姿は極力、誠に押し付ける魂胆だ。そして、泣いて等いないと後ですかすのだろう。


でもウェインはあの時、大きなプライドを一瞬でへし折ってでも守りたいものがここにはたくさんあった。だから今、こうやって感情が2人分溢れだしている。安堵した。大粒の涙が、シーツとシャーロットの胸元をぬらしていった。


「きっとあなたのおかげで、私はこうやってまた息子を抱きしめられるのね」


有り難う、と静かにシャーロットは言う。誠から嗚咽が漏れた、まだ気付いていないが扉の外ではサイラスが立っていた。腕を組みながらその場に寄りかかり、困ったような顔をして笑っている。手の中には、ウェインが誠に宛てて書いたメモが握られていた。どのみちウェインの両親は、遅かれ早かれ気付いていたわけだ。だってこんなにも、お互いを大切に思っているのだから。


それから、ウェインの自室の外では足音が次第に増えてきた。


「ウェイン様!」

「ウェイン!」


「こらこらみんな、まだウェインは病み上がりなんだから―――。」


にぎやかな屋敷に、いつも通りの平和な朝がおとずれた。

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この異世界は最低最悪なバッドエンドを愛している、なので「俺」が切り裂いてハッピーエンドにしたいと思います。 逢乙 @mofumofumagic

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