第2話 人攫いと女の子
宿屋の
黒装束の
最悪、全力ダッシュの末にヤツらと
ただ一方で、馬車の後ろにつけて中を
どうする――。
腰のナイフで隙間を空けること可能だろうが、漏れ入る光や音で
悩んだ末に、僕は出たとこ勝負を選ぶことにした。
一度足を止めて馬車から距離をとると、
視界を
いける――っ!!
瞬時にそう判断すると、着地と同時に腰から素早くナイフを抜き、突撃せんとする。と、ようやく我を取り戻したのか、大男も迎撃しようと立ちあがろうとした。
だがその瞬間、馬車が左右に振られて大男は大きくバランスを崩す。恐らく宿屋の
進行方向に
大男に立て直す時間を与えまいと一気に距離を
大男は不十分な体勢ながら僕の手首の辺りを払おうと腕を伸ばしてきたが、すんでのところでそれを
次の瞬間、数歩分の勢いを乗せた
「かはぁっ……!」
無理やり
小柄な子供が、二倍はあろうかという
「はぁ、はぁ……」
大男が完全に伸びたところを見届けて、ようやく自分が息を切らしていることに気付く。どうやら呼吸をすることさえ忘れていたようだ。
誰かを傷つけることへの嫌悪感のようなものが、きっと湧いてきたのだと思う。
ようやく
そこには、確かにドクドクと流れる脈があった。僕は自分が
しかし、それも
「おい、何の音だ!」
大男に意識の大半を持っていかれていた僕は、驚きのあまり数センチ飛び上がる。
音を出さないように行動していた理由をすっかり忘れてしまっていたらしい。
女の子の方をチラリと見るが、すぐの離脱は困難。加えて、足元には大男が転がっている……。
僕に残されている選択肢は多くはなかった。天を
「問題、ない……!」
僕は
だが、
バレた……のか?!
僕は持ったままであったナイフを強く握りしめる。すると。
「ちっ。子供相手に手こずりやがって……。手かせをしっかり付けておけよ。すぐにシンシアを抜ける」
ようやく投げやりな声が返ってきた。
それには
「ふぅーーーーっ」
僕は思わず盛大な溜め息をついた。息遣いすら気をつけなければならないとわかってはいたが、心身がそれを許さなかった。
落ち着きを取り戻そうと、さらに数回、意識的に呼吸をしてみたものの、
改めて状況を確認すると、ひどい
目隠し、
その光景に目がチカチカするような怒りが沸き上がってくるが、なんとか大男を
大男を
この子、意識がある――。
声をあげたりして抵抗する気配がなかった
僕は女の子の耳元に顔を寄せると、声のボリュームを
「目隠しを取るから、声出さないでね……」
女の子はビクッと反応したものの、すぐにコクリと
どうやら視界が奪われている中でも、ここで起きていることを察しているらしい。
固い結び目を解いて目隠しを取り払い、次いで猿ぐつわを外してやると、女の子は
どうやら、相当きつく縛られていたようで、口から
やっぱり
今度こそ
僕が徳を積んでいる間に女の子は落ち着いてきたようだ。
「ありが……とう。どうして……助けて……くれたの?」
「
そう答えると、女の子は苦し気な表情の中に素晴らしい笑顔を見せた。
「――っ!」
こんな緊迫した場面だというのに、無意識に見とれてしまった。
馬車の中は暗く、時々漏れ入る街灯が
女の子の可憐さに気が付いた僕は、おそらく大男を倒した直後よりも長く硬直した……と思う。ガタンと馬車が揺れなければ、現実に
ブンブンと首を振って
まずは手始めに前後左右に引っ張ってみる。が、びくともしない。当然と言えば当然だが、力ずくでは無理そうだ。
拘束具から手を離して全体の形状をよく観察すると、鍵穴が
「鍵か……」
僕は大男の横に
御者台の男が持っている可能性も考えたが、
検問に引っかかるのを待つのが無難かな、と考えながら幌の外を隙間から
どういうわけか馬車は
「――は?」
止められた気配は確かになく、当然積み荷を確認されることもなかった。というか、確認されていたとしたら、今この状況が出来上がっていない。
どこか僕は、馬車は街の外へ出ようと検問に
早くどうにかしないと街へ戻れなくなる――。
気が進まなかったが、手段を選んでいる余裕はない。僕は
「両手を左右に引っ張って、目を
「こう……ですか?」
「そうそう。ちょっとばかり衝撃が来ると思うけど、声を出さないようにね」
