第48話


 次に向かったのは、魔法人形の待機部屋。

 ここの扉もランドリー室と同じで、魔法人形の手でなければ開かない。

 ジェシーさんに開けて貰って中に入ると、少し広めの部屋の中に、待機状態の魔法人形が並んでる。

 その数、およそ十二体。

 この卵寮では、ジェシーさんも含めて二十体近くの魔法人形が動いてるから、今はその半数以上が待機中になってるのだろう。

 今は冬期休暇中で、卵寮で過ごす生徒の数は少ないし、更に洗濯も終わった午後なので、多くの魔法人形が動き回る必要はない。


 ただ……、うぅん、これだけの数の魔法人形が動きを止めてると、正直、少し不気味に感じる。

 魔法人形の作りは精巧で、動いてる時はまるで生きてるかのように感じる事すらあるだけに、動かぬ魔法人形はまるで死体を思わせた。

 この部屋にはあまり長居しない方がいい。

 そう思ってしまう何かが、この部屋にはある。

 もちろん、それはハーダス先生が遺した仕掛けとは、全く別に。


「シャム?」

 それでも一応は部屋を見て回り、シャムにも問う。

 でもシャムは無言で首を横に振る。

 この部屋にも、ハーダス先生が遺した仕掛けはないらしい。

 よし、ならさっさと出るとしようか。

 あまり長居して、僕が停止中の魔法人形を怖がったり、不気味に思ってる様子を、ジェシーさんに見せたくはない。

 当然ながら、露骨に態度に出す訳じゃないが、何かの拍子に驚きの声を上げたりとか、したくはなかった。


 ジェシーさんが僕の態度に傷付くと思うのは傲慢かもしれないし、そもそも魔法人形に傷付く心があるのかどうかもわからないけれども。

 僕にはジェシーさんが、ただの動く人形だなんて風には思えないから。

 なるべく平然とした態度で、次は大浴場へと向かう。


 卵寮には個室にも風呂が付いているけれど、大浴場はそれを大規模にしたものだ。

 いや、何を当たり前の事をって思われるかもしれないが、ここで僕が言ってるのは、シャワーを使ったり、湯船に湯を張る仕組みの話である。

 この卵寮の風呂に張る湯は、貯水槽から水を引っ張って来て、それを温めた物じゃない。

 もっと言えば、そもそもこの卵寮には貯水槽もなくて、水道の水すら魔法で生み出されていた。


 ただ、その魔法は生徒がわざわざ呪文を唱えて生み出してる訳じゃなく、卵寮が備える魔法の力で生み出されてる。

 具体的には、卵寮にはそこで暮らす生徒の魂の力を、全員からほんの少しずつ徴収し、寮の機能を維持する魔法が掛かってた。

 水を生み出すのも、それを湯にするのも、その寮が備えた機能の一つだ。

 つまりここで暮らす生徒の一人一人が、卵寮を動かす電池の役割を果たすといえばわかり易いだろうか。


 ちょっと怖い話に思えるかもしれないが、一般人ならともかく、魔法使いとしての才を持つ僕らが気にする程の負荷じゃない。

 この寮での生活は本当に便利だから、その対価としては寧ろ安すぎるくらいだと思う。


 まぁさておき、卵寮の風呂はそうやって魔法で湯を出しているので、大浴場にもボイラー室の類は存在していなかった。

 時刻はもう既に夕方だが、この時間はまだ大浴場の湯船は空っぽだ。

 大体、生徒達が食堂で夕食を食べる時間帯に、大浴場は人を迎える準備を始める。

 尤も、毎日そうやって準備をしても、実際に使いに来る生徒はごく僅かしかいないのだけれど……。


 逆に言えば、その僅かな生徒は、この大浴場を思う存分に使えるという贅沢ができる訳だ。

 僕もお風呂は好きなんだけれど……、シャムが広い湯船は嫌がるからなぁ。

 普通の猫じゃない、ケット・シーであるシャムは、必要だといえば一応お風呂には入ってくれるが、やっぱり濡れる事がそんなに好きじゃないらしい。


 僕らは脱衣所、それから浴場を、もちろん服を着たままで、見て回る。

 今日、この探索を始めて、一体何時間が経過しただろうか。

 正直に言って、ちょっと疲れ始めてたし、あまり見付かる気もしなくなってたのだけれど、僕らはそこで、漸く一つ、周囲とは異なる、違和感を覚えるものを発見した。

 それは、浴場に湯を満たす為の、魔法の注ぎ口、ライオンの口を模したそれなのだが、……何故か複数ある注ぎ口の一つだけ、そのライオンの口が閉じていたのだ。


 他の注ぎ口も魔法の気配はするのだけれど……、良く感覚を澄ませれば、そこに込められた魔法は、何か違うような気が、しなくもない?

 もしもライオンの口が開いてたら、恐らくは見過ごしてたであろうくらいの、微かな違和感。

 だけど魔法の見る事のできるシャムには、それは一目でわかる違いらしく、

「キリクも気付いたんだ。そこだね。間違いない。魔法の色が、中庭にあったのとそっくりだ」

 なんて言葉を口にする。


 魔法の色。

 また僕には理解のできない言葉が飛び出してきたけれど、言いたい事は何となくわかる。

 多分、ハーダス先生が遺した仕掛けの魔法には、何らかの特徴があって、それがシャムには見えてるのだろう。


 右手を、例の指輪を填めた手を伸ばしてライオンの頭に触れると、その口がガコッと音を立てて開く。

 するとそこからこぼれるように落ちた小さな鍵が、広い浴場の中に転がった。


 ……鍵、か。

 それを摘まみ上げて観察するが、もちろん使いどころはわからない。

 シャムも首を傾げてるから、心当たりはないのだろう。

 けれども、ここには僕らよりもずっと昔からこの卵寮にいて、僕らよりもずっと詳しく知っている……、人ではないが、魔法人形がいる。

 それを手にして見せると、ジェシーさんは暫く、それをジッと見ながら考えて、やがて手を真っ直ぐ上にあげ、天井を指し示す。

 つまり、この鍵を使える場所の心当たりが、屋上にあるって事だろう。

 

 そして浮き立つ心に急ぎ足で屋上へと上がった僕らを待っていたのは、大きな夕焼けの太陽と、綺麗な赤に染まった空、それから、そんな夕陽に照らされた屋上で、何かを探す一人の上級生だった。

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