第21話 情報開示
霊体化したリーチェが現れる数分前。
第二森林区。西端に位置する暗い森の中。
ジェノがパメラの引き抜きを受けた後だった。
条件は体の秘密と、白き神の復活方法を話すこと。
「白き神は太陽と月の化身。陽と陰。表と裏が合わさって初めて完全復活する。去年の12月25日に行われたのは表。太陽の儀式。それにより、力の一部が、あんたとラウラとかいうミネルバの侍従に宿った。二つに分かれたのはそのためさ」
まずパメラは、白き神の話を始めた。
その内容は、今までの出来事のおさらいに近い。
こちらが知り得ない情報を、少しばかり補足した感じだった。
「俺が太陽で、ラウラが月……?」
だけど、すでに核心を突いている気がした。
眉唾でもなんでもなく、出来事になぞらえた事実。
そう無条件で信じてしまいたくなるような、導入だった。
「そのようだね。ラウラはイタリア語で『月桂樹』。名前は神との繋がりに重要みたいで、あの侍従が依り代に選ばれたのは偶然じゃない。とも言っていたね。……まぁそれで、残るは、月の儀式ってわけさ」
パメラは補足を続け、ジェノはごくりと唾を飲む。
聞きかじったような表現をしているのは、噂だからだ。
噂の出所は、メリッサ。アルカナ陣営に属する侍従の一人。
目的は不明。何か思惑があって、継承戦に参加しているはずだ。
そう考えをまとめていると、パメラは説明を続けるために口を開く。
「月は太陽の反転。太陽の儀式は太陽が昇る状態で、大量の悪人の命と血液が必要。逆に月の儀式は月が昇る状態で、大量の善人を救い、流血を止めることが条件。今年の『ストリートキング』の決勝では、流血沙汰が起こる予定だった」
思い出すのは、決勝の舞台。
あそこには、大量の観客がいた。
未遂とも言えるような被害が起きた。
(あれって、儀式の前兆だったのか……)
選手が放つセンスの熱に、観客が当てられた。
死者は出なかったけど、大勢の人が失神したんだ。
(いや、待てよ……。流血沙汰ってもしかして……)
月の儀式の条件は、決勝の舞台の延長線。
つまり、舞台にいた誰かが、儀式の鍵になる。
決勝の最終戦の舞台に立ったのは、一人の男の子。
「もし、ジルダさんが暴走したら、俺とラウラは彼を止める……」
チームメイトに、ジルダという人物がいた。
女の子のように華奢で、力も弱いように見えた。
だけど、演技だった。最終戦でやっと本気を出した。
その結果、膨大なセンスをひねり出し、暴走寸前だった。
「結果的に、大量の善人を救い、流血を阻止する。つまり、月の儀式は完了して、白き神は完全復活って手筈さ。ちなみに、こいつは余談だけど、そのジルダとかいうやつが対戦相手を殺せば、その未来になったらしいよ」
パメラは、冷めた口調で補足する。
起きなかったことだから、どうでもいい。
まるで、興味を持ってないような印象を受ける。
(あの時が分岐点か……。ギリギリだったんだな……)
ただ、こっちは当事者だ。
無関心ってわけにはいかない。
分岐点には心当たりがあったんだ。
紙一重だったのが、実感として分かる。
(掘り下げたいところだけど……今じゃなくてもいいか……)
聞きたい欲に駆られるも、ジェノは抑える。
時間は有限だ。無限に存在しているわけじゃない。
こうしている間にも継承戦は進んでる。自制しないとな。
「……大体、理解しました。次は、体の件について教えてくれますか?」
ジェノは話をいったん区切り、別の話題に誘導していく。
こっちが本命。最優先事項。パメラの引き抜きに応じた理由だ。
現に体は白き神に支配されつつあり、乗っ取られるのも時間の問題だった。
「依り代の神格化だね。白き神が完全復活しても、器が伴わなければ、制御できない。そのための過程さ。肉体と精神から、余計な不純物を取り除かれ、偏りのない絶対的で中立的な人間を裁く存在にならないといけない、らしい」
パメラが語るのは、ただの噂話。
語っている本人も、自信がなさそうだった。
(恐らく、これも正しいだろうな。実際、制御できなかったし……)
だけど、的外れとは思えない。身に覚えがあった。
太陽の儀式の後、白き神の力を使い、一度、鎧化した。
あの時は理性がなくなった。リーチェがいたから止まった。
最悪の場合、自らの手で大量虐殺をしてしまう可能性があった。
「じゃあ、このままだと俺は……俺じゃなくなるんですね……」
ジェノが至るのは、予想していた最悪の結論だった。
情報通りなら、じきに体は白き神に操られてしまうだろう。
「恐らくそうなるだろうね。……ただ、悪いことばかりでもない。神格化が進めば、白き神を使役することが可能になる。未熟な器だった時に比べたら、現段階でも暴走するようなことはないはずさ。そこが、狙い目だとあたいは考える」
パメラの声色が変わった。
その言葉には熱がこもっていた。
恐らく、彼女の動機に繋がるような何か。
「……治す方法があるんですか。神から逃れられる、何かが」
不思議とこちらも言葉に熱がこもってくる。
きっとパメラは、目星があったから声をかけた。
神を制御する方法を思いついたから、交渉に及んだ。
(頼む……。まともな手段であってくれ……)
地獄に垂らされた蜘蛛の糸を掴む思いで、ジェノは待つ。
現段階では、方法が思い浮かばない。頼りにするしかなかった。
「堕天させればいいのさ。完全復活した白き神を人間の領域に引き込むんだ」
にやりと笑ったパメラは、結論を口にする。
壮大で、馬鹿馬鹿しくて、絵空事のような話だ。
手放しで喜べないし、簡単に実現するとも思えない。
(その手があったか……)
だけど、できるかもしれない。
確率は低いけど、可能性はゼロじゃない。
「仮に可能だとしても、失った感覚は戻ってくるんですか?」
ただ、考えることは山積みだ。
堕天させても、神格化されたら終わり。
それは、自分であって自分じゃない存在になる。
難題を突破しても、先にあるのはバッドエンドに思えた。
「食事の喜びも、別れの儚さも、死の尊さも、性交の気持ちよさも、全ては人間の欲望が生み出したもの。神は知らない。理解が及ばない。だから、肉体と精神を縛る。神と近しい存在を器にする。だけど、人間の領域に引きずり込めば、堕落する。欲望の味を知る。失ったものは返ってくる。アダムとイブが楽園を追放されたのは、知恵の実を食べたせいだからね。それと同じことをしてやればいいのさ!」
パメラは、理路整然と言葉を並べる。
できるかもしれない。そんな熱量を感じる。
不意に救いの手が差し伸べられたような気がした。
「でも、その頃に俺の自我って残ってるんですかね?」
だとしても、不安と懸念は拭い切れない。
支配されつつある体では、欲を伝えられない。
実際に、その欲求は、自覚できなくなりつつある。
知恵の実の魅力を伝えるには、人間の成分が足りない。
「味わいたいと思わせるのが重要さ。その役割は本人じゃなくてもいい」
その疑問の答えも、パメラは当然考えていた。
自分じゃなくて、他人。今まで関係を築いた人物。
人間じゃなくなっても、放っておいてくれない人たち。
「……俺には仲間がいる」
ジェノが至った結論を口にした時、森が大きく揺れ動いた。
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