〈14-2〉
―――暗い、ここはいったい…いま僕は…夢を見ている?
「おい」
声だ、周囲を見渡す。それから暗闇が晴れて景色が鮮明になっていく。ここは風神達と出会ったファミレスのようにも思えるが、少し違った。色彩がなく、モノクロフィルムの中にいるようだった。
「誰?」
純粋な問い掛けをした。すると溜息混じりの、少し苛立ったような声を返してくる。
「…居候が、あまり寝惚けるな」
後方のテーブル席に視線をうつした。そこには雛色の髪、黄金の瞳、あざと過ぎる整った顔立ちの少年。眉を潜め生意気そうに凄んでいるのは、紛れもなくウェイン・ギャラガーだった。服装は今日着た装いのままだ。
つまり、今、誠は誠としてその空間に存在している事になる。
自身の姿を出来る限り確認した、顔は当然見えないがどういうわけか体は幼くなっているようだった。Tシャツと短パン、履きなれたスニーカー。少しずつ思い出す、これは小学生の頃よく着ていたものだ。胸辺りにプリントされたアニメの猫のキャラクターを手前に引き延ばすと懐かしんで眺めた。
その刹那、体が後ろに大きくよろけた。ウェインが背後に佇み、頭髪を力強く引っ張っていたのだ。
「聞いているのか」
「…っ痛いって、離せよ!」
誠は顔を顰めると苛立って腕を振り回した、ウェインはそれをかわして身軽に飛び退く。
「まあ良い、入り込まれたお陰で俺にまとわりついた呪いは吹き飛んだようだからな」
「一応、話すのはこれが初めてだろ…酷い挨拶だな」
「…それにしても奇妙な場所だ、お前の潜在意識の中とでも言うのか」
ウェインは一瞥し鼻で笑うと誠を無視した、物珍しげに周囲を観察する。ローファーを鳴らしながらファミレスのタイルを歩き回る、なんならちょっとだけスキップをしていた。
「ねえ、例え方はよくわからないんだけど…なんで表に出てこない?」
誠はその様子を目で追いながら疑問をぶつけた、ウェインの足がドリンクコーナー前で止まる。
「バカなのかお前、そんなの決まってんだろ…また同じようにやられては困るからだ。お前は呪い受けの、盾のような存在なんだよ」
「…は?」
「代わろうと思えばいつでも出来る…でも今はまだしない、それだけの事だ」
ウェインは可愛げのない澄ました顔をしていた、なんて口の悪さだこの野郎と誠は拳をつくる。
「魔女の呪いを受けた者は、本来ならば魂まで蝕まれ消えるんだ。俺のように運良く消えずにとどまれるのは少数派…ああ、もしかして…ベロニカのおかげかもしれんがな」
ウェインは途中独り言のようにぼやきながら、誠の方を見遣るとニヤついてみせた。
「勝手に理解してないで、説明してくれよ」
「…頼み方があるだろう?ガキが、あまり凄むな」
「っガキはお前もだろ!」
売り言葉に買い言葉。誠がそう言い放った瞬間、ウェインの顔が1センチ程の距離まで詰められていた。胸倉を勢いよく掴まれティーシャツの猫が細くなる、そしてそのまま後ろ足で床を蹴り上げた暴君は加速し、壁際へ誠の背をドンッと押し込んだ。
「―――お前は一体、誰に物を言ってるつもりなんだッ」
ウェインは獣のように低く唸った、黄金の瞳は興奮気味にギラついている、驚いて何も言えない人の子をしっかりとらえ映し出していた。誠は後頭部を打ち付け少し朦朧としていた。この空間は感覚がリアルだ。
「そうだ、この俺の体について少しアドバイスしておかないとな」
「な…なに」
「ベロニカの給仕はなるべく多くしてもらえ、じゃないと人ひとりすら殺せん」
「乱暴なんだな、ウェイン・ギャラガーってやつは」
「お前…やはりバカなのだな」
ウェインは目を細めると煽ってきた、それを誠は睨み付ける。
「今夜…神に、あの勇者に会いに行くのだろう?」
「盗み聞きしてたのか?寝たふりしやがって悪趣味な奴。パパに顔ぐらい見せてやれよ」
言いながら、ウェインのように誠も口が少し悪くなっている事に気が付く。ハッとして息を呑んだ。
