第97話


「お前から見れば馬鹿馬鹿しい話かもしれないが、貴族の世界はそういうものなんだ」

 それでもジャックスの言葉に、僕は頷く。

 納得ができた訳じゃないんだけれど、貴族の世界がそうだとして、僕に変えられる訳でもないから。

 馬鹿馬鹿しい話だと思いつつも、否定はしない。

 何故ならジャックスは、魔法学校で生活しながらも、同時に貴族の社会にも生きているから。

 これがシズゥ辺りなら、思いっ切り否定してやっても……、いや、彼女も貴族の社会に生きてるか。

 それを好いているか否かは別にして、生まれ育った家や社会というのは、やはり彼らにとってとても大きな物なのだろう。


「私は家の役に立ちたいと思う。そして、その上でここに帰ってくる為に、お前の力を貸して欲しい。私の副官として、戦場に付いて来て貰えないだろうか。別にお前に戦ってくれとは言わない。ただお前が隣にいれば、私は正しく、在るべきように振る舞えると思うんだ」

 そしてジャックスは僕に対して、とても真っ直ぐに助けを乞うた。

 深々と、その頭を下げながら。


 随分と熱い言葉だなぁって、思う。

 何がジャックスにそこまでさせるんだろうか。

 生まれた家の為か、フィルトリアータ伯爵家の領地に生きる民の為か、それとも彼自身の為なのか。

 僕にはあんまり理解できないけれど、ジャックスが強制された訳じゃなく、自分で納得して戦場に向かおうとしてるって事は、何となくだがわかった。


 ただ、僕に戦場に付いて来て欲しい、か。

 これはちょっと即答できない。

 何故なら、これを僕が即答で決めたら、今は声を出せないシャムが後で怒るだろうから。

 返事は一旦保留して、後で伝える事になる。


 実際、難しい問題だった。

 望まれてるのは、兵を率いて戦場に赴くジャックスのサポートらしい。

 僕が戦う事を望まれてないのは、彼自身が活躍しなければ、貴族が望む美談としては完璧なものにならないからだ。

 もちろん、何が起きるかわからない戦場では、絶対に戦わずに済むって保証はどこにもないけれど……。


 尤も僕は、友人の命と見知らぬ誰かの命なら、迷わず前者を取るだろう。

 好き好んでそうする訳じゃないけれど、戦いを厭いはしない。

 ……後で、数日くらいは夢見の悪さに悩まされるかもしれないが、僕が殺意を以て人を害そうとした事は、もう既にあったし。


 なので付いて行く事自体は、シャムの意見はともかく、僕としては構わないんだけれど、問題はまた別にある。

 その問題とは、もしかすると僕がジャックスに付いて行った場合、彼が余計に危険かもしれないって点だった。

 いや、もしかするとじゃなくて、ほぼ確実にそうなると思う。


 あのベーゼルが行方不明になったのも、志願して向かったボンヴィッジ連邦を相手にした戦場だ。

 つまり星の灯は、ウィルダージェスト同盟と、ボンヴィッジ連邦が争う戦場で、暗躍してる可能性は高い。

 そんなところに僕がのこのこと赴けば、……何事もなく終わる筈がないから。


 でも、だったら僕がジャックスに付いて行かなければ済むのかってなるんだけれど、それもちょっとわからなかった。

 僕が狙われるのは確実だけれど、しかしジャックスが狙われないとは限らないのだ。

 元より星の灯は、ウィルダージェスト魔法学校の生徒を狙ってた節がある。


 彼らは魔法使いを敵視するが、同時に魔法を使う才能の持ち主を手駒にしようとしているし。

 実際、ベーゼルは戦場で行方不明になった後、星の灯の執行者になっていた。

 魔法使いを敵視しつつ、しかし自分達の内に取り込もうとする行為には、僕は矛盾しか感じないんだけれど、彼らの中でその辺りのつじつまはどんな風に合ってるんだろうか?

