第96話
夏期休暇も終わりが間近となった頃。
他に帰郷したクラスメイト達よりも、少し早く帰って来たジャックスに連れられて、僕はポータス王国の首都にあるフィルトリアータ伯爵家の屋敷へと足を踏み入れた。
何でも、他の誰にも聞かせられない大切な話があるらしい。
フィルトリアータ伯爵領から戻ってきたジャックスは、かなり思い悩んだ顔をしてたから、恐らく話はそれに関係していて、きっと碌な内容じゃないんだろうなと思う。
しかしそれでもこうして彼と一緒に、フィルトリアータ伯爵家の屋敷へとやって来たのは、そりゃあ友人だからである。
ジャックスが何に悩んでるのかは知らないけれど、僕が話を聞く事でそれが少しでも軽くなるなら、安いもんだと思う。
もちろん相手が友人でなければ、わざわざ厄介事には関わらないけれども。
あぁ、でも、そもそも僕自身が厄介事を多く抱えた身だから、あんまり説得力はないかもしれないが。
ポータス王国の首都は、一部が大きな屋敷が立ち並ぶ貴族街になっていた。
尤も、その貴族街に住むのが、全て貴族って訳じゃない。
どちらかといえば、ここの屋敷の多くは貴族が一時滞在に使う場所なので、普段は留守居役に任されてる。
王城で働く貴族もいない訳じゃないだろうけれど、多くは自分の領地を守る役割があるから、王都に滞在し続ける訳にはいかないのだ。
なので貴族街の住人は、その貴族に仕えて屋敷を維持する役割の使用人が多かった。
ただそれでも、貴族街の雰囲気は静かで……、何というか品がある。
屋敷の応接室に通されながら、場違いだなぁって、自分でも思う。
フィルトリアータ家の使用人が扉を開けて恭しく迎え入れてくれるのが、どうにもムズ痒くてしかたない。
同じ勝手に扉が開くのでも、魔法の仕掛けだったら気楽なんだけれど。
だけど一つ少し面白かったのは、屋敷の使用人の殆ど、特にメイド、家政婦と思わしき人達は、ジャックスの事を若様とか、ジャックス様って呼ぶけれど、留守居役と思わしき高齢の男性だけは、坊ちゃまって呼んでた事だった。
いや、だって坊ちゃんである。
流石に笑っちゃ失礼だと思ったから、その留守居役の人がいる間は懸命に我慢したけれど、ジャックスが人払いをしてくれて、使用人達が応接室から出て行った後は、堪えていた笑いが噴き出す。
学校では割と澄ました顔をしてるところのある彼がそう呼ばれてるのは、似合わないなぁって思うと同時に、貴族の坊ちゃんかぁって納得もできる。
なんというか、うん、不思議な面白さだ。
「……そろそろ、良いか? 全く、私が相手だからいいが、貴族を笑うと面倒な事になるから気を付けた方がいいぞ。まぁお前をどうこうできる貴族は、そういない気もするが、一応な」
僕の笑いが収まるのを待ってから、ジャックスは些か憮然とした表情で、しかし文句というよりは、忠告の言葉を口にする。
うん、これは間違いなく僕が悪かった。
笑われても怒らずに、僕の為の言葉を言ってくれるなんて、ジャックスとも随分仲良くなれたなぁって、思う。
まぁ、仲良くなれたからこそ、気を許して笑ってしまったんだけれども。
実際、ジャックスが許してくれても、使用人達に見られれば、問題になった可能性もあった。
彼らからすれば、自分達が仕える主の一族を、侮辱したかのように見えてしまったかもしれない。
いち早く、ジャックスが人払いをしてくれたのは、その辺りを気にしての事だろう。
「いや、責めたい訳じゃないんだ。お前が馴染める場所じゃないとわかってて屋敷に連れて来たのは私だし、こちらの流儀を押し付けているんだから、文句を言う心算はない。ただ……、あぁ……」
そう、ただ、これから僕が魔法学校の外で貴族と関わった時に、何か問題が起きるんじゃないかと彼は心配してくれただけである。
尤も魔法学校の外で、生徒以外の貴族と関わる機会なんて……、ジャックスが運んで来ない限りはないんじゃないかなぁって思うけれども。
それは別に、この場で口にする必要はない事だ。
ほんの少し、お互いの間に気まずい空気は流れたけれど、
「……んんっ、それで用件なんだが、あー、戦争への志願制度は知ってるか?」
咳ばらいを一つして、ジャックスが口に出した用件は、実に物騒な気配を孕んでた。
戦争への志願制度は、一応は知っている。
冬に僕を襲撃したベーゼルが行方知れずとなったのも、その志願で出向いた戦場での事だったという。
別名は、黒鉄科の課外授業って言うんだっけ。
「知ってるなら話は早い。私は、高等部にあがれば、夏の休みにその志願制度を利用して、ボンヴィッジ連邦との戦場に出る事になる。フィルトリアータ伯爵家の兵を率いてな」
そう言ったジャックスに対して、僕は思わず眉を顰めてしまう。
これはどうにも、あまり楽しい話じゃない。
戦争への志願制度は知ってたが、正直なところ、僕にはあまり関係のないものだと考えていた。
学びの最中にある生徒を、つまりは子供を戦いに駆り出すというのは、気分の良くない話である。
だがそれでも、この世界が戦いの絶えない場所で、魔法使いが貴重な戦力だというなら、……それが求められるのも仕方がないとは思う。
好んで関わる気はないけれど、それが絶対に駄目だと、間違った事だと声を張り上げる気はなかった。
それが僕の、戦争への志願制度に対する態度である。
「魔法を扱える才を持った貴族の子弟が、国に尽くす為に学生の身でありながら戦いに加わる。そういう美談が求められてるんだ。貴族はそういう話が好きだからな」
けれどもそこに参加するのが、自分の友人であるならば、関わる気がないとも言ってられない。
何故なら無視を決め込んでる間に、ジャックスという友が永遠に失われてしまうかもしれないから。
美談だなんて、下らない理由で。
「私が戦場に赴く事で、フィルトリアータ伯爵家の発言力は貴族社会で高まるだろう。しかし逆にそうせねば、魔法使いを家から輩出したという嫉妬に、フィルトリアータ伯爵家は晒される」
ジャックスの言葉には、理解の及ぶところが一つもなかった。
あぁ、……いいや、違うか。
頭ではその理屈もわからなくもないんだけれど、欠片も共感ができないのだ。
魔法使いの才を持った息子を危険に晒せば発言力が高まり、そうでなければ嫉妬に晒される。
本当に、繰り返しになるけれど、なんて下らない。
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