「…俺は無駄な事はしない。とにかく、行く前にもしもの時は逃げ出せるぐらいの準備をしろと言っている」
ウェインは素っ気ない声を出し、冷めた目をしていた。そして言葉を続けた。
「あと、給仕の時は…もう少し強く噛んだ方が良いな」
「何かそれで変わるのか?」
ウェインはまばたきすると微笑んだ、そして誠の耳許に唇を寄せると囁く。
「――その方が…俺の可愛いベロニカは喜ぶからだよ」
誠は目を見開き、その顔を振り払うように暴れた。ウェインは愉快そうに笑いながらまた飛び退いた。そのまま誠は息を切らして叫ぶ。
「それはお前のっ…変態趣味だろ!」
ウェインは目を丸くした直後に吹きだした。
「おかしな事をいうな…皆それぞれ生まれ持った性癖というものがある、お前にも。そして傍に置いて、その者が望むように愛でてやる行為はとても尊いと思わないか」
こいつ、何言ってやがるんだ。と、誠は理解に苦しむ。血の気が引いた表情でただ打ち震えた。そして思い出すかのように恍惚と語るウェインをただ見つめていた。
「はあ、もう良い…おまえとは会話が楽しめん。とにかく、さっき俺に言われた事は絶対に忘れるなよ…――――」
誠の反応に目頭を揉みながらウェインは溜息を吐いた。そして、その姿もやがて霞んでいく。意識が覚醒したのだ、気付くと誠は再びウェインになっていた。床にはまだ倒れたままだった。うつ伏せの体を起こしていくと、どこかにぶつけたような痛みが走る。さっきのは夢なのか、それとも本人と実際に話したのかはよくわからない。
壁の時計を見遣ると13時過ぎていた。そこまで時間は経っていないように思える、とりあえず安堵した。
そして考える、いくらベロニカが強くてもやはり連れて行くのはよくないのではと。もしさっきのが、ウェインと話したという事になるのなら神は警戒すべき存在なのだろう。自身の父親かもしれないという可能性と、同郷のよしみ的な親切を期待した甘えの気持ちが強すぎて麻痺していたかもしれない。
そもそも今日はまだ行く気は無かった。
しかしベロニカのあの勢いだと、断る隙も与えられずきっと連れ去られるだろう。なら訪問される前に先に出ていくしかない、いや、凄まじい速度で追跡されて同じ事かもしれない。どうしよう、と頭が痛かった。
気分転換に部屋を物色してみる事にした。書斎机の一番下の引き出しを開くと驚いた、そこで見付かったのは箱形に詰め込めるだけ詰め込んだ大量のリボルバーだった。
一丁手に取ってみる、それは小型でウェインにはよく馴染んだ。引き金と銃口に気を付けながら両掌の上で転がしながら観察する、装填の手間があまりかからない回転式拳銃のようだ。誠はもちろん触れた事のない代物、だがこの体の持ち主は仕組みを良く理解しているようであった。
そして思い切って全ての弾倉の中身を確認した結果、弾は入っていなかった。弾の装填穴が6つあった。机上に全て並んでしまうと物々しい雰囲気が漂っている、そして表面に目を凝らすと銃はどれも傷だらけで古い事に気付く。
「…戦利品とか?」
誠が入り込む前のウェイン本人の趣味なのかそれとも、勇者勢力含む人間たちとの抗争中に得た思い入れのあるコレクションなのか。物色中に見つけたホルダーつきの革のガンベルトにそれを差し込んで、いつでも持ち出せるようにベットの下に潜り込ませた。弾はそのうち見付かるかもしれない。
そして簡単にだが、ベロニカを撒くための作戦を思いつく。
ウェインがベロニカを逆に迎えに行くという事にしよう。時間も嘘を教え、自身はその時間よりかなり前に出てしまえば大丈夫。そして部屋は出来る限り封鎖して、窓からなんとか脱出する。サイラスとの約束は守れそうもない、けど約束したのはウェインだ。
誠は、そんな約束なんて知らない。
良心は痛むがしょうがないだろう。そんな風に、なんだか少しだけずる賢くなっていた。いや、少し、いじけているだけかもしれない。
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