33.ココロウチ

 翌日、馬車を借りて早速ニコウへ向かうこととなった。


 城から再び訪れた迎えの人には、クルスさんが言っていた通りに「国葬が終わるまでは登城する気はない」と伝えた。

 伝えたはいいのだが、「……亡き王と私たちへの配慮でしたか。現王制にて働く者として、細やかなお心遣いに心よりお礼申し上げます」とかなんか感謝されてしまったんだがなんで? クルスさん、「あらあら」とか言いながら笑ってたんだけど? スズが「あっちゃー」って顔に手を当ててたから多分マズったよねこれ?


 ……ま、なんかあったら皆を連れて逃げればいいか。悪いことした覚えないんだけどどうしてこうなった? 報酬貰いたいだけなんだけどなあ。



「クルス様、宜しくお願いしますね」



 シルの挨拶にクルスさんが口元に手を当て少し考え、何か閃いた様子で楽しそうに帰す。



「その様付け、そろそろやめてもらえると嬉しいんですが」

「あーいや、なんというかこれで慣れちゃってて……」

「そうですか、いつでも呼び方変えて頂いて大丈夫ですよ? クルス“ちゃん”とか嬉しいかも」

「“ちゃん”!? 恐れ多いというかなんというか……」



 クルスさんはシルと仲良くなろうとしている、ように見える。まあそれはいつものことではあるのだが、この古代遺跡への巡礼への間、シルのことをずっと観察しているような気がする。しばらく悩んでいたシルが意を決した様子で口を開いた。



「……クルスちゃん」

「まあ! まあまあまあ!」



 クルスさんが本当に嬉しそうにシルの両手を手に取り上下にブンブンと振り回す。大丈夫? シルの両手もげない? 俺以外には加減がちゃんとするから大丈夫? それ俺が大丈夫じゃないよね?



「私もシルちゃんって呼んでいいですか?」

「私は全然良いけど……」

「シルちゃん!」

「クルスちゃん、えへへ、なんか照れますね」



 クルスさん、本当に嬉しそうである。クルスさんの幼なじみであるロサリアさんやレイラとも違う、くだけた友達が欲しかったんだろうか。


 クルスさんとシルを馬車のキャビンに乗せて俺が地図を片手に御者。シルが「私がやろうか?」って言ってくれたけど、シルは手綱を握ると性格がちょっとハイになるし、いつの間にかホスグルブ馬車レース最速ドライバーとか言われいてた腕を遺憾なく発揮されると速すぎて酔うし、キャビンが暴れまくって乗ってるの辛くなるので今回は俺の出番って訳。俺? 普通よ普通。出来なくはないってとこ。


 そして道中、ホヘト坂にてダッシュ軍団とかいうチームに絡まれる。チームリーダーの頭にタオル巻いた飲食屋の店長みたいな奴が、シルに馬車レースホスチェストナッツ最速の座を賭けて勝負を挑み、シルが普通に勝った。エンペラー一号とかいう馬、速かったけどなんか普通に勝ったな。というか別にホスチェストナッツ最速とか言われてもシルこっちでレースやってないと思うんだけど。いやもっと言うとホスグルブでもレースやってるのほとんど見たことないんだけどね。

 で、本当の最速はコイツとか言って他の奴が出てきた。ホヘト坂の蛇みたいな連続したショートコーナーの急坂を、馬車でショートカット出来るとかいうヤバい奴。


 ぶっちゃけなんで勝負してんだろうなって思いながら、シルが楽しそうだから良いかと眺めていたけどその勝負でシルが伝説を残した。

 「鹿が降りれる崖は馬も行けます」と言って真っ直ぐ降りていったのだ。全員唖然としたね。その馬キャビン引っ張ってるの忘れてない? 流石に義経でもやらないよそれ。伝説のレコードを叩き出したらしい(どうやってタイム計測したのかは不明)シルは見事ホスチェストナッツ最速の座を射止めたことになったらしい。


 なお負けたダッシュ軍団のタオルはクルスさんの手によって赤色に変えられておりイーノキ教に入信した模様。ねえ頭に巻いてたそれ白だったよね? どうやって色変えたん? ちょっと怖くて聞けないんだけど。なんでダッシュ軍団嬉しそうなん? どういうこと?



「楽しかったですねー」

「いやシルがいいなら良いんだけど」



 チラっと借りた馬車を見る。キャビン、ボロボロである。これ弁償だな間違いない。良く馬が無事だったと思うわ。



「シル、馬に付与魔道使った?」

「そんなことしないよ。フェアじゃないし」



 真面目。俺だったら絶対使ってるわ。そんな会話をしている俺達を、いやシルの様子をクルスさんはジーッと見つめていた



「それにしてもシルちゃんあんな無茶な騎乗しても怪我はないんですね」

「ああ、私怪我したことないんですよねえ」

「そうなんですね、私もないですよ」



 ん? いまとんでもないこと言わなかった!?



