凪の成長
4月のある日の事。
2年生になってクラスがバラバラになってしまった朝陽と凪だったが、授業が始まる前に時々2人で一緒に朝練をやるようになっていた。
寒い冬を乗り越えて、気持ち良く乗れる季節になってきた。防寒対策のレッグウォーマーやアームカバーを付けずに走れるのは身軽だし気持ちいい。
「今日はちょっとのんびり先頭交代しながら走って、あの3キロの峠だけ頑張っていいペースでいきたい。きつくなったら前に出なくていいから、後ろで出来るだけ粘れ」
朝陽に言われて凪は頷く。
2人で走るようになって、凪はかなり力をつけてきた。特に上りは最近すごく楽しく感じている。
凪は朝陽の後ろを走るのが大好きだ。
引き締まった尻とシュッとスリムなふくらはぎについつい目がいって惚れ惚れしてしまう。
朝陽のフォームやペダリングを真似てシンクロさせるように走っていると、楽に気持ち良く走れる。
朝陽と僕が溶け合って一体となっているように感じる瞬間がある。
先頭を変わり、凪が前に出る。
凪はロード選手らしい身体になってきたな、と朝陽は思う。
フォームも綺麗だ。
こいつ、なんて肩甲骨してるんだろう? よく浮き出るし翼のように美しい。
まだまだ強くなりそうだ。
こいつ、身長伸びたかな? 去年までは俺の方が少しだけ高かったけど、サドルの高さは同じでいけた。今はこれだと少し低い感じがする。
「ちょっと1回止まろう。ナギ、サドル低くね? 身長伸びたんじゃねぇの?」
降りて比べてみると凪の方が1センチくらい高くなっていた。
「マジか」
「僕、伸び盛りなんだよ」
凪は朝陽が以前乗っていたロードバイクを譲ってもらって乗っている。これまでサイズは全く一緒で大丈夫だったが、1センチほどサドルを上げてみる。
「どう?」
「いい、いい。ぜんぜん漕ぎやすくなった。これでもうちょっと速く走れそうだよ」
そのまま3キロの峠に入っていく。
「いくぞ」
「おー」
朝陽がペースを作りそれに凪がついていく。
朝陽の動きに合わせてついていけばいい。僕の身体もよく動いている。朝陽と一心同体になったようで心地良く苦しさは感じない。
朝陽が少し横にずれて僕の様子を伺う。前に出れるペースなのでそのまま前に出て僕が引く。
そうだ。僕が引くんだ。これからはどんどん僕が朝陽の前を引いてアシストできるようにならなきゃ。
「いいぞ、ナギ。いいペースだ。お前は短めに引けばいいから。まだちぎれるなよ」
声を掛けながら、朝陽は凪の背中が頼もしくなったなと感じる。背格好が似ている彼の後ろは走りやすい。
勾配が少し大きくなった所で凪は後ろに合図してダンシングを始める。
後ろにいた朝陽も同じタイミングで腰を上げた。
気持ちいい。
凪の肩甲骨が浮かび上がる。
カッケーな。
朝陽は思わず少し見入ってしまった。
坂の後半になって、さすがに凪の呼吸が荒くなってきて先頭に出られなくなってきた。
朝陽にとっても結構きついペースだ。
朝陽は頂上に向けて自分を追い込んでいく。凪が必死になってついてきているのが分かる。
さっきからギリギリの状態なはずなのにまだ粘っている。
凪の頑張りに負けじと朝陽は力を振り絞る。
朝陽の頑張りを感じながら凪も負けじと離れない。
2人の呼吸音が重なる。
頂上を越えた。
凪は離れなかった。
肩で息をする2人。
酸素が足りない。
よっしゃ! ついていけた。何とか。
壮絶に苦しいが充実感に満たされている凪。
マジか。ついてきた。放せなかった。
凪の成長の喜びと、自分自身への不甲斐なさを感じて複雑な心境の朝陽。
2人は呼吸を整えながらそのままゆっくりと下っていく。
下り終えて、車通りのない農道に出た2人はスピードを落とし、並んでクールダウンしながらじゃれ合っていた。
朝陽は悔しさを顔には出さない。
「スゲーなナギ。俺、手、抜いてねぇから。そんな俺についてこれたんだ。自信持てよ」
そう言いながら、凪に肩を組んでくる朝陽。
「ありがとう。アサヒのおかげだよ。けど超絶にきつかったよ」
ケラケラと笑い合う2人。
しまった!
突然、凪の手がハンドルから離れた。
油断していた。前をしっかりと見ていなかった。道路に空いた溝に気が付かず前輪がそこにハマってしまったのだ。
慌ててハンドルを持ち直そうとするがもうどうしようもなかった。
身体を空中に投げ出されながら、朝陽も一緒に倒れていくのが見えた。
ごめん。僕は何て事を‥‥‥
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