第26話 星山高校生徒会及び、奉仕部。晴れ乞いをする。

 六月の二桁日になり、半袖の生徒も増えてきた今日この頃。

 土曜日である今日、星山高校の屋上。曇り空の下、昼休み過ぎの時間帯に、俺たち星山高校生徒会と奉仕部は集まっていた。

「まさか、俺たちだけじゃなくて生徒会にも声をかけてたなんてな」

 そう河合は、隣にいる見知らぬ女子生徒に声をかけた。

「だって、人は多い方がいいと思ったし、生徒会もいい噂いっぱい聞くから、せっかくだし、どっちにもお願いしようかなって思ってね」

 そう話す女子生徒は、小澤愛花さん。小澤さんは奉仕部副部長の河合と、同じクラスの女子らしく、部活は天文部。

 その天文部の小澤さんのお願いというのは、なんと晴れ乞いをして欲しいという、お願いだった。

 小澤さん曰く、今週の日曜に流星群があるらしい。ただ天気予報は雨で、観測のためにどうしても、晴れになって欲しいという気持ちが、抑えられなくなり、先日生徒会に駆け込んできた。

 そして、小澤さんは河合のクラスメイトでもあり、奉仕部である河合にも声をかけたというわけだ。

「というか、部長は来なくてもよかったんですよ」

 河合は隣にいる織田さんに、声をかけた。

「いいじゃないか。晴れ乞い、興味あるんだ」

 織田さんは部長モード。楽しそうに、彼女はいつもより低めな声で、河合に言った。

「まあ、確かに人は多い方がいいですね。やれることが増えますから」

「それに楽しいですからね!」

 そう続け様に言うのは、桜花とひふみ。

 今日は天気も良く、二人揃ってさっきまで、屋上で気持ちよさそうに伸びをしていた。

「っても、なにするの? 逆てるてる坊主でも作るの?」

 俺は皆を見回しながら尋ねた。

「来栖くんごめん、それはもう天文部の壁という壁にかけてある。ほら写真」

 俺が言うと、小澤さんがスマホの画面を見せてきた。その写真には、マジで儀式やる二秒前というぐらいの量の、逆さにされたてるてる坊主がかけられていた。

「オカルトチックだな……この部室……」

「何を言う来栖くん。晴れ乞いという時点で、だいぶオカルトチックだろう」

「た、確かに……」

 織田さんの言うとおり、言われてみれば、晴れ乞いという時点で、だいぶオカルトチックだ。

「まあとにかくだ、私が昨日ネットや本を使って、ある程度調べてきている。とりあえず各自、それを実行してみようじゃないか」

 織田さんはポケットから、小さいノートを取り出して、楽しそうに見せびらかした。きっといろいろ晴れ乞いについて、メモをしているんだろう。

「ほら! やるぞ河合」

「はい! 部長!」

 織田さんに言われると、河合は背筋をピンと伸ばして返事をした。

「……織田先輩、なんでこんなやる気なんだろ」

「わかんない……オカルト好き……とかでしょうか?」

 俺の隣にいたひふみと桜花は、織田さんの有り余るやる気に、疑問を呈していた。

 とにかく、こうして俺たち生徒会と、奉仕部と天文部の、晴れ乞いは始まったのだった。


     ***


 とりあえず、奉仕部は校庭へ向かったようだった。なにやら、校庭でやりたいことがあるらしい。

 生徒会はというと、屋上で三人それぞれ、自分が思う晴れ乞いを始めていた。

「あ~もしもし熊澤?」

「なんだ?」

「友達が多そうな熊澤に聞きたいんだけど、晴れ男とかいないか?」

「はい? なんだ突然」

 俺は、まず晴れ男探しから始めていた。とりあえず、交友関係が広そうな熊澤に、今は電話で話を聞いている。

「そんな話、しないしな~」

「ならさ、熊澤が晴れ男だったりしない?」

「それはないな。練習試合のときは、大体、体育館外は雨降ってるぜ。むしろ雨男だな、俺は。実はバスケ始めた理由の二割くらいは、俺が雨男だからだ。室内じゃないと、雨降るしな」

