第10話 またもまずいことに
その後の展開は早かった。一週間と経たず、全ての証拠を抑えている美波、第三者として事の顛末を見届けた環の存在が決め手となって内田は懲戒解雇となり、事実が露呈して間もなくイジメの主犯である土生柚木初め二名が停学の後に自主退学となった。
ついでに言うと、四人が学校を抜け出したことについての反省文は原稿用紙二百枚を超え、その大量の文章の実に八割以上が彼らの反省についてではなく岳のイジメを告発するものになっていた。
それはもはや反省文ではないので当然叱られ書き直したが、初めはできるだけイジメのことを揉み消そうとしていた学校側にとって、四人の反省文全ての締めくくりに使われた「もしここでイジメが解決しないのであれば、やはりSNSで拡散ついで裁判でしょうか」という一文はそれなりに怖いものだったであろう。
そして岳はそれらことを土生退学後に知り、久しぶりに学校に登校した。
「あ、おはよう、岳!」
その名前がクラスで本人に向けて放たれたのは、岳の不登校開始日から数えて実に一ヶ月ぶりである。岳は久しぶりに聞いた慶の声に少し驚いて、彼の方を見た。
「岳、おはよう!」
「久しぶりだね!」
「ノート貸したげる!」
夏南、もも、優奈もすぐに岳に近寄る。
「……うん。おはよう!」
岳は自身の名前を呼んだ四人に向かって、にこりと笑った。
「いやー、懐かしいね。あれからもう…二年?」
「昨日一昨日のことみたいに覚えてるのに、不思議なもんだよね」
ももと優奈は二人で笑いながら、意識を現在に呼び戻す。
「カフェモカのエェェムサイズのお客様ァァァァ!」
「ああっ、ごめんなさい!」
「キャラメルラテのLサイズのお客様もォ!」
「すみません、すみません!」
慌てて商品を受け取る二人。
「ごゆっくりどうぞー」
ゆっくりしてほしいなら怒鳴るなよ、なんて考えながら慶と夏南のいる席に向かった。
「お待たせー」
「いやぁ、本当待ったよ!」
夏南が冗談っぽく笑う。
「二人は何買ったの?ってか、もものやつデカイな」
「私はカフェモカ」
「私はキャラメルマキアートのL!」
「やっぱりLか……」
「いいなぁ、ももLサイズかぁ。一口くれよ」
慶が立ち上がり、喉から手が五、六本出てきそうな表情でももを見つめる。
「あげないよ!そんなに飲みたいなら、もっと大きいの買えばよかったじゃん!」
「ワンサイズ上を買う金が無かったんだよ!」
「知らないよ!」
ちぇーっ、ケチ、と呟きながら席に座って雑談を始める。
それは、実に楽しい時間であった。四人全員が全てを忘れ、世間話が盛り上がり、思い出話に花が咲いた。そこには、やれ成人したという自覚を持てだのやれ学校の顔なんだからだのと言う鬼畜の影など微塵もなく、四人はただ純粋に会話を楽しんだ。
どれ程の時間、そうしていただろうか。
「──あ」
何やら、見覚えのある女性が店に入ってきた。
「──あ」
その女性も、慶を見て声を漏らす。
慶を、というか、慶たちを見て。
「なーんか見覚えのある集団だなぁ。卒業を目の前にして反省文が恋しくなったのかー?」
「ま、間壁先生!?違うんですよ、これは……」
「何が違うってんだ、えぇ?学校を抜け出すどころかサボりやがって!それに、今回のこれは言い訳できねぇぞ!」
脳筋美女と言われている割には、般若も半泣きで逃げ出すような顔をしているし、脳筋の良心枠と言われている割には、死神よりも怖い。あだ名というものはつけられている人の全てを反映することがあるが、どうやら間壁のあだ名はそうではないようだ。
「それじゃあ、学校行こうか!」
彼女は静かに言うと、四人の首根っこを掴む。腕二本で器用に行うものだと、優奈は変に感心した。
「全力で走るから、振り落とさんなよ!」
外に出ると、間壁は走る構えをとりながら言った。
「え、全力で走るって……」
「例の、四キロ二分の──」
「レッツゴー!」
「えっ!?うわっ早い!ぶつかる!怖い!」
「お願い待って間壁先生ちょっとねぇぇええ!」
間壁に捕まった四人が高校の敷地に入ってすぐ、十二時四十分を全校生徒に伝えるチャイムが聞こえた。
今日は午前授業であり、十二時四十分とは即ち生徒の下校時刻のことであった。
「あーあー……学校終わっちゃったよ」
間壁は右手に捕まえていた慶と夏南を開放し、その右手で頭を掻く。
「まあ、反省文だけ書いていこうか」
逃げ出そうとしていた慶は「ひゃいっ」と変な声を出す。
「つっても、私らも卒業式の準備とかで忙しいし、どうすっかなあ……」
「なら明日にしましょう!ね!」
「君らにつける先生は一人しかいないからなぁ」
「いるのかよ……」
「でも、今は他の生徒の反省文見守ってるし」
「ならやっぱり明日に」
「そうだ。君たちもB組であいつと一緒に反省文書いてきな」
自分らで行かないならまた引っ張ってくよ、と満面の笑みで言う間壁。
「……自分らで行くんで私らも開放して下さい」
宙吊りのももの声は、少しだけ震えていた。
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