第39話 あの空の未だ遠く、伸ばす手は届かない。
あれからしばらく沈黙が続いて、彼女が影山さんを送ってくるといって部室を出て、そしてまた沈黙が訪れる。
でも今度の沈黙は僕一人だけなので妙に心地よかった。誰にも何も気を使わずに済むからやっぱり孤独は好きだ。
体育祭に追われて忘れかけていたが、僕の最終目標はこのサークルから脱退すること。そのために最古先生の問い──人が人を助ける理由の答えを導き出さなければならない。未だその見当がついていないことに心底不安な気持ちになりつつも、今はまだこうして孤独に浸っていたいと切に思う。
しかし現実はあまりに酷で、そういう僕の願望をまるでただのフラグのように扱ってしまう。本当に酷い世界だ。
「青島さん、でしたよね。今お時間よろしいでしょうか」
相変わらず丁寧な口調で部室の入り口から僕に声をかけてきたのは、今日は来ないはずの佐野さんだった。
僕がこくりと頷くと、佐野さんは「失礼します」と一礼して入室し、僕の向かいの席に腰を下ろす。
「体育祭についてお二人にお伝えしようとこちらへ向かっていたら、いつもと様子が違う月ヶ瀬さんをお見かけしました。月ヶ瀬さんに何かあったのでしょうか」
まだ関わり始めて日が浅いとはいえ、佐野さんも彼女のことが心配らしかった。
僕は先ほどまでの出来事を簡潔に伝えると、佐野さんは少し考えてから言った。
「……つまり、月ヶ瀬さんは影山さんの助けになりたいのに、具体的にどうすれば助けになれるのか分からず、力になれない自分に不満を抱いてしまっている、ということでしょうか」
僕は黙ったままこくりと頷く。流石は生徒会書記。状況判断能力が優れている。
「ですが、これに関しては月ヶ瀬さんも、もちろん影山さんも一切悪くないと思います。一朝一夕で解決できる問題ではないと思いますし、きっと何か良い方法があるはずです。あっ……」
そう、一番の問題は具体的かつ的確な解決策が存在しないことにある。
体育祭という学校行事において、自由参加という制度は認められておらず、欠席や怪我でもしない限りは原則強制参加となる。
だから「参加したくない」という影山さんの意思を汲もうとしても、良案が浮かんでこないのだ。結局、何か他に良い手があるはずだと曖昧に模索することしか出来ず、影山さんの悩みの解決に繋がらないのだ。
だからこそ彼女は落ち込んでしまっている。助けると宣言した挙句、その方法が分からないとなると誰だって絶望するだろう。
「こんなこと言うのは無責任かもしれませんが、私は月ヶ瀬さんの気持ちが分かった気がします。やっぱり、人を助けるってとても難しいことですよね。私はこれまでにたくさんの方に助けて頂きましたが、自分が助けられる側にいるとそういうことには気づけないもので、だからこそ月ヶ瀬さんにとっては余計に大きな問題になってしまっているのかもしれません」
人助けには助ける側と助けられる側という相反する二つの立場があって、それぞれにそれぞれの考えとか価値観みたいなものがある。
相手の立場になって物事を考えるのは簡単なことではないから、全てを理解することができなくて二つの立場の差に気づけない。その二つの立場に関与しない第三の立場の僕らからしたら、それはもっと計り知れないことだ。
「……少なくとも、この問題に正解はないと思います」
ずっと無言というのも佐野さんの独り言みたいになってしまって失礼かと思い、僕はなんとか言葉を絞り出した。
「私もそう思います。正解とか間違いとかそういうものは一旦置いておいて、双方が納得する答えを出すことが重要なのかもしれません」
双方が納得する答えが果たして本当に存在するのかはさておき、きっとそれを探す努力は怠ってはいけない気がする。少なくとも彼女は今もずっと考えて、考えて、考えて答えを導き出そうとしているはずだ。それなら、僕も──。
「とはいえ、今の私に出来ることも出せる答えも限られていますのでひとまず様子を見るのが堅実な気もします。変に踏み込んで状況を乱してしまっては、月ヶ瀬さんに申し訳ないです」
「……たしかに」
納得して思わず呟いてしまった。なんかものすごく恥ずかしい。
「共感していただき誠にありがとうございます。月ヶ瀬さんと近い距離にいる青島さんが何か気づいたことなどありましたらぜひ私に教えてください。私も月ヶ瀬さんの力になりたいので」
「分かりました……」
「それと、青島さんは三年生で私は二年生。青島さんは先輩ですので敬語を使わなくても結構ですよ」
「……努力します」
「応援しています」
佐野さんはそう言って微笑んだ。真面目でどこか堅実なオーラを放つ彼女のその一瞬の微笑みは、曇り空に一点だけ輝く星のようだった。と、訳もなく思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます