第三章.偽魔女騒動編

40.クルスとスズ

「クルス様さ、ぶっちゃけ『聖女』って何なん?」

「それは一般論の『聖女』、という意味ではないですよね?」

「せやね」



 スズ、シルとマジクの二人を買い出しに行かせてクルスさんにぶっ込むの巻。躊躇無い姿、憧れるね。

 とりあえず話の腰を折らないように、対面で机を挟んで座っている二人から少し離れてスズの近くに座る俺。邪魔はしない。



「……シルさんの件でしょうか」

「うん。シルも『聖女』の力を宿しとる可能性があるっちゅーなら気になるやん?」

「『聖女』とは『魔女』と対なる者。世界を壊す『魔女』に唯一対抗出来る存在」

「でも今は唯一ちゃうやろ? レオが結果でそれを示しとるし」

「ええ。歴史上初の出来事で教会内部は混乱してます。ああ、シルさんのことでしたら大丈夫です。手が回らないように尽くしますし、私がキチンと役割を果たせば問題無いでしょう」

「役割っちゅーと?」

「『魔女』を討つ、ということですね」



 うん、やっぱり詳細までは言わないよね。そうだろうとは思ったけど。



「『魔女』ねえ。……そういやウツノミヤの外壁上でセルキスの奴がなんか言うとったな。あいつ『魔女』になるつもりらしいで」

「それは……。いえ、どうなんでしょう。少なくとも『聖女』は後天的な才覚でなるものではなく、生まれた瞬間から『聖女』として生まれます。『魔女』は『聖女』と対と呼ばれているので『魔女』という存在になる、という発想自体私にはありませんでした」