「シル、怪我したことない!?」

「んー、ない気がする」



 ……そういや、シルにかすり傷が付いているとこすら見たことない気がする!? いや基本後衛だけども生活の中でも見たことない!? クルスさんはともかくそんなことある!? クルスさんはともかく!



「だから肌綺麗なんですよー」

「私もです」



 いや二人でどや顔されても。二人はそんな話をしながらいつの間にか手を繋いでいた。シルの方からクルスさんの横に移動し自然に手を繋いでいた。クルスさんは一瞬驚いていたが、シルがクルスさんを見ながら「えへへ」と笑うと本当に嬉しそうに破顔していた。





    ◆





「失礼しますね」



 そんな謎の戦いを終え、再び馬車を走らせ始めたのだが、しばらくしてクルスさんがキャビンから御者台に移ってきた。



「あれ、シルは?」

「寝ちゃいましたね」



 後ろをチラっと覗くとぐっすり眠っているシルの様子が。さっきので疲れたのか。



「こっち狭いからキャビンの中のほうが良いと思うけど?」

「狭いから良いんじゃないですか」



 クルスさんが隣に座る。詰めても結構きつい。



「もうすぐ着くんでしょ? 古代遺跡」

「ええ、一応教会の者が警備に当たっているはずです」

「それ護衛いる?」

「護衛付けてないとうるさいんですよ」

「ああ、それは分かる気はする」



 クルスさんの立場を考えるとそれはそうか。強者過ぎてたまに忘れるわ。



「巡礼と儀式、だっけ。巡礼は分かるけど儀式って何するの?」

「遺跡の扉に祈りを捧げる、それだけですよ。それで遺跡の扉が開かれるんです。……前回は開きませんでしたけど」

「古代遺跡、なんでしょ? 壊れてんじゃないその扉。次開かなかったらぶっ壊せば?」

「流石に教会のサンクチュアリと言える場所なのでそれは出来ないです。やれるなら前回やってますよ」



 この口ぶり、ちょっとやる気あったんだな。素のパワー、ロサリアさんより上だもんな分かる。



「まあ歴代の方々は成人してから儀式を行ったらしいので前回の私の失敗は記録からは消えてるんですけどね」

「ふーん、ん? 前回は九つの時だっけ? なんで行ったの?」

「その時には私の力がお歴々と並んでいたから、とか」

「はー、やっぱスゲえんだなクルスさんって。そりゃあ鎧も握り潰すわ」

「ふふ、今この手はすぐにレオさんの頭部を掴めますが?」

「ごめんなさい」



 やめて。卵みたいに簡単に割れちゃう!



「冗談ですよ。……シルちゃんぐっすり寝てますね」

「だねえ」



 再び後ろに眼をやる。くかーと気持ち良さそうである。このボロボロの馬車で良く気持ち良さそうに寝れるなと思う。



「シルちゃんが羨ましいんです」

「シルが?」

「ええ、何か違えば私とシルちゃん、立場が入れ替わっていたんじゃないかって」

「能力がまるっと入れ替わればそうだろうけど、それは流石に……」

「……ええ、そうですね。でもそういうことを私だって考えたりしますよ。嫉妬します。黒い感情が湧き出たりもします。……でも駄目ですね。シルちゃんいい子なんです。お友達になってくれましたから」



 そんなことをいうクルスさんの顔を見たら軽口を叩けなくなった。俯いたクルスさんの顔は今まで見たことがない悲しい顔をしていたから。



「私、『聖女』辞めたいんですよね。辞められないんですけど」



 その一言は衝撃だった。立場に縛られていることは知っていた。でもかなり自由を許されていることも知っていた。そうでなければしょっちゅうウチのパーティーハウスに顔を出せはしないだろう。人々から尊敬される人。奇跡を起こす力を持つ人。そんなクルスさんの口からハッキリと聞こえた。辞めたいと。



「……今のは忘れてくださいね。誰にも言ったことないので。ロサリアやレイラさんにも内緒ですよ? お友達になってくれたんです。シルちゃんも私が守りますから」

「……分かった」



 間違いなく忘れることなんて出来ないだろうな、と思った。何故、と聞きたかったがクルスさんが話を切ったので聞けなかった。いつか理由も知る時が来るのだろうか、なんてこの時は暢気に考えていたなと思う。

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