第三話:チューニング
【RX-8】マツダ自動車が最後に送り出したロータリースポーツ。
先代の【RX-7 FD3S】に比べて人間一人分の重量増加、ロータリーと相性の良いターボの没収による運動性の低下、否定的な意見が散見する一台ではある。だが、その潜在能力はすべてのロータリースポーツの頂点に到達する。
マツダのポリシー、人馬一体。同社のロードスターで成熟させたソレが継承されラストロータリーはチューニングの幅を大きく広げている。
「……娘を止める為に必要なのはターボじゃないッ!」
ガレージのデスクに置かれた一冊の雑誌、そこには東条つばきという少女が表紙を飾り、隣には赤いFD3Sが鎮座している。
昔の相棒、それが娘の愛車になっている。それはいい。だが、それを過信しているのが父親として見過ごせない。
「春香……おまえは娘をモンスターにしたいのか……」
離縁した妻に投げかける言葉。それは怒りとも悲しみとも感じられる混じった感情。
ロータリーの東条夫婦、そう呼ばれていたのは今は昔。
サーキットでのレースを主戦場とする夫、公道レースを主戦場とする妻、命の危険が付きまとうその場所で走ってほしくない、それが離婚理由。
一時期は二人の娘を失ったが、妹の方はスパルタ指導に耐えられなくなり父に頼った。そして……明るかった次女は……。
「速い走り屋はサーキットに向かうんだ……なぜ、わからない……」
走り屋の到達点は人それぞれ、ストリートの世界でしか花を咲かすことが出来ない存在、サーキットの世界で階段を登る存在、どちらも方向性の違いでしかない。
青く輝くRX8、赤き閃光と称されるRX7を狩るためにチューニングされる一台。
ロードスターを源流に50対50に極限まで重量比を合わせたRX8、心臓は2ローターのところを3ローター化、ロータリー界隈では定番のチューンだが、定番だからこそ――奥深い。
「馬力はインターハイ基準の350馬力……には届かないが、絞って300、中回転域の改善さえできれば……」
ポケットに手を入れ、銀色に渋く輝くマツダのエンブレム、夏までに究極の一台に仕上げる必要がある。
――娘が峠という魔物に喰われる前に……。
2
車という存在が人間にどれだけの影響を与えたのか、それは計り知れない。船や飛行機、鉄道、人を輸送する手段は多岐にわたるが、現代社会で最もポピュラーな移動方法は自動車だろう。
「足回りがまだだな……タイヤのグリップ力だけで曲がってる……」
深夜に流れるテールランプ、フェアレディの名を持つ銀色の一台が走り屋すら帰る時間帯にV6サウンドを響かせて疾走する。
ライトウェイトスポーツとは双璧の一台。
峠はラリー、ラリーに求められるのはハイパワーターボ4WD、そして多少の軽さ、ハイパワーという部分以外は掠めてもいない一台、だからこそ――意味を成す。
「どうしてフェアレディにしたんですか? リンちゃんならFFも上手いし、スイフトとか、古くてもスターレットなんかも選択肢に入るんじゃ」
「次男坊の特徴は何でも乗れるところだ。長男のツテでエグいのに何度も乗せたが――エンストすらしねぇ、それくらい綺麗に乗りやがる。峠で速く走るにゃ……雑じゃねぇとな……」
「雑とフェアレディに関係が?」
「――雑に速い車だからだよ、このフェアレディって車が」
連続するワインディング、スキール音を響かせながらパスしていく一台。並の走り屋なら幽霊が出たのかと錯覚する程のスピード、だが、エンジンは唸らない。エンジン音にはまだ余裕がある。それが狙い。
インターハイ、そこで行われる自動車競技で最も使用されるエンジンは直列四気筒、ターボの有無に関わらず、峠という戦場で走る心臓はこれが鉄板。
短所長所、峠道をサーキットにするが故の最善。
「なあ、峠道で速い車ってなんだと思う?」
「そりゃ……コーナーが速い車でしょう……」
「違うな――立ち上がりに吹ける車が一番なんだよッ!」
「くッ!?」
左コーナー、何の変哲もない普通の進入から急激な加速、シートに押し付けられる体がその加速力、選んだ意味を知らしめる。
ドリフト・グリップ、速く走る方法はある。
どちらも一長一短、路面状況、コーナーの角度、湿度、気温、様々な状況によって変化する。そして、その中に選択を強いられる。
逆に――選択を無くすこと、これもまた速さ。
「俺達が若い頃、あの頃はピーキーな高回転を重宝してた。AE86を筆頭にした4AGなんかが良い例だ……1.6のエンジンをどれだけ回して、そして尻振りゃ速いって言われてた……」
「…………」
「今の時代は違う、車も進化してる。そりゃもう、恐竜くらい進化してらぁな。俺達が憧れたV6、V8のエンジン積んだ車が百万切って投げ売られてる。それを知ってるのに――チューナーは直列の四か六しか弄りたがらねぇ……俺にはわからんね、わかりたくもないね、昔は遅いんだよ――今は速いのさ……ッ」
「川原さんは――今を生きているんですね」
――昔を懐かしむ程、年老いてはいない。
3
目が覚める、歯を磨く、顔を洗う、制服に着替える、そして……車の鍵を手に取る。
一連の動作、何の変哲もない日常風景、それに自動車という存在が密接に絡み合う。
カローラ・アクシオ、教習車にも使用される大衆セダンが川原林次郎、彼の相棒。
「……なんでだろうな? おまえより何百万も高い車がさ、おまえに挑んでくる。レギュラー燃やしてるおまえにさ」
ガンメタのボンネットを撫で、慈しむような、寂しい苦笑いを見せる。
スピードスター! 珠城高校自動車部 Nシゴロ@誤字脱字の達人 @n456
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