第9話 闇を暴け
それから二分程経っただろうか。日下部高校の一年Ꮯ組で怒号が響いた。
「内田先生ッ!!」
「間壁先生、何ですか騒がし」
「いいからちょっと来てください!!」
スーツの中からネクタイを取り出して掴む。
「そこの君たちは自習!先生が勝手に決めたことだから、バレないように静かにやること!」
間壁はそれだけ言うと、早速騒ぎ出した生徒たちを他所にネクタイを力強く握りしめて教室を飛び出した。
「待って!ストップ!間壁先生ストップ!」
引きずられながら、内田は叫ぶ。
「首締まる!死んじゃう!死んじゃう!!」
しかし、間壁はそれら全てを無視する。
「ほら、職員室まで位自分で歩け──」
職員室の前を通り過ぎる二人。
「え?もしかして、外……?」
ガラガラッと扉を開け、外に出る。
「待って!ねぇ!何処に行くんですか!!」
無視。
「ねぇ!ちょっと!!」
段々と内田の顔色も変わってくる。
「本当に怒りますよ!!」
間壁は、全てを無視する。
「こんなことをしたら貴女がどんな処分になるか、わかってるんですか!?」
「わかりませんよ」
遂に言葉を返した。そして、それと同時に内田を猫車に投げ込む。
いつの間にやら、学校の畑まで引きずられていたらしい。
「でも、生徒のために処分を受けるなら本望だ」
「え」
猫車の持ち手を強く握りしめる。
「ほら内田先生、覚悟してください。飛ばしますからね!!!」
「飛ばすってちょっと待ぁああああああああ!!」
岳が下に降りて来たので取り敢えず皆でお茶でもと美波が湯を沸かしていたその時、外からドンガラガッシャンウギャーチョットマカベセンセーと、何やらとんでもない音がした。
直後、玄関のベルを誰かが十六連打する。
「お待たせしました!担任、連れてきました!!」
「えっ、早くない!?」
驚きながら美波が扉を開ける。
そこには息を切らす間壁と、泥まみれの内田がいた。
「や、やあ美波くん。久しいね」
肩の土汚れを軽く払いながら、内田は微笑する。
美波はそれを見て僅かに身震いした。
「内田、先生……」
「えっ。美波さん、お知り合いなんですか?」
「ま、まあね。私が高校生だったときの担任も内田先生だったのよ」
「そうなんだよ。先生も長年教師やってるからね。それで、間壁先生にここまで連れて来られたんだけど、如何したっていうんだい?」
息もまだ整っていない癖に、涼しい顔でメガネを直しながら、少し冷たく言う。
「如何したって、内田先生」
美波の右拳が強く握られた。
「よくもまあ、そんな飄々と言えたものですね。岳のイジメを見逃していらっしゃったのでしょう?」
その目の奥に秘められた怒りは、弟のイジメとは異なる何かに対したものでもあるように感じられる。
「……は?イジメ?」
内田は鼻で笑った。
「全く、何を言うかと思えば…」
「白を切る気ですか!!」
叫ぶ。
「いやいや、白を切るも何も。何の話だかさっぱりだよ」
嘲るように笑う。
「岳、この場でもう一度教えてあげて」
岳はコクリと頷いた。
「俺、一度だけ内田先生にイジメの話をしたことがあるんです。土生にイジメられてるので助けてくださいって。でも、そしたら断られました」
「それは何故?」
美波は誘導するように訊く。
「……寄付金を、渡していないから」
私立学校にのみ存在する寄付金。あくまで学校への気持ちであるため、払う義務は無い。──あくまで、義務は。
「はぁ!?そんな馬鹿な!!」
あまりの驚きで間壁は変な声を出す。
「そんなことで!?ありえない!!」
そしてその驚きは怒りへと変貌し、内田の胸倉を掴んだ。
「どういうことですか内田先生!!」
「ちょっと、離してくださいよ」
内田はヘラヘラとした態度で間壁に言う。
「ほら、そんなに乱暴されたら警察呼んじゃうかも」
間壁は携帯電話を取り出してニタニとタする内田を見て怖気づき、手を離した。
「それで、何だっけ。岳がイジメの相談を俺にしてきた?」
口調が、段々と荒くなる。
「良くないなぁ、姉弟揃って嘘つくなんて。何時、何処で俺に相談した?それを誰か聞いていたのか?」
「先週の木曜日の放課後に、教室で話したじゃないですか!……俺と先生しか、いなかったけど」
「『二人きりで話した』なんて、嘘つきの常套句じゃないか。証明できないことくっちゃべってんじゃねぇぞこの詐欺師!」