「そうだわ。バスケ部だったな」

「わりいな。ほか当たってくれよ」

「いや大丈夫だって。ありがとな」

「うい! じゃあな~」

 どうやら、熊澤本人も、その周りの人にも、晴れ男はいないらしい。

 困ったな。実は俺が、晴れ男だったりしないかな。

 困ってしまって頭を掻きながら、俺はほかの二人の様子を見てみることにした。

 桜花に目を向けてみると、何やら綺麗な鏡を取り出して、その鏡に向かって、何かをぶつぶつ呟いていた。なんだか狂気的で、その桜花を見た時、俺は少し身を引いてしまった。

「桜花、その晴れ乞いはなんだ?」

 俺はおそるおそる、鏡にぶつぶつと呟く桜花に尋ねた。

「はい、鏡に天照大御神が来ていただけるように、語りかけてます」

「ああ……アマテラスね……」

 確かにアマテラスがもし来るのなら、晴れ乞いの効果は、絶大なものだろう。

「ただ」

「ただ?」

「鏡に語りかけると、なんだかクラクラするんですよね」

「いや、絶対やめた方がいい。ほんと、今すぐ」

 ネットの記事で軽く、何やら鏡に語りかけるのはまずいという話を見たことがある。

 自己暗示的な効果があってなんとか、という感じだった気がする。

 そこまで話すと、視界の端でとんでもない速度で動く何かが、一瞬映った。

 桜花もそれに気がついたようで、俺と桜花は、その何かに向かって、視線を振った。

 そこにはとんでもない回転数を維持しながら、腕を広げて、回転するひふみがいた。ひふみの髪は、遠心力で外に開いていて、回転の強さと速さがよくわかった。

 俺と桜花がそんなひふみを見つめていると、ひふみが回転とビタっと止めて、俺たちの方を見た。

「どうかしましたか?」

 ひふみは一切息を切らさずに、俺たちにそう言った。

「ひふみくんは何をしてるんですか?」

「いや、回転して風起こせば、雲どかせて晴れるじゃんって思ってさ」

 そう平然と言うひふみを見てから、俺と桜花は見つめ合った。

「なんでしょう。ひふみくんならできるかもと、一瞬だけ思ってしまいました」

「うん。俺もだよ」

 ひふみの運動神経のことを考えると、もしかするとできるかもと思ってしまった。まあ、さすがのひふみでも無理だろうけど。

「晴れろ! ゴマ!」

 そんなことを考えていると、校庭から大きな声でそう聞こえた。多分織田さんの声だ。

 校庭を見ると、腕を大きく広げている織田さんの姿と、その隣でちょっと猫背になっている河合が見えた。

「基礎の基礎ですね」

「そうだね」

 そんな織田さんの姿を見た桜花が、そう言ったので、俺も同意した。

 それと、きっと、織田さんの姿を見て、河合はちょっと呆れていたのだろう。だってあまりにも滑稽なんだもん。だから猫背になっていたんだろうな。

 また、織田さんと河合を見ると今度はなにか言い合いをしているようだった。ただ、声は聞こえなかった。

「ん? 今度は何をするんでしょうか」

 少しすると織田さんが、河合との距離を少し取って、まるで走り出すような姿勢になったのをまたひふみが、そう呟いた。

「あ〜した天気にな〜れ!」

 うわ。懐かしい。

 織田さんはそう大きな声で言いながら、盛大に靴を飛ばした。小学生なら、一度はやる靴飛ばしである。

「わ! 俺あれやりたいです!」

 ひふみは興奮した様子で、校庭を指差した。

「行ってきな」

「行ってきます!」