「あのウツノミヤに現れた『千年に一度の災厄』。あれはセルキスによって呼び出された、みたいに本人は言うとったからな。これで『魔女』に近づいたみたいに言うとったわ」

「確かにあの存在は『魔女』の力の一端だという話ですが……」

「っていうかこの話、ロサリア様から聞いとらんの? ロサリア様も外壁上におったんやけど?」

「ロサリアはあの後くらいからずっと体調が優れないみたいで会ってないんですよね」



 ロサリアさんマジか。そういやあれ以来会ってないな。大丈夫だろうか。



「そういやセルキスになんか液体掛けられとったな……。アレの影響やろうか。んー……セルキスかあ。あいつも大概怪しいからなあ」

「『魔女』について何らかを知っている可能性がある、ということですね。でしたら教会の力も使いましょう。ロサリアからの証言もあれば間違いなく教会は動きます」

「ええの?」

「勿論。というか本来教会の仕事ですから」

「セルキス捕まえるなら協力するよ」

「ありがとうございますレオさん。あの人もふざけてますけど実力は確かなので助かります」

「荒事なら任せときなって」

「はい、お任せします」



 そんな話をした後、すぐにクルスさんは帰って行った。

 買い出しから戻ったシルとマジクが不思議そうにしてたくらいだ。



「そういやシル、『聖女』かも知れないんやって?」



 と、スズはシルにも話を切り出した。ある程度はオープンにする方向らしい。



「あー、遺跡入れちゃった件、かな? うん。ちょっと力はあるかもってクルスちゃんも言ってた。私がしっかり『聖女』やってるから気にしなくていいよって言ってたけど」

「シル、『聖女』なの?」

「いやー、ちゃんとした力は無いから『聖女』とは言えないんじゃないかなあ」

「『聖女』なのに『聖女』じゃない? ややこしいね」

「確かに」



 マジクの言葉に俺は激しく同意する。



「あ、でもそれならレオだって『聖女』じゃない? 遺跡入れたし」

「いや俺はほら、シルの付与魔導掛かってたから入れただけじゃない?」

「え、あの遺跡入口の人の魔力探るみたいな仕掛けあったでしょ? アレで私の付与魔導剥がされちゃってたよ? だからレオ、遺跡の中でクルスさんの手刀で気絶しちゃって」

「……え、俺あの時シルの付与魔導抜きだったの?」



「そうだけど。あ、言ってなかった?」



 新事実発覚。

 え、俺も『聖女』なん? スズが頭抱えちゃったんだけど。



「レオ、男じゃなかった?」

「マジク、俺は男だ。あれだよ。『聖女』もジェンダーレスの時代なんだ」

「言うとる場合か」

「お揃いだねー。『聖女』様はクルスちゃんがしっかりやってるから大丈夫大丈夫」



 うん。まあ『聖女』ってのが特殊な力を示す名前であって、歴史上女性しかいなかったから『聖女』と呼ばれているだけとかなんだろうな。別に『聖人』とかでも良いわけで。

 そこは大して問題じゃなさそうだけど。



「あ、そうだ。レオ、こっちに戻ったら顔を出せって師匠から手紙が届いてたんだけど一緒に行く?」

「ああ、勿論行くよ」



 というわけで、俺はまずはシルの師匠であるリィナの所に向かうこととなった。










「レオっちが先にシルの師匠のとこに行っとるうちに、ちょっとでも情報集めとこか」



 タオの街にも聖堂教会の大きな支部がある。とりあえずはそこから、と夜にマジクを置いてパーティーハウスを出たスズを待っていたかのようにクルスが教会の扉の前に立っていた。



「危ないので辞めておいた良いかと」

「お見通しってこと?」

「まあ、昼にあんな話をした後ですから。貴女ならすぐに動くかと」

「ウチも焦り過ぎって訳か」

「なので堂々と入って私とお茶でもしませんか?」



 クルスの意図は読めなかったが、スズは誘いに乗った。

 教会の応接室に通されたスズは応接室を見渡したが、随分と飾り気のない、言ってしまえば応接室というには随分と質素な部屋だ。



「で、なんでウチを通したん?」

「いえ、私『白獅子』と敵対するつもりないので。ちゃんと話をするべきかと。スズさんは何故教会に忍び込もうとしたのですか? 貴女が欲しがりそうなものは当教会には何もないと思うのですが」



 スズの目の前にクルスの淹れた紅茶を出される。

 クルスが正面に座ると、スズはその紅茶を一口啜った。



「ちなみに力という意味では、『白獅子』の中で教会が最も警戒しているのはスズさんですよ」

「は? ウチなん? なんで?」

「教会は力を持つ者に関しては調べますからね。レオさんは確かに戦闘センスが非常に高いですが、魔力は皆無。マジクちゃんはかなり警戒されてはいますね。ミックスルーツとはいえ黒髪に赤眼の魔族といえば先代魔王と同じ。あの強大な魔力はその血筋ではとの見方もあるくらいです。シルちゃんはレオさん限定の付与魔導は限定的過ぎるとの評価からは脱しませんが、シルちゃんの付与魔導に関してはそれくらいはやるだろうとの見方が強いです」

「ん? 全然分からん。なんで?」

「シルちゃんの師匠のリィナ様は先代『勇者』パーティの一員の大魔導士にして、先代『聖女』の護衛を務めた伝説的なお方ですから。リィナ様のお弟子さんならそれくらいはやるだろうと」

「あのロリばあちゃん、そんなに凄かったんか……」

「という訳で、レオさんやシルちゃんは限定的な強さ。シルちゃん、マジクちゃんについては強さの背景が見えるという点があるのですが、スズさんにはない」

「ウチみたいな戦闘能力皆無な人間捕まえてそれ?」

「その代わりではないですが、得ている能力が高過ぎる。しかもその背景がない。『突然変異』的な力を持つスズさんは教会にとって警戒に値するらしいです」

「ウチになんか盗まれたくないもんでもあるっちゅー話かと思ったらそういった話じゃないんやな……」

「ええ。むしろ『怪盗ルミナーレ』としてスズさんが活動している間は教会は何もしませんよ。『怪盗ルミナーレ』の行為自体は決して褒めることは出来ませんが、多くの人が救われていますし、正しい行いをしている教会には多額の寄付をしてくださっていますしね?」

「そういうつもりで寄付しとったんちゃうけどなあ」

「分かっていますよ」

「……にしても、そういう話があるってことは『白獅子』ってめっちゃ教会に警戒されとんの?」

「ですから私が『白獅子』のパーティーハウスによくいるんでしょうね」

「ああ、なるほど。クルス様、教会の目から助けてくれとったんか」

「もちろんそれだけじゃありませんよ? 私皆さんのこと好きですし」

「いや、感謝せなアカンのやろうな……。その話だけでも助かるけど」



 クルスの淹れた紅茶を手に取りもう一口啜ってからスズは意を決して話す。



「『聖女』と『魔女』に関する情報が少しでも欲しい。シルの命と、アンタの命も懸かっとるかも知れんのやろ?」



 クルスの行動に対して正直に言うべきと判断したスズは、隠さずに伝えた。

 目を閉じ、少し考える素振りを見せた後、クルスは口を開いた。



「つまり……、レオさんが遺跡で読んだ先代『聖女』の書物に『聖女』と『魔女』について書かれた文があったということなんでしょうね。それでシルさんの身を案じて動き出した、と」