全員が愕然とした。誰も何も言えず、沈黙がもたらされる。
──その沈黙は、美波によってすぐに破られた。
「内田先生、貴方……!」
「何だよ美波くんカッカして。っていうかお前ら、もしかして俺のことをイジメを隠匿しようとした悪徳教師に仕立て上げて慰謝料でも巻き上げようとしてるのか?そんなことする前にちゃんと働けよ」
ひと呼吸、置く。
「それこそ、俺らに寄付金を渡せるくらいにさ」
まあ二十代の女で一馬力じゃ無理かー、アッハハ、と高笑いしながら美波の肩を叩く。
「あ、そうだ。金がないなら、お前が高校生の頃みたいに──」
「いい加減にしろ!!!」
怒りのあまり掴みかかろうとする美波。
しかし、彼女の力は強くない。
「この腕で、何しようってんだよ?」
伸ばされた腕をがっしりと掴み返した内田は語気を強めた。美波は何もできず、悔しそうに睨む。
「なぁ、俺訊いてんだけど」
内田はそんな美波の態度に苛立ったのか、腕をぐっと引き寄せて彼女の首を掴む。
「言えよ、なぁ!!」
そしてそのまま前後に激しく首を動かす。美波はそれに抵抗することもなく、壁に頭や体を激しく打ち付けた。内田が満足するまで振り回した後に手を離すと、彼女はドサッと床に倒れた。
そしてその後、力なくよろけながら立ち上がる。
「……やっぱり、貴方は何も変わっていない」
「──は?」
彼女の右手にはスマートフォンが握られていた。
画面をタップする。
『言えよ、なぁ!!』
スマホから流れたのは、つい先刻内田が放った言葉と、それに続く激しい衝突音であった。
「なんで、録音して──」
内田の額からダラダラと冷や汗が流れ出している。
「貴方に力では勝てないことなんて百も承知なんですよ。ただただ馬鹿正直に暴力振るわれに行ったと思いましたか?……あ、もっと前の録音も聞きますか?」
『そんなことする前にちゃんと働けよ』
「やめろ」
『それこそ、俺らに寄付金を渡せるくらいにさ』
「やめろって」
『まあ二十代の女で一馬力じゃ無理かー、アッハハ』
「頼むからやめてくれ」
『金が無いなら、お前が高校生の頃みたいに⸺』
「やめてくれっ!!!」
美波が音声を止める。
「内田先生ったら、いじめ防止対策推進法違反だけじゃなくて強要未遂までやらかしちゃって。人を詐欺師呼ばわりする前にすることがあるのでは?」
内田はガタガタと震えている。
「──あ、それだけじゃなかったか」
美波は漆黒の笑みを浮かべる。
「高校生のとき、私にしたことは覚えてますよね。貴方から言ってきたんですもんね?」
「美波さんが、高校生のとき…?」
優奈が首を傾げる。
「高校生のとき、私は内田に無理矢理──」
「やめてくれ!!俺が悪かった!だから…だから!」
そう言いながら土下座する内田を見て、美波は冷笑する。
「性的な暴行を加えられました」
「え」
「は」
誰かと、誰かが声を漏らす。
「…………」
内田は、もう何も言わない。
「そしてそれを警察に相談しようとしたときには、私以外の被害者たちとまとめて、こんなになるまでいたぶってくれましたよね」
美波が前髪をかきあげると、額には明らかに暴力が原因であろう傷跡があった。肌を元通り修復できなくなったときに作られる、ツルツルとしたあれだ。
それが、五百円硬貨位の大きさで存在していた。
──皆、絶句する。
「お前、それ、治ったって」
「えっ、本気で信じてたんですか?」
笑う美波の瞳は暗い。
「いつか、私と貴方がフェアに戦えるまで黙ってることにしてたんです。今思えば、若干悪手でしたけど」
ポケットに手を突っ込む。
「そして、来た──私が貴方と戦う時が」
何か、キラリと光るものをポケットから取り出す。
「まさか、バタフライナイフ……」
内田は脂汗を流す。
死ぬ。自身が彼女の額に投げつけた、鋭いそれで。
あの日に失くしたから、おかしいとは思っていた。
でもまさか、それを隠し持っていただなんて。
私を、同じ方法で同じ目に合わせる為に。
死ぬ──
「なわけ無いでしょう、馬鹿なんですか?」
キラリと光っていたのは、小さなバッジだった。
「私は、貴方とは違う」
それを胸元につける。
「勝負しましょう。今度は──フェアな場所で」
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