第6話 暖かいけど、まだ寒い

「はぁ……」

 つい先ほど恋人との別れ話を済ませた女は、駅の広場に戻ってきていた。

 吐いた息は白く染まり、消える。厚着しているおかげで寒さはかなり軽減されていたが、それでもまだ、寒さを感じる。

 別れ話は思ったよりもショックを受けなかった。決して短い付き合いではなかったのだが、このまま二人で居続けることがお互いのためにならないことを心のどこかで理解していたのだろうと思う。

 今日は少しは上手く怒れたんじゃないか。

 そんなことを考えて一人、控えめに笑った。

 もう21時を過ぎているからか、広場は先ほどよりも人が減っている。イルミネーションは綺麗で、広場を歩く人が立ち止まってじっくりと見ていたり、写真を撮ったりしている。その多くは恋人同士で、手を繋いで歩いていく。

 その一部始終をぼんやりと見つめてしまって、女はこれでは傷つきに行っているようなものだと苦笑する。感傷に浸るのも大概にしようと踵を返そうとしたところで、妙な光景が目に入った。

 広場の中央、ライトアップされた噴水のところで、5、6歳くらいの小さな女の子が一人ちょこんと座っていた。街から聞こえる音楽に合わせて、楽しそうに体を揺らしている。

 女は首を傾げて少女に歩み寄った。こんな時間に、こんな小さい子が一人でいることに違和感を覚えた。

「ねぇ、あなた一人? おうちの人は?」

 女がしゃがんで目線を合わせると、女の子はぱっと顔を上げた。大きな瞳が見返して、その表情は満面の笑みを浮かべていた。

「一人だよ! お姉さんも一人?」

 女の子の無邪気な言葉に胸が痛んだ気がしたが、それよりも心配が勝った。

「そうだけど、一人って……おうち、どこ? 送ってくよ」

 女の子はぶんぶん、と音を立てる勢いで首を振った。

「大丈夫! ありがとう、お姉さん」

「あ……」

 女の子はそういうと、すぐに立ち上がって走り去っていってしまった。女の子が来ていた真っ白なコートが翻って、女の頬を掠めた。

 伸ばした手は行き場をなくし、女は一人広場に残された。後を追おうか、とも考えるが、体は動かなかった。しばらく呆然としていたが、こうしていても仕方がないので、ゆっくりと広場を立ち去った。

 あの子どもはどこに行ってしまったのだろう。もやもやとしながら、せめて防寒具の一つでも手渡したかったなと思う。あの子も、マフラーを付けていなかった。

 女は自嘲気味に笑った。今日、急に知りもしない男性にブランケットを差し出したことは、自分でもどうかと思う。ただ、その様子が本当に寒そうで、かつての恋人の様子と重なってしまったのだ。

 もう会わないであろうあの男性のことを思い出しながら、明日はどうか、マフラーを忘れなければいいなと考えていた。


***


 季節は廻り、春が訪れる。

 冬に悩んだ未来が、新たな季節の訪れとともに現在へと移ろう。

 あの時の選択が、正しかったのかどうかはまだわからない。

 ただ、あの広場での出会いが、ほんの少し前向きに進めるよう背中を押してくれていた。

 期待とわずかな後悔とともに、日常は続いていく。


【了】

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冬のお話 いろは @mamotoiro

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