「アンタもやろ」

「私は別に……。その為に生きているので」

「それでええんか?」

「いいんです、今更ですから。そうですね……。私の見解で良ければ」

「お願いするわ」

「シルさんは確かに『聖女』の力の一部を持っていると思われます。ですがそれはシルさんの魔力のほんの一部である、というのが私の認識です。私が『魔女』討伐を遂行した際、シルさんの中の『聖女』の力は消えるでしょうが、それはほんの一部。シルさんの命には影響はないかと」



 クルスはそう言って微笑んだ。それは新しく得た友人を思っての笑み。

 その笑顔を見たスズの胸は痛んだ。



「なら遺跡に入る際にレオっちに掛けてあったシルの付与魔導、かき消されとったのは知っとるか?」

「どういう……ことでしょう」

「どういうこともなんも、レオっちは素で遺跡に入ったっちゅーことやな」

「そんな。レオさんはその辺の生ゴミよりも魔力反応がない正真正銘の無能のはずなのに」

「うん。まあレオっちの魔力に関してはウチも否定出来んのやけど」

「でしたら何故レオさんが遺跡に入れたかは定かではありませんが……。レオさんがその辺のチリほどの『聖女』の魔力を宿していたとして……。レオさんは他の魔力は欠片も持っていませんから……」

「クルス様と共に亡くなる、可能性が高いっちゅーことか」



 浅く頷いたクルスの顔は青ざめていた。

 少し躊躇ったが、スズはこの際と質問を続けた。



「教会の記録上、『聖女』が『魔女』を討つ、以外の結末はないんか?」

「……ありません。『魔女』が覚醒すれば世界に天変地異が起こり始め、世界は崩壊の道を辿るとされています。それを止めるには『魔女』の討伐の他はない、と。事実、『魔女』の覚醒の際に天変地異が起こった記録は数多く残されていますし、それは『魔女』の討伐と共に収まったとの記録は教会だけでなく各地に様々な形で残っています」

「ふむ」

「聖堂教会は『魔女』討伐の為に『聖女』を効率よく派遣する為に作られたのが始まりの組織です。世界中の国に教会の支部があるのも、『魔女』を見つけた際に『聖女』を派遣する為に。世界の国々が考えた『魔女』を討伐する為の最も効率の良いシステムなんですよ。最も、歴史も長い教会ですから、各地域における教育や奉仕活動を通して、もはや市民にも各国にも無くてはならないものとなって立場は逆転しちゃったりしてますが」



 俯いたまま、クルスは答える。それは教会の始まりであり秘密。世界を維持する為に『聖女』を生け贄にし続けた教会の歴史。



「そんなん……そんなんおかしいやんか! なんで『聖女』だけ犠牲にならなアカンの!」

「……ありがとうございます。そういえばロサリアやレイラさんも怒ってくれましたね」

「当たり前やろ!」

「でも。そうやって守られてきたんです。この世界は。どうしようもないんです」



 死すら無かったことにする奇跡の『聖女』の悲嘆にスズは絶句する。



「ですが……。そうですか。レオさんも……」



 自分が死ぬのは当然の定め、と受け止めていたクルスであったが、レオの死の可能性も出てきたとなると話が変わる。その時がくれば『聖女』として世界を選ぶ、だろうとは思う。

 でも。

 その瞬間にレオの顔が浮かび、躊躇わないとは言い切れない。



「『魔女』について何か知っているセルキスを見つけて吐かせる、ほうが良さそうやな」

「そうですね。確かに私たちも、『魔女』については知らないことが多すぎるので」

「……よし! クルス様! 飲み行こ!」

「あ、私『状態変化無効』なのでアルコールで酔えないんですよね」

「……そういやシルも酔うてるとこ見たことないな。そういうことか。ならカジノや! ぱーっと遊ぶで!」

「いえ、流石に教会所属なのでそういったことは……」

「そのえっちぃ服着替えて変装すれば分からんて! ほら行くで!」

「え、あ、あのちょっと!」



 スズはクルスを無理矢理連れ出した。

 その夜のクルスは心底楽しそうだったという。

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