 人は自分の都合の良いように物事を解釈する生き物だが、それにしたって限度ってものがあるとは思うだけれども。


 まぁ、それをここで憤っても仕方ない。

 僕がどんなに怒っても、星の灯の連中が考え方を変える訳じゃないから無意味だし、エネルギーの無駄である。

 それよりも考えるべきは、ジャックスに付いて行くか、行かないか、どちらにすべきかって事だった。


 うぅん、答えは、もう出てるかなぁ。

 少し考えてみて、僕はそう結論付ける。

 だって、そもそもこんな風に考える時点で、僕はできればジャックスに付いて行ってやりたいって思っているんだから。

 付いて行ってジャックスの危険度は上がるとしても、それは僕がどうにかできるかもしれない。

 仮に付いて行かずにジャックスが戦場から戻らなかった場合、僕は自分を許せないだろう。


 もちろんだからって戦場に付いて行くとは、今、この場では口にしないけれども。

 まずはシャムと話し合って、僕がそうしようと思ってるって事の相談だ。

 それから、マダム・グローゼル辺りにも、事前に話を通しておく必要がある。

 志願制度を使おうとしても、魔法学校が許可をしてくれなかったら、僕は戦場に付いていけない。


 魔法学校側としては、僕が戦場に向かう事は余分なリスクでしかないだろう。

 林間学校のような、通常の学校のカリキュラム内ならともかく、それ以外で星の灯の手が及びそうな場所に僕を行かせたいとは思わない筈だ。

 こんな風に考えると、自分を特別扱いしてるようで、自意識過剰にも感じて、とても気持ち悪いんだけれど。


 あぁ、それともう一つ。

「ジャックス、返事は保留させて貰っていい? それから一つ伝えておかないといけないんだけれど、君に戦場へと行かなきゃいけない事情があるように、僕も色々と抱えてる。詳しい事は、残念ながら言えないんだけれど」

 僕を連れていくリスクを、ジャックスに伝えておく必要がある。

 兵士を率いるというなら、彼はその命の責任を負う事になるだろう。

 だからこそ、余分なリスクを抱えるかどうかを、ジャックスは考えなきゃならない。

 個人の感情とは別に、指揮官としてどうするべきかを。


「そしてその関係で、僕が戦場へ一緒に行くと、余計に危険な目に合うかもしれない。僕だけじゃなくて、君と、君が率いる兵士達も、ね。それでも僕に付いて来て欲しいと思う?」

 そう、僕はジャックスに対して、問う。

 どんなものかも判然としないリスクは抱えられないってなら、この話はここまでだ。

 僕はシャムと相談する必要も、マダム・グローゼルに話を通しておく必要もなくなる。

 そして、多分、本当はそれが正しい判断だとも思う。


「……あぁ、もちろんだ。多少の厄介事は、お前となら跳ね除けられる。この前の成績は、腹立たしい事にクレイの奴に遅れを取ったが、それでも戦いに関しては、クラスでもお前と私が一、二位だ。なのでお前が付いて来てくれるならば、その程度は問題じゃないし、利の方が大きいな」

 だけどジャックスは、幾らか考えはしたけれど、ハッキリ僕に向かってそう告げた。

 ちゃんと考えた上で、正体のわからないリスクはあっても、それでも僕がいた方がいいと、彼は言ったのだ。

 成績でクレイに負けた事を気にしてる風なのは、少し笑ってしまうけれども。


 そっかぁ。

 だったら、うん、仕方ない。

 ジャックスに前向きな、一緒に戦場に付いて行くよって返事をする為に、色々と話し合いを頑張るか。

 戦場へと向かう時期は来年の夏期休暇って言ってたから、それまでに交渉できる材料を揃えて、説き伏せよう。


 去年も今年も、夏期休暇は色々と印象深い出来事があったけれど、来年の夏も大きな経験をする事が、どうやら決定済みらしい。

 一年後、それまでに僕は、どのくらい成長できてるだろう。


 もう間もなく、帰郷した生徒達が魔法学校に戻って来て、後期が始まる。


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