不思議そうに聞き返す女の子から見えない位置で、僕は腰からナイフを抜く。
「いくよ……?」
極力音を殺そうと馬車が揺れるタイミングに見計らうと、真っ直ぐに振り下ろした。
「――っ!!!!!!」
当然、女の子は驚きのあまり声を発しそうになるわけだが、なんとか耐えてくれた。その
「大丈夫……?」
おっかなびっくり声をかけると、女の子は小さく頷いてくれた。
「かなり、びっくりしましたが……」
「ハハハ、先に言ったら怖がるかなーって思って……ね?」
乾いた笑いを浮かべていると、少しだけ非難の
美少女の
それもそのはず、金属同士がぶつかった際の
嫌な予感が確信へと変わる。
この拘束具は
三流錬成士の制作でなければ、
フライパンを例に出すなら、効果は『軽い』という単純なものから『自ら火が出る』というトリッキーなものまでなんでもござれで、千差万別、
フライパンはさておき、
この拘束具も同様である。手首まである構造。物を挟み込むことを前提にした造り。見た瞬間から
しかし、この浮き出た
水――いや、風か。
先ほどまではなかったこの小指の先ほどの線は、
僕は紋様が浮き出たことへの衝撃を
「助けに来てくれて、ありがとうございました。でも……もう大丈夫です。あなたは巻き込まれないうちに逃げてください」
拘束具に打ち付けた
「そのナイフも、
そう。これは僕が造った最初にして現在まで
大抵の金属なら――いや、
まさか
せめて、このナイフの刀身がもっと長ければ、馬車ごと壊すという手もあったかもしれないが……。
ナイフに浮かんだ
「鍵は依頼主が持っていると考えるのが妥当でしょう。であれば、ここにこれを解く方法はありません。早く逃げてください」
「――まだ方法はある!」
つい声が大きくなったしまった僕は急いで口を
だが、しばらく身体を固くしていても反応はない。大男の寝言ぐらいに思ってくれたのだろうか。
「その首飾り……
「……まさかっ!」
今度は女の子の声が大きくなりそうになったところで、自分のことは棚に上げてシーッと指を立てる。
僕は女の子を落ち着かせるように一段と静かに語りかけた。
「成功する可能性は高くないかもしれない。でも、このまま放りだして逃げるなんて……僕はしたくない」
視界には女の子の腕がうっ血していく様子が映っている。白く透けるようだった肌に紫が濃くなっていくのは、胸の奥が締め付けられる想いであった。
女の子を救い出したい。もちろん、その想いも胸の痛みも本物だ。だが、それとは別に僕は僕自身のためにも、女の子を救い出したいと思っているところがあった。
「キミも
「はい……」
「腕に痺れが残れば錬成に影響がある。御者をやっつけて急いで神都に戻っても、解除が間に合わないかもしれない」
僕は錬成士としての基礎的な訓練は毎日欠かさず重ねてきた。
だがその全ては、何もできなかったあの頃とは違うと証明するためだった。
結局……僕は自分のため、か……。
そんな想いを
しかし、よく見ると――。
頬のひと筋が街灯の光を反射している。
彼女の反応に言葉を失っていると、女の子はふっと顔をあげて優しい微笑みを僕に向ける。
「やっつけるなんて……カッコイイですね……」
その特別な瞬間が明けると、僕は真っ先に女の子の涙をすくった。彼女は照れくさそうにして、それから困ったような不思議そうな顔を浮かべた。
どうやら僕にも同じ物が流れていたらしい。
それを自覚すると無性に恥ずかしくなって、ゴシゴシと派手に頬を
その言葉の響きは今まで僕の口から発せられたどの音よりも優しい響きだった。
彼女は嬉しそうに笑みを浮かべてから、僕が首飾りを外しやすいようにと、制限された動きの中でも前かがみになってくれた。
僕は不安以外の要素で震える手を宥めながら、うなじにある留め具を慎重に外す。
「じゃあ、借りるね?」
そう言って、女の子の前に首飾りを掲げると、「はい!」と歯切れのよい声が返ってきた。
僕は目尻に皺をつくりながらそれを受け止めると、拘束具の鍵穴を指でなぞった――。
この錬成、絶対に成功させてみせるっ!
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