26.ルーラン、罠にハマる

 嵌められた、と気付くのが遅すぎた。

 自分の間抜けさに思わず苦笑いをしてしまう。

 不自然な程、順調過ぎたのだ。ホスチェストナッツにおけるホンキ・ドーテの展開は。

 ホスチェストナッツにてホンキ・ドーテの展開に成功している私は、販路を更に拡げるために馬車にてウツノミヤに来た。徒歩で移動しているレオさん達より早く着いている。


 ウツノミヤにて歓待を受けた。

 必要以上だと感じたし警戒はした。

 したのだが甘かった。

 夜、豪勢なパーティーに呼ばれた。ホスチェストナッツの社交界へ複数名からの招待を受けて。そこには私以外、ホスチェストナッツで展開したホンキ・ドーテを根こそぎ奪おうとする人間しかいなかったのだ。



「ルーラン様、今宵はようこそ起こし下さいました」

「ありがとうございます。……申し訳ありません。マスカレイドパーティーだとは聞いていませんでしたので仮面を用意しておりませんわ」

「おや、何かの手違いがあったようですな。構いません、どうぞこちらへ。……ああ、お付きの方はこちらへ」



 構いませんというならせめて予備の仮面でも渡してくれたらどうだろうか。付き添い件、私のボディガードの侍女とも引き離される。侍女は抗議をしているが恐らく無駄だろう。会場に入ると案の定、私以外全員が仮面を着用している。複数の招待状、いずれにもマスカレイドパーティーだという記載は無かった。私は会場の中心に半強制のように連れていかれた。会場中の仮面越しの視線が私に刺さった。

 とても居心地が悪い。



「どうぞゆっくりお楽しみ下さい」

「……どうも」



 ウエルカムドリンクを手渡される。

 このような状況で、何かを口にするという行為を出来るのは余程の馬鹿か、胆力の持ち主か。グラスを見つめ、少しグラス内の水面を揺らしてから私は一気に飲み干しグラスをテーブルに置いた。

 一応事前に対毒、対麻痺薬を服用してきたから。

 おそらく会場の人間には愚かな人間か度胸の持ち主か、何れかに写っただろう。

 ハッタリは大事だ。



「これはこれはルーラン様。ようこそおいで下さった」

「ありがとうございます」



 長い翠色の髪の女性から声を掛けられ、笑顔で応えた。私以外は仮面を付けているので誰かは分からない。そもそも、ホスチェストナッツに知り合いは少ないのだけれど。



「ホスチェストナッツでのホンキ・ドーテの展開、大変成功なされているようで羨ましい限りですわ」

「運が良かっただけですわ」

「そんな謙遜を為さらずとも。ですが今回のルーラン様の英断、私共としても大変面白い催しで、感謝しておりますわ」

「……何の事でしょうか?」

「ホスチェストナッツにおけるホンキ・ドーテの権利書を当夜会での景品として頂いた事です」

「な!?」



 翠色の髪を持つ仮面の女はドレスの胸元から洋紙を引き出した。

 下品な所から引き出されたそれは確かにホスチェストナッツにおけるホンキ・ドーテの権利書。ホスチェストの各商会や自治体と結んだ書類に私のサインと魔力が込められた血印。いつ盗まれた? 内通者が潜り込んでいると考えるのが妥当かな。性急に拡大したツケが回ってきたって事か。心の中に苦虫を噛む。だとしても。



