〈16-2〉

「ほお、入れ替われるのか」


「…無理矢理入れ替わっても、不規則に意識の入れ替わりが発生している。俺は、それに、かなり苛ついてんだよッ」


ふうん、と清治は興味深いように唇を尖らせながら頷き、腕を降ろすと石碑の真ん前に移動した。石碑は荒削ったティアドロップ型をしていて、目を凝らすと何かまじない文字が彫られている。ウェインは凄んだ目つきで相手の動きをただ視線でなぞっていく。


「どうしようかなあ」


「なに…?」


「…だって君、神様の前でさぁ。さすがに、その態度はないかなって」


「じゃあ、俺が膝に泥つけて頼み込めば聞いてくれるとでも?」


「どうだろうなあ」


清治の瞳に光りはなく、冷たく視線を流した。ウェインは鼻で笑い返す。


「おまえは、さぞ自分が賢いのだと勘違いをしているようだが。欲深さで神を裏切った事に関して、俺はとくに何も思わん。だが、帰る場所も家族も忘れて快楽にまみれたおまえは…そうだな、最底辺のゴブリン以下だ」


「ウェインくん…君は、勇者の内情に詳しいみたいだね」


ウェインの挑発に、清治の眉がピクリと痙攣を引き起こす。黄金の瞳は細く笑い、言葉をさらに続けていく。


「俺には、おまえたち勇者に詳しい優秀な世話係がいるからな」


清治は小さく頷いて、静かに聞いていた。


「とにかくおまえは、強大な力を手に入れてしまい気持ちよく溺れてしまったのだろう」


「はっきり言ってごらんよ」


返答に含まれた微かな苛立ち、それをウェインは見逃さずに愉快な気持ちになると肩を震わせ笑い出した。


「クッ…アッハハハ。与えられたであろうその素晴らしい能力に、ケツ掘られて喜んでるくせに滑稽だって。そう、言ってやってんだよ―――」


言い捨てると同時に、ウェインの瞳の水晶体からオーラの火花が弾け飛んだ。魔力が全身に駆け巡る、雛色の髪が金色こんじきの粒子に揺らめきながらまばらに持ち上がた、そしてついにリボルバーが口火を切った。それは6発分込められた魔力の弾丸、鋭い光線を真っ直ぐに描いていた。トリガーを弾くたび、シリンダーが回転しながら解き放つ。全力で、清治めがけて撃ち込まれる。


――――バキィ!バキ…ッバキィッ!


車のフロントガラスが叩き割れるような音が周辺に撒き散らされる、清治はウェインの銃弾を…―――全て、防いだ。透けた金箔の六甲文様で生成された球体に全身を覆いながら、それはシールドのようだった。ウェインの喰らわした6発は表面で激しく回転し、それから勢いを失うと消失した。


「いやあ~本当に撃ったね、危ない危ない。つまりだ、僕が恵まれすぎた事について嫉妬しているというわけだ。だけど、考えてもごらん?いくら能力があっても馬鹿には使いこなせない、そうだろ――。」


不敵な笑みを浮かべる清治、しかしそう喋りだす前にウェインは地を蹴り上げ宙を舞っていた。手に握られたままのリボルバーは煌々と激しい光を帯びている、魔力を金属全体に込め硬化させる。それから間合いに飛び込むと大きく振りかぶり、渾身の一撃でぶん殴る。


「おさがりの力で、粋がるなよ恥ずかしい」


―――バァァァンッ!


リボルバーに圧縮された魔力が爆ぜ、爆風が巻き起こる。シールドが粉々に吹き飛び、辺りの積雪を巻き上げながら丘全体を光が目映く照らし上げる。それに煽られ顔を覆ったフードが後ろへとひっくり返った。ウェインは着地し、清治の股ぐらから背後へ滑り込む。それから後頭部へ銃口を向けると、冷たい言葉を浴びせてやった。


「死ねよ」


しかし、トリガーを引き込んだ刹那。現れた第三者が背に覆い被さりリボルバーを弾き落としてしまう。方向が反れた魔弾まだんは清治の頬を掠める、ニヤリ口許は笑っていた。肌は切れている、だが少しの血も流れ落ちない―――ウェインの顔から血の気が引いた。


「…チィッ!」


羽交い締めとなった自身の体に舌打ちをし、そして全魔力を振り絞るかのように解き放った放射圧、それにより背後の絡みが解ける。この隙をついた自由を見逃さず、素早く真横へ飛び退いて草木の上を滑り込みそして蹴り上げた。この場から、一気に駆け出した。撤退だ、ここが引き際なのだ。結局、この神は助ける気など一切ない。


パチッ…パチパチパチッ。


清治がこの一部始終に対して、笑顔で頷きながら拍手喝采を送った。そして―――。


「「誰が…帰っていいと言ったんだ小僧」」


声は2つ、重なって聞こえた。ウェインの左足が何者かに掴まれ、バランスを崩し勢いよく前へ転倒する。咄嗟に腕で受け身を取り衝撃を緩めるが、そのまま来た道を凄い力で引きずられた直後に体を宙へ放られてしまう。ウェインの大きく見開かれた瞳に怯えが映り込む、月と星を背に地形を見下ろしていた。そこには清治の他にもう1人少女がいる。仲良く手を繋いで、ウェインを見上げていた。

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