第10話 新興宗教

 レティシアは、もやもやする胸のわだかまりを発散すべく、散歩に出ていた。天気は雲一つない青空。胸に去来する無力感など吹き飛ばせそうな快晴である。そもそもレティシアはくよくよするのがあまり好きではない。

 上を向いて歩いている内に元気がどんどん湧いてきた。


「そうよッ! あたしには、受け継がれし奇跡の力がある。『未知なる記憶アンノウンブック』の謎を解き明かし、今まで存在しなかったものを生み出す使命がある。あたしはできるッ! 必要があれば、神さえ滅ぼす剣だって創り出して見せるんだッ!」


 レティシアが自分の声の大きさにふと我に返ると、近くに居た男性が奇妙なものを見るかのような目を向けていた。他にもあちこちから視線を感じる。

 右の方を向くと、井戸端会議でもしていたのだろう、三人の女性がこちらを見ながらにやにやしている。


 急に恥ずかしくなったレティシアはボソリと「素材さえあればだけど……」と呟くと、逃げるようにその場から立ち去った。

 顔を紅潮させて、しばらくひたすら足を動かしていると、広場になっている場所に出た。この辺りは普段は来ない場所なので、レティシアは興味深く周囲に目を向ける。すると、少し先で人だかりが出来ていることに気が付いた。演説のような声も聞こえてくる。興味を覚えたレティシアが近づくと、そこには思っていたよりも多くの人々が集まっていた。


 彼らの中心には体格の良い、薄い青色の法衣をまとった目の細い男性がいた。情熱的な言葉を吐いている割にはどこか冷めた印象を受ける。情熱と冷静が同居した、不思議な雰囲気を持っている男性であった。


「我らが神、ダイナクラウンは、古代より存在せし、慈悲深き神……。今、世界に命が満ち溢れ、生命がこうしてその生を謳歌できるのは、全て神の覇力はりょくの恩恵故なのですッ!」


 声高らかに、そして詠い上げるかのように演説する男性の言葉にレティシアは、デイブから聞いた話を思い出す。


「神の名前はダイナクラウンか。デイブさんが言ってた新興宗教かな?」


 レティシアは、何か面白い話が聞けるかも知れないと期待して、人垣を構成する内の一人になった。


 そこへ人だかりの中から質問の声が上がる。


「スキッドロア司教と言ったか? ちょっといいかね? その覇力ってのは何なんだい? 初めて耳にするんだが……」


「我らが戴く神は破戒神はかいしんダイナクラウンと言います。その力を破力はりょくと言い、破戒神の力を借りて行うのが破術はじゅつと言うものです」

 

 スキッドロアが疑問の声に応えると、また違う人から疑問の声が上がる。


「そうそう。その破戒神? そんな名前すら聞いたことがないんだが?」

「破戒神は創造と破壊を司る神です。例えば……」


 そう言うと、スキッドロアはスッと右手をかざした。彼の体が何かの力を発し始める。少なくともレティシアはこのような力の波動を感じたことはない。


「おいッ! あれを見ろッ!」


 突如として声が上がった。レティシアがそちらに目を向けると、人だかりの中から腕が一本生えているのが目に入る。その指は天空を指し示していた。人々が指差された方向に一斉に顔を向ける。


 視線の先では、奇妙な現象が起こっていた。何もないはずの虚空から、石ころのようなものが現れるやどんどんと膨れ上がり、人の頭程の大きさまで成長する。そして、辺りに指を鳴らす音が響いたかと思うと、その球体は空で爆発した。


「とまぁ、こんな感じですね。今のは無から有を生み、それをまた無に戻すと言ったところでしょうか」


 スキッドロアは、特に何でもないと言った感じで平然と言ってのける。

 しかし、納得できない人もいるようだ。


「今のが何だと言うのだ? あんなもの、手品でも可能だぞ?」

「うーん。困りましたねぇ……。いわゆる神星術や魔術などと同様に回復や攻撃なんかもできるんですが……。喰らってみます?」


 スキッドロアの脅し文句に、文句をつけていた男性は沈黙した。

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