 俺がひふみにそう言うと、ひふみは素早く屋上を後にした。

「先輩、あれ」

「ん?」

 桜花は校庭をまた指差した。

 目を離した一瞬のうちに、校庭には人が増えていた。

「野球部の方々ですね」

「ほんとだな」

 野球部の人たちが、織田さんの周りに集まってきていた。

「もしかして、校庭使って野球部怒ってる?」

「いや? 多分違うかと……見ててください」

 俺はてっきり、野球部が校庭使われて、怒っているのではないかと思ったが、どうやら違うようだ。

「よしみんな並べー!」

 野球部のキャプテンらしき生徒が、大きくそう言うと、校庭にいる生徒たちは一斉に横に並んだ。

 そうして次の瞬間、大人数の大きな声で校庭は包まれた。

「あ〜した天気にな〜れ!」

 そう掛け声がかけられた瞬間、校庭にいる織田さんと野球部たち、そして駆け込んできたひふみは、一斉に靴を飛ばした。

「もしかして……」

 桜花は、小さいメモ帳を取り出した。

 何かを、確認しているみたいだ。

「なるほど。野球部、明日練習試合みたいです」

「なるほどな。だから織田さんに便乗して……」

 明日、晴れて欲しいと思っているのは、天文部だけじゃなかったようだ。

「あんなにたくさん人を巻き込んで、さすがですね織田さん」

「そうだね」

 織田さんには二つの顔がある。厳格で責任感のある雰囲気の部長モード。そして明るく、はつらつとしていて、等身大の女の子の時の織田さんの二つだ。

 まるで真反対のような、この二つの顔だが、共通点が一つある。それは、明るいということ。その明るさは、部長モードの時でも、普段の織田さんの時でも共通している。明るさの色は違うかもしれないけど、明るさの質は同じように見える。だからこそ、あんな風に周りを巻き込めるし、周りがついてくるんだろう。

「ああいう、周りを巻き込む力。生徒会にはあんまりないよね」

「そう、ですね。私も先輩もどちらかというと落ち着いちゃってますし、ひふみくんは明るいけど……一人の時間も好きだから……」

 俺と桜花が話しているように、生徒会には人を巻き込む力が足りていない。やれるとしたらひふみなんだろうけど、ひふみは一人の時間を大切にしているっぽいし、無理強いはできない。

「さて、俺たちは、他の晴れ乞いを試していきますか」

「そうですね。見てばっかりじゃいられませんから」

 そうして、気を取り直した俺と桜花は、また晴れ乞いを始めるのだった。


     ***


 晴れ乞いをした次の日の薄明時。

 星山高校の屋上では、晴れ乞いの成果があったのだろうか、雲一つない、オレンジがかった青空が見えていた。

 生徒会及び、奉仕部はせっかく晴れにしてくれたなら流星群も一緒に見ようよ、ということで天文部に誘われて、一緒に流星群観測をすることになり、星山高校の屋上に赴いたのである。

「屋上でレジャーシート敷いて天体観測か、なんか青春感あっていいな」

「そうですね」

 俺と桜花は、レジャーシートの上で並んで座っている。

「次! 次私だ!」

「はいどうぞ! ほら、すごいですよ!」

 俺たちの少し横で、望遠鏡の前で騒いでいる天文部の中に、織田さんとひふみの姿が見えた。ひふみもだけど、織田さんはどうやら天体観測が好きらしい。昨日、あれだけやる気出して晴れ乞いしてた理由が、なんとなくわかったような気がする。