「そんなの認める訳──」

「おお、なんと素晴らしい!」

「流石はホスグルブ一の商人の娘だ」

「器が違いますなあ」


 こいつら全員グルか。仮面を付けた、恐らくホスチェストの貴族や商会の幹部だと思われる男達は、取り囲まれた私をニヤニヤと笑いながら上っ面だけの言葉を投げつけてくる。


「ちょっと──」


 大きな打撃音。続いて斬撃音。崩れるテーブルから乗っていた食器やグラスが落ち砕ける音。

 いつの間にか会場に入っていた武装した男達が、音に思わず驚きビクついてしまった私を笑いながら見ている。そして取り囲んでいる仮面の男達もそんな私を笑っている。

 最悪ね。こんな奴らに弱みを見せるなんて。

 ……怖い。今すぐに逃げ出したいくらい怖い。本音を言えば泣きたいくらい。

 私は戦う術を持たない。



「あ、貴方達、女性一人をこんな」

「あーそうそう、景品の話でしたね」


 翠髪の仮面の女は何事も無かったかのように話す。


「ホスチェストナッツ最強の騎士『陽牡丹』のカミュと『白獅子』レオ、どちらが勝つかという賭けをしているんですよ。その景品にこれを提供して頂けるという事で」



 少し間を開けたかも知れない。

 悩んだかのように周りからは見えたかも知れない。実際には私は言っている事を理解した時、こいつらは馬鹿なのかなと思っただけだ。


「……良いわよ。『白獅子』に賭けるわ。『白獅子』が負けたら好きにしなさい」

「二言は無い?」

「ある訳がないでしょ」



 そもそもレオが負けるなんて思わない。レオと釣り合う為に私が出来る事を始めたのが今の商売だ。レオを信じる事を賭けるかと言われれば私に躊躇などない。怖かった気持ちが一気に落ち着いてきた。



「あら、随分と信頼しているのね、『白獅子』さんを」

「貴女こそ、ホスグルブ最強の一角を舐め過ぎじゃありませんか?」

「まあ、確かに『星三華』の内、すでに二人は『白獅子』に負けてはいるんですけどね」

「……でしたら」

「何故余裕があるのかって? 面白いモノを見せましょうか」



 付いてきなさい、と翠髪の仮面の女に連れられた私は庭に通された。庭に、鎖に繋がれた巨大なモンスターが居た。私は絶句する。



「面白いでしょ。頭は『陽牡丹』のまま、身体はゴーレムで右腕がイフリート、左腕はイエティに脚はオーガ。ついでにアーマードサーペントの尾も付けちゃった。大変だったのよ、幻獣種のモンスターまで捕まえてきて人間をキメラ化するの。機動性も防御力も待たせつつ戦闘経験豊富な頭脳。なかなか強く出来たのよ。ちゃんと言う事も聞くの。凄いでしょ」

「う、うそ……」



 私に強い弱いは理解出来ないけど、目の前のモンスターにレオが負けるなんて思わない。


 けれど。


 この女、人間をなんだと思っているのだろうか。化物、というのはこういう女を指す言葉だと恐怖に身を震わせた。



「自信作なんだから。なんせモンスターの身体能力を持ってスキルを扱えるなんて前代未聞でしょう? 強いわよー」

「……それで?」

「うん?」

「賭け、なのでしょう? レオが勝った時は私は何を貰えるのかしら?」



 振り絞った私の言葉に翠髪の仮面の女が笑い出した。



「あは♪ 貴女凄いわね! 強欲。身の安全だけじゃ物足りない?」

「当たり前でしょ」

「そうねえ……。うーん、コレ欲しい?」

「いらないわ」



 目の前の化け物を指す仮面の女に即否定で返す。



「えええ、自信作なのになあ。じゃあ私のパンツでもいる?」

「いらないわよ!」

「ワガママねぇ。ま、いいわ。その空元気に免じてなんか考えておいてあげる。特別サービスでこのまま帰っていいわよ」

「……そう」

「でーも。逃げようとか、助けを求めようとか無駄だから諦めたほうがいいわよ? この書類、持ち出せる程度には貴女の身の安全、保証されてないから。事が終わるまでウツノミヤから出ない事をオススメするわ」

「……分かったわよ。忠告どうも」

「どう致しまして♪」

「……そうね、一ついいかしら」

「何?」

「やけ食いするからギョーザの美味しい店教えて」

「結構図太いのね貴女」



 帰っていい、と言われそのまま庭園から建物には戻らず抜け出した。侍女と合流し有った出来事を掻い摘まんで話し、そのまま現在泊まっている宿へ戻る。

 侍女に心配は不要と伝え、一人にして欲しいと部屋に入る。


 扉を閉めると同時にへたり込んだ。


 仕方ないじゃない。


 怖かったんだもの。


 強がっただけだもの。


 思い出し、涙が零れた。


 でも声には出さない。


 きっと大丈夫。


 だってレオが来るまでの我慢なんだから。

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