「……」

 そして、織田さんたちの反対を向くと、気まずそうに俺たちを見る、河合の姿が見えた。

 俺は、その場で桜花とアイコンタクトをとった。多分だけど、「あの人あんなところから私たちを見て、どうしたんだろう」というアイコンタクトだ。

 俺は、こっちをチラチラと見てくる河合に、手招きをした。

 河合は、少し体を跳ねさせて、動揺したような動きをした。その後、ゆっくりと俺たちの方に来た。

「どうしたんだ?」

 俺は河合に尋ねた。

「いや、その……俺も座って空を見たかったんだが……」

 河合は、桜花を見た。

「邪魔かなと思ってさ、藍原の」

 ああ、なるほど。そういう気遣いだったのか。

「別に大丈夫ですよ。河合さんが近くにいるくらいで、私は先輩とイチャイチャするのを、やめたりしませんから」

「はあ……」

 自信満々に言う桜花に、俺はため息をついた。

「そうか。でもまあ、端っこに座っとくから、気にしないでくれ」

「ありがとうな河合」

「いいって」

 河合はそう言うと、レジャーシートの端っこに座った。

「みなさーん! そろそろ流星群がはっきり見えてきますー! ご準備をお願いしまーす!」

 小澤さんが、屋上にいるすべての生徒に呼びかけた。

 確かに、いつのまにか辺りは暗くなっていた。

 俺は空をぼーっと見上げた。少しすると、小さい流星が一つ、流れていくのが見えた。しかしその後、星が流れることは少しの間なかった。

「やっぱり、東京だとあんまり流星群は見えないみたいですね。ちょこっと流れるくらいですか」

「みたいだな」

 都会は明るい。だからこそ、空で輝く星はあまり見えないし、同様に流星もあまり見られないんだろう。

「悪いけど、まあこんなもんだろうさ。まあ、そもそも星が好きな人たちは、盛り上がってるみたいだが」

 後ろにいる河合が、俺たちを全く見ないでそう言った。

 望遠鏡の周りにいる、天文部や織田さんやひふみのほうに目を向けてみると、とても楽しそうに望遠鏡を覗きこんだり、たまに流れる流星を見て騒いだりしているのが窺えた。

「でもまあ、大好きな人と夜の学校の屋上で二人で居られるだけで、嬉しいですけどね!」

 桜花は、そう嬉しそうに言いながら、俺の腕に抱きついてきた。

「だから、近い近い……」

 もう何度も、こうやって桜花に近寄られることは増えてきたが、やっぱり慣れないものである。

「先輩は、何か願い事とかないんですか?」

「願い事か?」

「はい」

 桜花は、俺に願い事はないかと質問を投げかけてきた。

「うーん。お金いっぱいほしいとか、頭良くなりたいとか、そういう俗っぽい願い事はあるけど……桜花はなにかあるの?」

「先輩と一緒になりたい以外の願いは、ありません!」

「……はあ……桜花はそればっかりだな」

「ふふふ。そればっかり、ですよ」

 桜花はずっと、俺のことが大好きだ。自分で言ってて、なんだか変な感じするけど。行動からも態度からも、桜花からの好き好きオーラは伝わってくる。

「というより、ありがたいことに、ほかの願い事なんて、全部叶えてくれるような家庭ですから。私の残った願い事といえば、先輩と一緒になることぐらいです」

「なるほどね。確かに、桜花の環境だとそうなるか」

 確かに、桜花の両親や家庭を見ると、多少の願い事なんて、叶えてくれそうな雰囲気はある。そうなると、確かに残った願い事といえば、他人との色恋沙汰になるだろう。人の心は、お金じゃ動かせないことが多いし。

「その願いを叶えるために、今頑張ってますから。ちゃんと見ててくださいね。それで覚悟が決まったら、先輩も私の願いに応えてくださいね?」

「もちろん。今はその……うん。桜花の言う通り、俺の覚悟が決まってないからさ」

「大丈夫です。いつまでも待てますし、先輩がほかの子に行かないように、私も頑張ります」

 桜花は、至近距離で俺の目を見ながら嬉しそうに言った。

 暗がりだからか、こんな至近距離でもあまり恥ずかしくなかった。そのため、俺もある程度余裕の表情で、桜花と話せている気がする。

「……」

 桜花は、しばらくの沈黙の後、夜空を見上げた。

「お、結構星流れてるかもですよ、先輩」

「お」

 桜花を見つめるのをやめて、俺も夜空を見上げた。

 確かに、流れ星が見え始めたころに比べて、多少は流れ星の見える量は、増えている気がした。それでも、幻想的と言うには程遠いように感じた。

「……」

 一旦夜空を見上げるのをやめて、俺は周りを見回した。

 ひふみは、天文部や織田さんたちと混ざって、レジャーシートに座って、いろいろと飲み食いをしているようだった。楽しそうに天文部の生徒や、織田さんたちと話している。

 そんな様子を、俺と桜花の後ろで、静かに座っている河合は見つめていた。

 河合は、いったい何を考えているのだろうか。それはわからない。でも、暗がりの中でも、河合の表情から幸せそうな雰囲気を、感じ取ることができた。本当になんとなくだけど。

 そして隣にいる桜花に視線を向けた。

「……!」

 桜花はなんと、俺のことを見つめていた。夜空でも楽しそうに話しているひふみ達でもなく、俺のことを見つめていたのだ。

「な、なんで俺を見てるの?」

「……」

 俺がそう尋ねると、桜花は黙ったままちょっとにやけて、その後にこう言った。

「ふふ。なんでもないですよ~」

 桜花はそう言って、また夜空に視線を戻した。

「……」

 いつもなら、大きな声で「大好きな先輩を見つめてました!」とでも言いそうな桜花が、ふんわりと「なんでもないですよ~」と言った。

 そのいつもと違うふんわりとミステリアスな雰囲気の桜花に、俺はいつもの数倍、ドキドキしてしまったのだった。



 

 





 

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